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30.獣人の村

ファウンデン領北部の森に住む獣人の数は、俺達の想像以上だった。



「ライアスの奴、何人かって言ってた割には、かなりの大所帯じゃねえか」


俺は茫然と森に作られた集落を見渡しながら言った。

ユージ、ナユタ、アイリーも同じく茫然として、ぽかんと口を開けている。



それは一見すると、人間が森の中に作り上げた小さな村だった。


丸太で作られた小屋がいくつも並び、小さな集会所や畑があり、村の真ん中には森を流れる小さな川が横切っている。

人間の目を逃れるためなのか、できるだけ自然と共生するよう作られているらしく、小屋と小屋の間には木々が生い茂っていた。


そして、おそらくここに住む獣人は全員ライアスの魔道具を身に着けているようで、誰も耳や尻尾がくっ付いている者はいなかった。

畑にしゃがみ込んで作業している者、川で魚を捕まえている者、虫を追いかけている小さな子供など、平和な生活がこの地に根付いているように見える。



ただ立ち尽くしている俺達に最初に声をかけたのは、村長と思われる男だ。

これまでに見たどの獣人よりも年を取っており、腰は曲がっていないものの、頭の毛は全て白髪で顔には皺が刻まれている。


「初めまして。私がこの村の長をしている、ラーデンです」


ゆっくりとした調子でそう言いながら、ラーデンは右手で懐から何かを取り出した。よく見るとそれは、俺やマルセルが首から下げているのと同じライアスの魔道具だ。


すると俺達の傍に立っていたマルセルの父は、同じように魔道具を懐から取り出した。

おそらくそれが、互いが獣人同士であることを確認するための合図なのだろう。



合図を確認したラーデンは初めて小さく笑みを漏らし、警戒を解いたように朗らかな調子で言った。


「やあ、良かった。我々を捕らえに来た人間だったら、どうしたものかと思案していたところだ。君達は例の、シーランス山岳の被害に遭った者達かね」



返事をする代わりにナユタは一歩踏み出し、自らが耳に取り付けている銀色の輪っかをラーデンに差し出した。


ラーデンはそれを受け取り、自らの耳に取り付けると、しばらく沈黙して何かに耳を傾けていた。

おそらくその魔道具を通して、ライアスが事情を説明しているのだろう。



話が終わったのか、銀色の輪っかを外してナユタに返しながら、ラーデンは再び朗らかに微笑んだ。


「大変だっただろう。さあ、我々の村を案内しよう。今日からここに住んでもらって構わない。……人間の客人は初めてだが、ライアスの仲間であれば歓迎だ。どうぞゆっくりしていっておくれ」




