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27.怪我の功名

野営の翌日、再び歩き出した俺達は、昼過ぎには森を抜けられる手筈になっていた。

森を抜けてしばらく草原地帯を進み続けると、キャスケルの町が見えてくるはずだ。



「マルセル君、大丈夫?なんか調子が悪そうだね……」


ユージは手を繋いでいるマルセルを見下ろして心配そうに言った。

旅慣れないマルセルはテントの中で何度も目が覚めたようで、歩きながら何度も赤くなった目をこすっていたのだ。


「ったく、昨日もっと早く寝りゃあ良かったんだ」


俺はチッと舌打ちしてそう言いながらマルセルの前にしゃがみ込む。

そのままマルセルを背中に乗せて立ち上がると、ほんの数秒でマルセルは眠りに落ちたようだった。


「しょこら、大丈夫?僕が背負うよ……」

「問題ない。それにお前がこいつを背負ったら、魔物に遭遇した時に剣を抜けないだろ。俺は素手で戦えるから大丈夫だ」


そう言った俺を見て、ユージはにっこりと笑った。



マルセルだけではなく、カナンも旅には不慣れなので、目の下にクマをくっつけて歩いていた。

それでも大人だからと気丈に自分の足を動かしている。



「大丈夫かい?もう少しで森を抜けられるはずだ。みんな疲れてるだろうから、今夜はキャスケルの宿に……」


そう言いかけたナユタは、そこでふと言葉を途切れさせる。


木立の陰で、何かがガサガサと音を立てて動いたのだ。



俺達は全員立ち止まり、戦える者はそれぞれ武器を構える。

じっと耳を澄ませていると、次の瞬間、木立の陰から一人の人間がふらふらと姿を現した。



しかしそれはよく見ると、人間ではなくゾンビだった。



「ええっ!!ゾゾゾゾンビですか!?わわ私、ゾンビなんて見たの初めてです!!」


思わずアイリーは狼狽した声を上げる。

ユージも俺も、もちろんそんな物を見るのは初めてだ。二人とも顔を引きつらせながらゾンビを見返した。


カナンも顔中に恐怖を浮かべて、思わず後ずさりしている。



たった一人冷静なナユタは、やれやれとため息をつき独り言のように呟いた。


「まったく……そういえば王都の西部にはゾンビが出るんだ。墓地に巣穴を作ることが多いんだけど、どうやらこいつらは森の中で繁殖しているみたいだね」


「まるで虫みたいな言い方だな」


俺が思わず突っ込むと、ナユタは真剣に頷いた。


「ああ。虫と同じだよ。こいつらは巣穴を作って群れで生活する。一体いれば、そこには少なくとも百体はいると言われている」


「ひゃ、百体!??あの、ナユタさん、僕達結構ピンチなんじゃ………」


ユージが思わず引きつった声を上げる。

しかしナユタはどこまでも冷静だった。


「ああそうだね。それにゾンビの弱点は炎だ。土魔法や物理攻撃で叩いても、ほぼ効果はない。僕達にとっての選択肢は一つ………皆、走るんだ!!!」



ナユタが叫び、それを合図に俺達は一斉に駆け出した。



俺はマルセルを背負い、ユージはアイリーを、ナユタはカナンの手を引いて全速力で木々の間を走り抜ける。



グアアアアアアアアア!!!



