表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/68

20.王室に仕える者

俺の猫耳を目の当たりにした冒険者達は、完全に興奮していきり立っていた。



ドスッ!!!



できるだけ危害を加えるなとの指示すら無視して、例の野蛮な冒険者の男は、ご丁寧に俺の腹や背中に足蹴りを何度か食らわせる。

他の冒険者達も直接手を下しこそしないが、誰も男の所業を止める者はいない。



「ああ、できれば俺の手で処刑したいぐらいだぜ……。おら、あと一発で勘弁してやるよ!!」


最期にドカッと重い一撃を腹にお見舞いされ、俺は思わずゲホっとえずく。



怒りを通り越して脱力した俺は、それからはじっと荷台に横たわって馬車に揺られ続けた。

その長い道のりで、俺の頭にはただ一つの疑問が浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。




あの人間達に、生きる価値などあるのか?




しかしそれ以上思考は働かず、俺は馬車が速度を落とし、研究所の門前に停止した時も、ただボンヤリと荷台に横たわっていた。



「おら、起きろ。中に運び込むぞ」


荷台に足を踏み入れた冒険者の男は、ぐいっと俺の胸ぐらを掴んで持ち上げる。

そのまま肩に担がれ、俺は門の内側へと運び込まれていった。



途中、ちらりと見えた看板には、「魔術研究所」との文字が見える。


多くの人間が魔法を使えた時代は、純粋に魔法だけを研究する場所だったのだろうか。

今はおそらく魔物や獣人を連れ込んで、生態解明のための研究や実験を行っているのだろう。



冒険者の男は、建物の扉の前でピタリと立ち止まる。そこには白衣を着た研究員と見られる男がいて、俺はその男の手に引き渡されるようだった。



しかしその時、背後から何者かの声が響く。



「おい!その獣人は俺が引き受ける約束だろ!」


それは聞いたことのない男の声だった。俺は相変わらず脱力してボンヤリしたまま、何となく会話に耳を傾ける。


男は続けて、研究員に何かを訴えていた。


「前に捕らえた獣人の子供は、研究所が引き取っただろう。次は俺のほうに回してくれる約束だろ、忘れたのかよ!」


「しかしこれは重要な成人の被検体ですので、研究所の方で預からせてもらいます。次に捕らえた者はそちらへ回しましょう」


「そんな事がまかり通るかよ!こっちだって王室から勅命を受けてんだ、何なら国王に直訴したって良いんだぞ!」


「しかし研究所の方が設備も整っていますし、より精密な実験が……」


「その研究所が、ここ数年で俺以上の成果を上げたことがあるのかよ?」



そこで辺りは一瞬静まり返る。


すると研究員と思われる者は、はあっと小さくため息をついた。


「良いでしょう。この被検体は貴方にお渡しします。ですが実験に失敗しても次はありませんよ」



俺を抱えていた冒険者は、研究員ではない別の男へと、俺の体を引き渡した。


引き受けた男の手はそっと俺を受け止め、苦労しながら背中に背負う。乱暴な冒険者とはまるで違う手の感触だった。



そうして俺を背負った男はそのまま、研究所の門を出て行った。





ユージとアイリーが王宮を離れた後、後に残されたナユタは、ただ地下牢の中でじっとしていた。


そこへミーシャが戻ってきて、ナユタに向かって声をかける。


「お二人は解放しましたよ。今頃研究所へと向かっているでしょう。さあ、貴方は私と一緒に来てください」


ナユタはミーシャを見上げて、すっと立ち上がった。


「ありがとうございます。僕はこれから国王に謁見するんでしょうか?」

「ええ。国王自らが話を聞きたいとのことです」



しばらく無言で二人は歩を進めた。

地下牢を出て回り込み、宮殿の正面に来たところで、ナユタは再びミーシャに声をかける。


「聞いても良いでしょうか。どうして僕達に協力してくれたんですか?」


ミーシャはちらりと後ろを振り返ってナユタに視線を向けた。


「協力したつもりはありません。貴方が情報を提供すると言うので、交換条件を呑んだだけです」

「だけど、あの二人が研究所に行く事は止めなかったのですね?」



ミーシャはそれ以上は答えようとしなかった。

