15.予期せぬ遭遇
ベンガルの町までの道のりで、俺達は予期せぬ事態に遭遇する事となる。
バルバトスから南西に進み続けて最初に到着した村で、俺達は村人から不穏な噂について耳にした。
どうやらこの近辺で最近、巨大なドラゴンが頻繁に目撃されているらしいのだ。
まだ村での被害は出ていないものの、何度か村の地面を横切ったその巨大なドラゴンの影は、村人たちを怯えさせた。
「冒険者様たち、どうぞお気をつけください。もしかするとドラゴンに遭遇するかも知れません」
親切な村人の一人は俺達にそう警告した。
村を後にして歩きながら、ユージは不安げに口を開く。
「ねえ、もしドラゴンに遭遇しちゃったらどうしよう。さすがに僕達だけでは倒せないよね……?」
「そうだね、難しいかも知れない。どうも変異種のようだけど、せめてその特徴だけでも分かれば良いんだけどね。あまりに情報が少なすぎる」
「だが村に被害は出ていないんだろ。あまり凶暴なドラゴンじゃないかも知れないぞ」
「そうだと良いんだけどね。あまり楽観視することもできないよ」
「あっ、僕、魔物除けの護符をたくさん持ってるよ!これを付けてたら大丈夫かな……?」
「ユージ君、ドラゴン程の魔物には、そんな小さな護符では効果がないよ」
「そんなあ………」
そんな事を言いながら俺達は歩を進めた。
いずれにしてもここで引き返す訳にもいかないので、ドラゴンに遭遇しない事を祈りながら進むしかないのだ。
しかし俺達の祈りは、果たして届かなかった。
いくつかの村を通り過ぎ、荒野を突っ切っていた最中、俺達は頭上に巨大な影を認めたのだ。
太陽の光に遮られ、その体の色や特徴をここから見分けることはできない。
ナユタは上空を見上げ、ぐるぐると旋回する巨体を眺めながらため息をついた。
「やれやれ。どうもこういうのはお決まりのようだね。君達、戦いの準備は良いかい?」
「でもナユタさん、一体どうやって……。僕達の攻撃なんか、痛くも痒くもないんじゃ……」
ユージは小さく肩を震わせて、同じく上空をじっと見つめながら尋ねた。
俺はその隣で腰に手を当てて、旋回し続けるそいつを目で追っている。
「微力でも何度も攻撃を当てれば多少は効果があるはずだ。急所は喉元だよ。僕がまず魔法をぶつけて、何とか奴を地上に叩き落そう」
そう言ってナユタは頭上に両手をかざし、そこから土魔法の弾丸を連発した。
ドドドドドドドドド!!!!
俺達に向かって放っていた弾丸とはまるで違う、大きさも速さも倍以上の凄まじい攻撃だった。
どうやら特訓ではかなり手を抜いてくれていたようだ。
しかしドラゴンはその巨体に似合わぬ俊敏さで、次々に放出される弾丸をかわし続ける。
それも必死に避ける様子でもなく、スイーッと軽く翼を動かすだけで難なくかわしてしまうのだ。
「おい、あいつ思った以上に厄介だぞ。このままじゃ攻撃が当たらないんじゃないか」
俺はドラゴンを凝視しながらナユタに言った。
ナユタもやれやれと言うように、一旦攻撃を中断する。
「まったく、確かにこれじゃ埒が明かないね。……でも変だな、やはりあのドラゴンには人を攻撃する意思はないみたいだ。普通は人間を見つけると、空中から容赦なくブレスを放出するはずなんだけど……」
俺達三人がじっと見つめ続ける中、そのドラゴンはただ遥か上空を優雅に泳ぎ続けるだけだった。
「……ねえ、もしかして、このまま素通りできちゃうんじゃないかな……」
ユージは全員が思っていることを口にした。
「ああ、そうだね。人に危害を加えないなら、放っておいても問題はないかな………って、気を付けて。どうやら近づいて来るみたいだ」
ナユタが改めて両手をかざし、ぐっと身構える。
ユージは剣の柄を握りしめ、俺は拳を握りしめた。
しかし、ドラゴンの体の色を視認できる距離まで近づくと、ナユタの手からふと力が抜けた。