それでも後方から、世にも恐ろしい虚ろな絶叫を上げてゾンビが追いかけてくるのが分かる。

しかもその足音はどんどん増えているようだった。



「あ、あいつら、ゾンビなのに、なんて足が速いんだ………!」


全力で走りながらユージがゼエゼエと声を上げる。


「本当は親玉を倒せば襲撃は収まるんだけど、そいつを見つける前にやられてしまうからね!皆、森を抜けるまで耐えるんだ!」


ナユタも走りながら大声で叫ぶ。



しかしカナンは走り慣れていないのか、今にも地面に崩れ落ちそうに足をもつれさせる。

ナユタはそんなカナンの体をがばっと腕で抱え上げ、そのまま速度を落とさず走り続けた。



「ユ、ユージさん、私もう、駄目です………」


数分の後、全速力で走り続けたアイリーも体力の限界が来たようだ。


「ええっ、アイリー、頑張って!もう少しだから……!!」

「わ、私のことは、置いて行って、ください………」



ユージの手から抜け落ちそうになるアイリーの手を、ユージは再びがしっと掴み直す。


しかしナユタのように両腕で抱え上げる力はないと見える。

ユージは一瞬止まってアイリーを背中に乗せ、そのままやや速度を落として走り出した。



「みんな、あと五分もすれば森を抜けるはずだ。奴らは縄張りの外には来ないから、それまでは……」


ナユタがちらりと後方に目を向けながら叫ぶ。


しかしその時、速度が落ちたユージとアイリーのすぐ背後に、ゾンビの群れは迫り来ていた。



「おい、もっと速く走れよ!!」



俺も振り返りながら叫ぶが、遅かったようだ。



「きゃあああああああ!!!」



ゾンビ達が伸ばした腕の一本がアイリーの首根っこをがっしりと掴む。


そのまま後方へと引っ張られたアイリーは、ユージもろともその場に尻もちをついた。



「くそっ、だから言ったんだ………」



俺もナユタも急ブレーキをかけて攻撃態勢に転じる。


しかしあまりに敵の数が多すぎて、ここで全員捕まるのは確実に時間の問題だ。



「おい、一体どうするんだ!!」


俺はマルセルを背負ったままユージ達の近くまでジャンプし、手近なゾンビに足蹴りを食らわせながら言った。


「このままだと全滅だぞ!!」



するとナユタは一瞬、何事かに思い当たった顔をする。

そしてユージに向かって叫んだ。


「ユージ君!マトリカを呼んでみてくれ!!」



複数のゾンビに腕と足を掴まれ、必死に抵抗していたユージは、その声にはっとする。

そして考える間もなく大声で叫んだ。


「マトリカ!!お願い、助けて……!!」




俺は一瞬、あの忌々しいドラゴンはそんなに都合良く現れないのではないかと思った。


しかし、しばらくゾンビの群れに抵抗していると、頭上から地面に大きな影が落ちる。



「ほ、本当に来てくれた………」



ユージは茫然としてその姿を見上げた。

しかし次の瞬間はっとして、俺とアイリーを思いっきりその場から突き飛ばした。


マトリカが空中からゾンビの群れに向けて、ブレスを発射したのだ。



ギャアアアアアアアアアアア!!!!!



再び世にも恐ろしい断末魔を上げて、ゾンビ達は紫色の炎に包まれる。


まさに虫の群れを駆除しているかのように、次々にその場に倒れて息絶えていった。



アイリーとカナンは、口を開けたまま突然現れたドラゴンをただ見上げていた。



ズシイィンと地上に舞い降りたマトリカは、俺達を見てグルグルと唸り声を上げる。


〈まったくあたな達、あまり気安く私を呼び出さないでくださる?今回はご主人様に免じて来てあげたけど、いつも助けてあげる訳じゃないわよ〉



ツンとした態度で言い放つその言葉を聞いて、カナンははっとする。


「そ、そんな……ドラゴンが、話しているの………?」


どうやら俺だけではなくカナンにも、マトリカの言葉が分かるようだ。


〈あら、あなたも私の言葉が分かるのね。まあ獣人だもの、分かるわよね。それで、私はもう帰って良いかしら〉


「おう、さっさと行け。」


俺がそう答えると、ナユタは会話の内容を察したのか再び可笑しそうに笑った。


「ありがとう。助かったよ、マトリカ。ついでに僕達をファウンデン領まで乗せてくれるとありがたいんだけど、さすがにそこまでは望めないよね」


マトリカはツンとした表情で再び唸り声を上げる。


〈いやよ。言ったじゃない、そう簡単に……〉



しかしその時、マトリカが唸り声を止めた。

全員がはっとして振り返ると、ユージは地面に倒れて蹲っている。



「ユージ君!もしかしてマトリカのブレスを浴びたのか……!?」


〈あらやだ、気を付けたはずだったんだけど……やっちゃったかしら〉


ナユタが駆け寄り、急いでライアスから教わった治癒魔法の魔法陣を展開した。

どうやら毎日練習していたようで、今では魔法陣を操れるようになったらしい。


「大丈夫だ、少し体に触れた程度だろう。もろに浴びていたら即死だったはずだ。炎の色とゾンビ達の様子からして、毒が含まれていそうだしね」



改めてゾンビ達の死骸を見ると、その体は炎によって焼き尽くされてはいない。焼け死んだというよりは、炎に含まれる毒に侵されて絶命した様子だった。



ユージが目を開けて体を起こすと、全員がほっと一息をつく。


するとマトリカは、さっきよりも甘えた様子でグルグルと声を上げた。


〈ごめんなさいね、ご主人様。……いいわ、お詫びに目的地まで運んであげる。だけど今回だけだからね〉


「あ、マトリカ……。さっきはありがとう。……それで、何て言ってるの?」


その言葉が分からないユージは、まだ頭がうまく回らない様子でポカンと俺達の方を見る。



俺が通訳すると、ナユタはふっと笑みを漏らして言った。


「怪我の功名だね。ありがとうマトリカ。さあみんな、明日中には目的地に着けそうだ」

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