ナユタもしつこく追及する事なく、二人はやがて謁見の間の扉の前へと辿り着く。



開け放たれた扉の奥には、国王その人が玉座に鎮座していて、ナユタとミーシャを見つめていた。


その周囲には臣下と思われる者が二人、騎士団員が数十人肩を並べている。


手首を後ろ手に縛られたまま、ナユタは国王の前に跪く。



役目を果たしたミーシャはナユタの傍を離れ、国王の傍らへと歩み寄り、他の臣下達に並んで立ち止まった。

国王が口を開く代わりに、ミーシャの隣に立つ臣下がナユタに向かって声をかける。


「我々は取引に応じた。お前からは重要な情報を得られることを期待している」



臣下の話し振りは、まるで感情のこもっていない人形のようだ。ただ無機質に、淡々と台詞を読み上げている。


「分かっているとは思うが、陛下の前で虚偽の発言は許されない。発言内容によってはこの場で処罰が下される。では聞こう、お前がシーランス山岳にて、獣人の集落を管理していたというのは本当か」



ナユタは頭を下げたまま答える。


「本当です。見張りをしていた兵士達からお聞きかと存じますが、私は先日そこで囚われた獣人の子供の名を承知しています。名はマルセル、五歳になる男の子です」



周囲がざわざわとざわめいた。

どうやらナユタが言っていることは正しいらしい。


今や国王含め、その場にいる全員の視線がナユタの上に注がれている。



「良いだろう。しかし王室に隠れてそのような行為に及ぶことは重罪だ。本来であれば即座に極刑に処されるところだが、釈明があるのであれば聞こう。情報の内容によっては情状酌量の余地も……」


そこで臣下は言葉を止めた。


突然、国王その人が、玉座から立ち上がったからだ。



ナユタがふと視線を上げると、国王は立ち上がったまま、ナユタをじっと見下ろしている。


これまでナユタに注がれていた視線が、今は全て国王に向かって注がれていた。


「陛下?どうされましたか……?」



すると、しばらく沈黙していた国王が、突然大きな声を上げた。

よく響き渡る低音で、魔道具も何もなしにその声は謁見の間に響き渡る。



「もう良い。その者の無実は余が承知している。今すぐ解放するのだ」


「ええっ、陛下、しかしそれは……」


「これは王命だ。早くせよ」



何が何だか分からないまま、臣下や騎士団員達は互いに顔を見合わせる。

すると国王のすぐ傍に控えていたミーシャが、さっと前に進み出た。


「承知いたしました。私がこの者を宮殿の外へ送り届けましょう」



ナユタは茫然として、跪いた恰好のまま、近づいて来るミーシャを見上げた。


ミーシャはナユタの腕を取って立たせ、そのままさっさと謁見の間を後にする。二人の背後を、困惑した臣下達のざわめきだけが微かに追いかけてきた。




「あの、これは一体どういうことですか……?」


急ぎ足で王宮の扉から出て、正面の門へと歩を進めるミーシャに、ナユタは背後から声をかけた。


「国王は一体なぜ急に……。あなたが国王に何か話したのですか?」



門を出てしばらく進んだところでミーシャはやっと足を止め、くるりとナユタに向き直る。

そしてユージやアイリーの時と同じように、ナユタを縛っている黒い縄をいとも簡単に解いた。



「時間がないので詳しい説明は省きますが、私は魔族です。この王室には四百年以上仕えています。非常に微力ですが闇魔法が使えますので、触れた人間を一時的に操ることができます。これだけ言えば理解したでしょう。

さあ、怪しまれないうちにここを去ってください。国王が無実を宣告したことをあの場の全員が見ていましたので、しばらくは誰も貴方達を追う者はいないでしょう。ですがこの方法はそう何度も使えません。今後何かあったら自分の面倒は自分で見てくださいよ。それと……」


ミーシャは早口でまくし立てたかと思うと、最後に一言付け加える。


「貴方と一緒にいたあの少女……。あの子のこと、頼みますよ」



それだけを言うと、ミーシャはナユタの手に黒い縄を押し付けて、身を翻して去って行く。


ユージやアイリーと同じように、ナユタもまたただポカンとして、その後ろ姿を見送ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