空中に向けてかざしていた両手からは何も発射されない。
「おい、どうかしたのか」
俺が尋ねても、ナユタはドラゴンを見つめたまま、じっと動かなかった。
そしてドラゴンはとうとう地上へと舞い降り、俺達の数メートル先にドシンと着地した。
俺達は少し拍子抜けした気味で、ドラゴンをじっと見返した。
体調二十メートルはあろうかというその巨大なドラゴンは、全身が毒々しい紫色をしていた。
しばらくの間、誰一人として動かなかった。
ドラゴンは俺達を、俺達はドラゴンを見つめてじっとしている。
すると、ドラゴンがグルグルグルと低い唸り声を上げた。
「な、何か言ってるのかな、このドラゴン………」
ユージが驚いた様子で、不思議そうにぼそりと呟く。
しかし、その時最も驚いていたのは俺だ。
そのドラゴンがグルグルと唸った時、俺にはそいつが何を言っているのか理解する事ができたのだ。
「……おい、お前ら、あいつの言葉が分からないのか?」
俺はユージとナユタに尋ねる。
すると二人ともぎょっとして俺を見返した。
「ええっ、もちろん、分かる訳ないじゃないか!……え、待って、しょこらはあいつの言葉が、分かるの………?」
ユージは驚愕して俺を見つめながら言った。
俺は同じぐらい驚愕しながら、改めてドラゴンを見つめる。
こいつは今確かに、俺達に向かってこう言ったのだ。
〈あら、久しぶりね。と言っても、たった四百年だけど〉
するとその時、ドラゴンは再びグルグルと唸り声を上げた。
俺はその言葉ももちろん理解することができる。
〈あらやだ。そういえば、今はあなたしか私の言葉が分からないのね。それにしてもあなた、すっかり人間として生まれ変わったのね。前はあんなに薄汚れた猫だったのに〉
何だか分からないが、こいつの言葉を聞いていると無性に腹が立ってきた。
俺は人間の言葉そのままで、そのドラゴンに向かって言い放つ。
「お前、一体何者だか知らねえが、生意気な口きいてんじゃねえぞ。とっ捕まえて焼き鳥にして食ってやろうか」
〈あらいやだ、その野蛮な性格は全然変わってないのね。今世では人間なんだから、もう少しおしとやかにしたらどうかしら?〉
俺は思わず、拳を振り上げてドラゴンに飛び掛かろうとする。
しかし後方からユージが慌てて俺を引き留めた。
「ちょちょちょっとしょこら、一体どういうこと!?なんで言葉が分かるの!?というか、そのドラゴンは一体何て言って……」
するとその時ドラゴンは、ユージの方へと近づき、その頭をユージの体にこすりつけた。
訳の分からないユージは小さく悲鳴を上げ、怯えてその場で固まっている。
ドラゴンはユージに頭を擦り付けながら、俺を見つめて言った。
〈私はご主人様に会いに来たのよ。あなたに会いに来た訳じゃないんだから、離れてくださる?〉
「ご主人って一体誰のことだよ、さっきから訳の分からないこと言いやがって!というかその生意気な言葉遣いをどうにかしろよ!」
一部始終を見つめていたナユタは、やっと落ち着きを取り戻したように口を開いた。
「えっと、つまりしょこら君には、そのドラゴンの言葉が分かる。ドラゴンはユージ君のことをご主人様だと思っていて、ユージ君に会いに来た。しょこら君とはどうも折り合いが悪い。それで合ってるかな?」
するとドラゴンはナユタの方に頭を向けて、じっとその目を見つめた。
ナユタはまるでその考えを理解するかのように、ふっと笑みを漏らす。
そしてドラゴンに歩み寄り、その前足にすっと右手を添えた。
しばらくそのままでじっとしていたが、やがて俺達に向き直って言った。
「どうやらこのドラゴンは敵じゃないみたいだから、大丈夫そうだ」
俺もユージも訳が分からず、ただポカンとしてナユタとドラゴンを見つめていた。




