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22.合流

ユージとアイリーは息を呑み、音を立てずに研究所の扉を開く。


研究所は白い円形の、二階建ての建物だ。

そっと中を覗き込んでみると、建物の中心部は天井まで吹き抜けになっており、円形の壁に沿ってぐるりと部屋の扉が並んでいた。


時間が遅いことが幸いしたのか、どうやら部屋の外には誰もいないようだ。



そっと扉から体を滑り込ませたユージとアイリーは、キョロキョロと周囲を見回した。


「誰もいないけど、これじゃしょこらがどこにいるのかも分からないね……」


ユージは小声でこそこそと話す。


「そうですね……。とにかく、部屋を一つずつ調べるしかないでしょうか……」



他に方法がないので、二人は入り口の右側の手近な扉から調べ始めた。


先程の研究員から奪った鍵束には、何十個もの鍵がずらりとぶら下がっている。

ユージは焦る気持ちを抑えながら、扉と鍵を見比べながら言った。


「えっと……この扉にある印と、この鍵の印が同じだ。てことはこの鍵で開くはず……」



思った通りカチャリと扉は解錠され、二人は再びそっと中を覗き込む。

しかし部屋の灯りは消えており、中には誰もいなかった。



同じ要領でいくつもの部屋を調べたが、どの部屋ももぬけの殻だった。

明かりが付いたままの部屋もあるが、それでも中には研究員も、獣人の姿も見当たらない。



しかし、二人が次の扉に近づこうとしたその時、二階から降りてくる研究員達の声が聞こえた。


二人はさっと振り返り、ユージは慌ててアイリーの手を引いて目の前にある扉を開き、中に飛び込んだ。


「どどどどうしましょう、ユージ様……もし見つかってしまったら……」

「落ち着いて、その時はあの人達も何とか気絶させるんだ……できるかどうか分からないけど……」



ユージとアイリーは僅かに開けた扉の隙間から、研究員達の姿を観察した。

そこには二人の研究員がいて、侵入者には気づかず話をしている。


その声を、扉の隙間から僅かに聞くことができた。



「全く残念だ、あの猫耳の獣人は良い実験台になっただろうに……」


「ああ、前に捕らえた子供では精神が持たないだろうしな。それに生きている状態のメスを捕らえたのは今回が初めてだ。ったくあのキチガイめ、貴重な被検体を横取りしやがって」