俺達はマルセルと両親、カナン、そして同じくシーランス山岳の惨劇を逃れた他五人の獣人達と宿屋で合流した後、丸一日かけてこの森に辿り着いていた。


五人は全員が二十代から三十代と思われる風貌で、三人が男、二人が女だ。

一応宿屋で合流した際に互いに挨拶はしたのだが、五人はマルセルの両親達に比べるとどこか素っ気なく、俺達と必要以上に会話しようとはしなかった。


そして今も、その五人は俺達の方は見向きもせず、村長に誘導されるままさっさと村の奥へと歩き去ってしまった。



「申し訳ない。君達がマルセルの恩人だと説明はしたのだが、あのような惨劇の後では、彼らは簡単には人間に心を許せないらしいのだ」


マルセルの父ルークスはそう言って俺達に謝罪した。


「本当に申し訳ございません。お気を悪くしないで下さい。いずれ彼らも、きっと分かってくれるでしょう」


母親のリーシアも、隣に立つマルセルの頭を撫でながら、俺達を気遣うように言った。




改めて村の中に足を踏み入れると、そこらにいる獣人は皆、ちらりとこちらに視線を向けた。

どこか不安げな表情を浮かべる者、懐疑的な視線を向けてくる者、敵意を込めて睨みつける者など、その反応は様々だ。


「無理もないね。人間が訪れるのは初めてだと言っていたし」


ナユタはそんな獣人達の様子を観察しながら呟いた。


「わ、私達、ここにいて良いのでしょうか。そのうち石を投げられたりするのでは……」


アイリーはどこか怯えた様子で、キョロキョロと周囲を見回しながら小声で呟く。そして無意識にユージの腕を血が止まる程ぎゅっと握りしめていた。



村の中心部の集会所までたどり着くと、先を歩いていた村長ラーデンが振り返って俺達を待っていた。


「皆さん、こちらへどうぞ。休憩所もありますので、少し中で話をしましょう」



ラーデンに誘われるまま、俺達は全員で中へと入る。


それは他よりもひときわ大きな丸太小屋で、扉を開けるとすぐに大きな部屋があった。中央には大きな木のテーブルと椅子が置かれ、何とソファまである。

二階建てになっていて、おそらく二階は事務的な作業をする部屋か、客室になっているようだ。



「さあどうぞ、こちらへお座りください」


俺達はラーデンに言われるがまま、大きなテーブルをはさんでそれぞれ椅子やソファに座り込む。

ずっと母親にくっついていたマルセルは、ソファの上にあぐらをかいた俺の足の上にピョンと飛び乗ってきた。


「ラーデンさん。先に行った五人はどうしたんですか?」


ナユタは小屋の中を見回しながら村長に向かって尋ねる。


「ああ、彼らには空いている小屋の場所を教えたので、そちらへ向かいました。彼らの新しい住居ですよ。なんたって貴方達とは違って、彼らは今日からここに住むのですから。……無論、貴方達の中にも、ここに留まる者はいるでしょうが」


ラーデンはそう言いながらマルセルと両親、カナンに目を向ける。


「それよりも今は先に、貴方達が出会ったいきさつを教えてはくれませんか。先ほど魔道具を通してライアスから簡単に話は聞いたが、私も詳しい情報が知りたいのでね」



そう言われてナユタは、シーランス山岳での調査を引き受けてから、山岳で起きた出来事、マルセルを助けるに至った経緯を詳しく説明し始める。


ラーデンもマルセルの両親も、神妙な顔つきでその話に耳を傾けていた。



「……改めて、マルセルを助けてくれたこと、感謝いたします」


マルセルの母リーシアは、涙ぐんだ目を指先で拭いながら礼を言う。


「貴方達がマルセルを見つけてくださらなければ、今頃は研究所でひどい目に遭わされていたことでしょう」



ナユタの話が終わっても、それ以上しばらく誰も話さなかった。

沈黙を破ったのは、村長のラーデンだ。



「……ここ最近、人間と獣人の間の軋轢は増々高まっている。もはや我々はライアスの魔道具を身に着けていても、安心して人間の町に足を運ぶことができない。それだけ緊張感は高まっているのです」


重苦しい雰囲気が小屋の中を包んだ。

マルセルの父ルークスも、俺と二人で話をしていた時のように、厳しい顔つきでじっと床を見つめている。



ラーデンはその沈鬱な空気の中で言葉を続けた。


「この村には約六十人の獣人が住んでいる。私が知る限り、他にも同じような規模の集落はいくつかある。最も、全ての集落がライアスの協力を得られている訳ではない。むしろほとんどが魔道具など持たず、ただ人間から隠れて生活しているのです」


「でも、どうして皆、ライアスに協力を頼まないんですか?魔道具を使った方がずっと安全なのに……」


「それは皆、簡単には人間を信用できないからだ。ライアスは獣人に協力するふりをして、研究のための被検体を集めているのだと考える者もいる」



まあ実際のところ、奴は獣人を変態的な研究者の目で見ているのだから、あながち間違いではない。

そこに悪意のないことは明らかでも、傍から見ると怪しくも見えるかも知れない。



「……貴方達は、どうお考えですか。これから獣人と人間が共生できる、そんな世界を作れると思いますか」


突然ラーデンは、俺達に向かって質問する。


その問いにすぐに答えられる者はいなかった。

しかし、しばしの沈黙の後、はっきりと答えたのはユージだった。



「僕は、獣人と戦うなんて絶対に嫌です。獣人を虐げるのも嫌だし、捕まえるのも嫌だ。だってしょこらはずっと、小さい頃から僕の友達だし……」


一瞬ぐっと言葉を詰まらせたユージは、再び口を開く。


「……具体的にどうすれば良いか分からないけど、僕はきっと、獣人と人間が一緒に生きられる世界を作る。だから……」



そう言ってユージは、ルークスの方に目を向けた。


ユージはそこで言葉を研ぎらせたが、その真剣な目つきから、何が言いたいのかをルークスは察したようだ。


「だから……」


だから、人間相手に戦争を仕掛けるなど、絶対にするなとユージは言っているのだ。



ユージとルークスが互いをじっと見つめ合っていると、突然張り詰めた空気を割くように、パアンと大きな音がする。

村長のラーデンが、思いっきり両手を叩いたのだ。



「申し訳ない。少し深刻な話をしすぎましたかな。……さあ皆さん、今日はもうすぐ日も沈みますので、この村でお休みになってください。ここの二階が客室になっていますので、人間の皆様としょこら様はそちらへ。獣人の皆様は今後住居となる小屋をご案内します」



それでユージとルークスも力が抜けたと見えて、互いから目を逸らす。


そうして俺達はひとまず、獣人の村で夜を明かす事になったのだった。


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