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2.物好きな子供

俺とユージは、しばらく無言で互いの姿を見つめていた。

するとユージの方が再び口を開く。


「ぼ、ぼく、ユージっていうんだ。き、きみは……」



まだ魔物の恐怖が後を引いているのか、ユージは小さく震えながら俺に問いかける。

それでも俺の腕をしっかりと握ったその力だけは緩めなかった。



「……名前はない。……それより手をはなせ。人間はきらいなんだ」


俺はそう言って、ユージの腕を振り払おうとする。

しかしユージはその手を決して離そうとはしなかった。


「ま、まってよ。ぼく、ずっときみのこと、さがしてたんだ………」

「なんでだよ。俺をつかまえてケンキュウジョとやらにつれて行く気か」

「そ、そんなことしないよ!ただぼくは、ここに“じゅうじん”がいるって聞いて、それで、どうしてもあってみたくて……」



しかしその時、俺達の耳に大声でユージの名を呼ぶ声が聞こえた。

それも一人や二人ではない、複数人の大人が、ユージの姿を探してその名を呼びながら、森の中を慌ただしく駆け回っている。


どうやら一緒に森に来た大人達が、いなくなったユージを必死に探しているようだ。



俺は今度は思いっきり腕を振り、ユージの手を振りほどいた。


「二度とくるな。いっただろ、人間はきらいだ」


そう言って俺は大きくジャンプし、ユージを残して茂みの向こうへと姿をくらませる。


「あっ……ま、待って……」


ユージは手を伸ばしたまま、俺が消えた辺りをただ名残惜しそうにしばらく見つめていた。




ユージが再び森に姿を現したのは、それから二年が経過した頃だった。

俺は五歳になり、ユージのことなどすっかり忘れて、相変わらず人間達から隠れるようにして一人森の中で生活していた。


しかし、いつものように俺が木陰にしゃがみ込み、そこに生えているキノコをむしり取っていると、背後から誰かが俺に声をかけた。



「よかった、まだここにいたんだね!!」


驚いて振り向くと、そこには同じく五歳になったユージが立っていて、嬉しそうに笑いながら俺を見下ろしていた。


「もういなくなっちゃってたら、どうしようかとおもったよ!」



俺はしゃがみこんだ姿勢のまま、怪訝な表情でじっとユージを見上げた。

もちろんユージのことはすぐに思い出したが、まさか本当に戻って来るとは思っていなかったのだ。



俺は念のため周囲に目を配り、そこに他の人間の影がないことを確かめる。

そんな俺の視線に気が付いたのか、ユージは笑って言った。


「だいじょうぶだよ、ぼく一人だよ。父さんたちといっしょにきたんだけど、またこっそり抜けだしたんだ!」


臆病者に見えるくせに、変に度胸のある奴だ。

俺は怪訝な表情を崩さないまま言った。


「お前、なんでわざわざまた来たんだよ。ここにきても何もないぞ」

「だって、ぼく、どうしてもまた君にあいたくて……それで……」


聞いてもいないのに、ユージは勝手に説明を始める。



二年前にユージは、どうしても獣人が見たくなり、冒険者である両親に森に連れて行ってくれとせがんだ。

もちろん危険だからと両親は断固拒否したが、しつこく泣きわめくユージの訴えにとうとう折れ、自分達の元を一切離れないという条件で森に行くことを許可されたらしい。


しかし、まんまと両親からはぐれ、迷子になったユージは、それから森へ入る事を一切禁じられた。


そして今日、やっと二年越しに森に連れてきてもらったユージは、懲りもせず再び両親の元から抜け出したというのだ。



「ねえ、ちょっとだけお話しようよ。ぼく、きみのこともっと知りたくて……」


こちらに向かって差し伸べられたユージの手を、しかし俺はパシッと叩き返す。


「二度とくるなっていっただろ。お前のせいで人間にみられたら、どうしてくれるんだ」

「そ、それは……。大丈夫だよ、父さんたちが近づいて来たら、ぼくはちゃんとかえるから……。きみのことは、ぜったいに見つからないようにするから……」


食い下がるユージに対して、俺は小さく舌打ちをした。


「お前、前に俺が助けてやったからって、かんちがいするなよ。俺は人間となかよくする気はない」

「で、でも……」


それでも諦める気配のないユージに、俺はとうとう言い放つ。


「そんなに話したいならおしえてやるよ。俺の両親は人間にころされたんだ。俺が一歳のときだ。死体はケンキュウジョとやらにはこばれた。それから俺はずっとここにかくれてすんでいる。人間は敵だ。なんで人間なんかとなかよくしなけりゃならないんだ」



それだけを言ってのけると、俺はプイッとそっぽを向き、大きくジャンプしてその場から離れた。

猫の脚力で走り去る俺に、ユージは追いつけるはずもなく、再び俺が去っていく姿をただ見送るだけだった。



俺は森の中を走り続けながら考えた。

あれだけ言えば、さすがに諦めるだろう。


仮に諦めなかったとして、ユージの両親はおそらく、これ以上ユージを森に近づけようとはしないだろう。

二年前に続けて、今日もまた森で両親からわざとはぐれたのだ。そんな事をすれば森に入ることを再び禁じられるに決まっているが、ユージは後先のことなど考えずに行動したのだろう。本当に馬鹿な奴だ。



最も、ユージ自身に悪意がないことは、俺は何となく感じ取っていた。

あいつはただ本当に俺と友達になりたくて(なぜそこまでこだわるのかは知らないが)、再びここへやって来たのだろう。


しかし人間は敵には違いないし、馴れ合う理由などどこにもない。



ユージから逃げて十分に距離を取ると、俺はそこで一息ついて誰も追って来ていないことを確かめる。


そして中断していた食料探しを再び始めたのだった。


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