「全くだ。あいつは魔法や魔道具についての研究には長けているが、獣人関係となると疑わしいぞ。ちゃんと実験できるんだかも甚だ疑わしい」



その会話を聞きながら、ユージとアイリーは再び目を見合わせた。

アイリーは困惑した表情でユージを見つめる。


「ど、どうしましょう……しょこらさんは、ここにはいないのでしょうか……」

「そうだね……誰か別の研究者の手に渡っちゃったみたいだ。くそおっ、一体どこに……」


ユージは焦燥感に駆られて思わず親指の爪を噛みしめた。



二人はその時、扉の外にばかり注意を向けていたので、自分達がいる部屋に一体何があるのかに全く気が付いていなかった。


突然背後から小さく呼ぶ声が聞こえ、初めて二人はビクっと飛び上がり部屋の中を振り返る。



「なっ………じ、獣人………」


ユージは思わず息を呑む。

部屋の中には小さな檻があり、その中には犬の耳を付けた小さな男の子が、こちらを向いて立っていたのだ。


「た、たすけ……て……」


男の子は小さくか弱い声を上げる。


ユージとアイリーは思わず駆け寄り、牢の前で立ち尽くした。


「ユージさん、どうしましょう……」

「ちょっと待って。もしかしたらこの檻の鍵もあるかも……」


ユージは必死に鍵束の鍵を探る。

するといくつもの部屋の鍵に紛れて、一回り小さな銅色の鍵が一つぶら下がっていた。牢の格子と同じ色だ。


「こ、これかも……」


ユージが牢に付いている南京錠にそれを差し込むと、錠はカチャリと小さな音を立てて解かれた。


男の子は何も言わず、牢から出てユージの服をぎゅっと掴む。


「……僕達と一緒に脱出しよう。声を上げないようにね。分かった?」


男の子はすぐにこくりと頷いた。



ユージは再び部屋の扉をそっと開き、外側を覗き込む。

あの二人の研究員達の姿は、中央のホールからは消えていた。


「さあ、今のうちに行こう」



そっと部屋を抜け出し、三人は音を立てないように玄関の扉へと素早く移動する。

ほんの数メートルの距離が、非常に長く感じられた。



あと数歩で扉に手が届くというところまで来て、ユージは真っ直ぐに手を伸ばす。


「ユージさん!!」


しかしその時、アイリーがユージをぐいっと引き留めた。


玄関の左側、まだユージ達が中を調べていない部屋の扉が突然開いたのだ。



中から誰かが顔を出す前に、ユージ達はさっと身を翻し、目の前にあった玄関右側の扉 (一番最初に調べた部屋だ)の中に身を隠す。



「あ、危ない……。み、見られてはないよね……?」


ユージは息を切らせながら呟いた。

アイリーも胸を押さえながら、こくりと頷く。


「ええ、大丈夫だと思います……」


しかし二人の心臓は、緊張からどくんどくんと音を立てていた。その音で居場所を知られてしまうのではないかというほどだ。

獣人の男の子のほうは、むしろ安心しきった顔でユージの左手をただ握りしめている。



ユージが扉をそっと開いて覗き見ると、そこには三人の研究員がいて、手に持った紙を指差しながら何やら真剣に話し合っていた。

たった今出てきた部屋のすぐ前で話し込んでおり、簡単に動く気配が見えない。


「どうしよう………早くしょこらを探しに行きたいのに………」


ユージは獣人の男の子の手をギュッと握りしめながら呟いた。

何とかしてあの三人を攻撃し、気絶させることができるだろうかと考える。


「だけど、ナユタさんは自分を犠牲にしてまで、僕らを逃がしてくれたんだ。ここで簡単に見つかったら、それが全部無駄になっちゃう……」



意を決しかねてぐっと歯を食いしばるユージの目に、その時、ある人物の姿が飛び込んで来た。


ユージは一瞬、それは自分の頭が作り出した幻ではないかと思った。

たった今その人物のことを考えていたからだ。



ドスッ!!!!!



ナユタは非常に素早かった。


研究所の入り口から気配を消して入り込んで来たかと思うと、すぐ左に立っていた三人の研究員に向けて土魔法を発射する。


あまりの速さに研究員達はナユタの顔すら見る前に、その場に崩れ落ちていた。



「ナ、ナユタさん………!!」


ユージは思わず部屋から飛び出し、ナユタの元へと走る。


するとナユタはまるで道端でばったり会ったかのようににっこりと笑って挨拶をした。


「やあ、うまく侵入できたんだね。それに獣人の子まで見つけるなんて、大したものだ。さあ、さっさとここを離れよう」



聞きたいことは色々あったのだが、ユージはとにかく頷いてナユタの後に続いた。

獣人の子、そしてアイリーもすぐ後に続く。


入り口の扉をきちんと施錠し、門扉ももちろん鍵をかける。


ユージは茂みの奥に隠した研究員の元へと戻り、縄を解き鍵束を返しておいた。

研究員はいまだに白目をむいて気絶している。


研究所にいた者達も含め、誰からも目撃されていないので、侵入者がユージ達だとは気づかれないはずだ。



急いでその場を離れ、もうこのくらいで良いだろうという場所まで来て、ユージはやっと一息ついた。

そしてずっと抑えていた質問を一気にナユタに向けて投げかけた。



「ナユタさん、本当にありがとう!でも、一体どうやって王宮から解放されたの?ご、拷問とかされなかった……?」

「それに、どうして私達が研究所の中にいるって分かったのですか?」


アイリーも続けてナユタに質問をする。


しかしナユタは、何でもなさそうに平然と笑って答えた。


「ああ、ちょっとね。あのミーシャって人が協力してくれたんだ。で、君達を追って研究所まで来たんだよ。門扉の鍵が開いていたし、近くを探したら研究員が気絶してたんで、君達は今まさに侵入しているところだって分かったんだよ。でも本当に良かった、誰にも見られなかったようで。それに……」



ナユタは少しかがんで、ユージの手を握りしめている獣人の子を見つめた。


「君はマルセルだね?」


ナユタが尋ねると、マルセルはこくりと頷いた。


「ナユタさん、あの時地下牢で言っていたことは、単なるハッタリではなかったのですね?」


アイリーは感動したようにナユタに尋ねる。


「ああ、そうだね。……それより今はしょこら君だ。ここにはいないんだろう?」

「そうなんだ。どうも別の研究者が、しょこらを連れて行っちゃったみたいで……」

「別の研究者……」


ナユタは顎に手を当てて考える。


「聞いたことがある。王都には研究所に所属していない、変わり者の研究者がいるって。確か彼の研究室はここから南に進んだ郊外にあるはずだ。行ってみよう」


「う、うん!!」


どうやら居場所が分かりそうなので、ユージはぱっと目を輝かせて頷いた。



そしてユージとナユタ、アイリー、そしてマルセルは、共にライアスの研究室へと向かったのだった。


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