14.旅路
俺達はようやく森を抜け、王都のすぐ南西にある町、バルバトスへと到着した。
ここから最終的な目的地であるシーランス山岳までは、大陸をさらに南西へと突っ切っていく必要がある。
歩いて旅をしているので、このままだと到着は数週間先になりそうだ。
「長旅にはなるけど、せっかく一時的に王都のギルドから解放されたんだ。できるだけ自由な時間を満喫しよう」
ナユタはそう言って笑い、俺もユージもこくりと頷いた。
バルバトスの町は、王族であるバルバトス大公爵が統治する領地の中で最も大きな町だった。
この国では、最も大きな町には領主の名が冠されるのが通例なのだ。
「わあ、すごい……。もちろん王都ほどじゃないけど、やっぱり王族領だけあって、他の町よりも大きくて綺麗だね!それに建物の雰囲気も違う………」
町の北門から足を踏み入れたユージは、目を輝かせて町中を見渡した。
「新しい場所に来るのって、やっぱりわくわくするね!」
王都はレンガ造りや石造りなど、雑多な建築様式が混在した町だったが、バルバトスの町は非常に理路整然とした雰囲気があった。
石造りの建物は薄いクリーム色に統一され、地面に敷き詰められた石も同じ色だった。建物の高さもほぼ同じで、高くても四階建て程度だ。
非常に几帳面な人間が設計したように見える町だ。
そして王都に比べて緑豊かで、町中にも街路樹や手入れされた茂みがあちこちにあり、それが整頓された街並みに暖かさを加えていた。
「僕もここに来るのは初めてだよ。やはり新しい土地はいいね。それで、まずはどこに行こうか」
「飯を食いに行こう」
俺がすぐさま答えると、ユージもナユタも笑った。
昼飯の後に町を歩き回ると、数多くの博物館や美術館、図書館などが目に入ってきた。
どうやら知的文化を重視している町のようだ。
しかし俺に取ってその「知的文化」とはさっぱり訳の分からないものだった。
「しょこらしょこらしょこら!!だめだよそれは展示品だから、触ると怒られる!!」
「触らないとどんな武器だか分からないだろ。ただ眺めていて何が楽しいんだ」
「これは古い武器の展示だから、ほら、歴史の勉強のためにここに置いてあるだけで、使う物じゃないんだよ!」
「使わないと勉強にならないだろうが。これであの柱を切ってみるぞ」
「だだだだだめ!!ほら、もうそれは置いといてこっちに……」
ユージは急いで俺の手から古びた剣をもぎ取り、元あった場所へとさっと戻す。
周囲に目を走らせて誰にも見られていないことを確認し、急いで俺の手を引いて展示室を出て行った。
次に向かったのは娯楽のための施設で、この世界に存在する数多くの魚が、巨大な水槽で泳いでいるのを見物する場所だった。
「しょこらしょこらしょこら!!ストップストップ!!あれは食用じゃないから!!」
俺はそこへ足を踏み入れるや否や、一際大きなマグロに目を付けて、腕を振りかぶって飛び掛かろうとしていた。
「水槽を壊しちゃだめだよ!!あれは観賞用だから!!」
「そんな訳ないだろ。魚は食うものだ。離せ、俺はあいつを食うんだ」
「だめだったら!!それに水槽を壊したら水が溢れるでしょ!!」
それでも魚を見て目を光らせている俺を、ユージは後ろから羽交い絞めにする。
ナユタはというと、さっきからの俺達のやり取りを傍で見て、腹を抱えて笑っていた。
「まったくもう、しょこらを新しい場所に連れてったら、いつもすごくドキドキするよ……」
魚の施設を出ると、ユージはほっと力が抜けたようにため息をつく。
ナユタはまだ笑いの名残りで涙を浮かべながら、可笑しそうに言った。
「本当に君達は面白いね。さあ、もう夕暮れだし、夕飯を食べに行こう」
夕飯の店を探して町を歩いていると、大通りの商店では珍しい食材が多く売られているのが目に付いた。
見たことのない形の野菜やキノコ、この国では珍しい鹿や鴨の肉が店頭に並んでいる。
それに加えて、一見食材とは思えないような信じられないものもあった。
「う、うわあ………こ、これって、スパイダーだよね………」
ユージは目を丸くして、ある店の前で売られていた食べ物に近づいた。
それはこんがり焼かれたスパイダーが串に刺さったもので、客が歩きながら食べられるよう店頭にズラリと並べて売られている。
「ス、スパイダーって、食べられるの………?」
思わず顔色を青くしてユージはそれをまじまじと見つめた。
すると隣にいたナユタが、にっこりと不敵な笑みを漏らす。
「珍しいね。どうだい君達、一つ食べてみたらどうかな?何事も経験だよ」
「いやいやいや!ぼ、僕は遠慮しておくよ……って、ナユタさん!」
完全に面白がっている様子で、ナユタは串を三本購入した。
一本ずつ俺達に手渡しながら、自らも少し躊躇してじっとスパイダーを見つめている。
俺は同じくそれをじっと見つめたあと、思いっきりガブリと噛みついた。
「うわあ、しょこら!!ひ、一口で……」
「すごいねしょこら君、度胸があるね」
俺はもちろん普段はスパイダーなど食べない。
しかし俺の中の本能的な何かが、こいつは食べ物だと感知していた。
二人に見守られながら俺はシャリシャリとそれを咀嚼し、ごくりと飲み込む。
香ばしく歯ごたえもあり、味は特に悪くなかったが、好んで食べたいようなものでもなかった。
「特に問題ないぞ。お前らも食ったらどうだ」
その言葉に後押しされ、ナユタも足の一本にかじりつく。
同じようにシャリシャリと咀嚼して、真顔でごくんと飲み込んだ。
「うん、まあ確かに……。さあ、ユージ君も食べてみなよ」
ナユタがにっこり笑いかけるも、ナユタはじっと串を見つめて青い顔をしていた。
「ぼ、僕ちょっと虫は苦手で……。しょ、しょこら、良かったら僕の分あげる………」
しかしナユタは、俺のほうに差し出されたユージの手をがしっと掴み、そのままユージの口元へと持って行った。
「ちょちょちょっとナユタさん、ストップ………」
「ほら、好き嫌いは良くないよ。一口だけでも食べてみなよ」
がっちりと肩を組まれて逃げ場を失ったユージは、不敵な笑みを浮かべるナユタを見て思わず小さく悲鳴を上げる。
「ナ、ナユタさんってやっぱり、あれだ………」
頭がおかしいのだ。
俺はユージの代わりに心の中でそう言ってやった。
それから俺達は適当な店に入って夕飯を食べ、その後宿屋へと移動した。
宿ではナユタが受付で二部屋を取り、料金を支払った。ギルドから旅費が支給されているらしい。
「君達は同じ部屋で良いんだよね。僕は隣の部屋を取ったから。また明日」
そう言ってナユタは扉の奥へと消えていく。
三人用の部屋もあるのだが、おそらく俺が獣人であることを表面上は気づかないようにしている事や、一応俺は性別が違う事もあり、そこは気を使ったものと見える。
部屋に入るや否や、ユージはドサリとベッドに倒れ込んだ。
「ああ、疲れた………。でも、すっごく楽しかったね、しょこら!」
俺も同じく隣にドサリと倒れ込む。
長旅で浸かれていたのと、三日ぶりのベッドという事もあり、俺もユージもそれからすぐに深い眠りに落ちて行った。
翌日になると、俺達はバルバトスの町を出発する事となる。
本来であればもう一泊ぐらいは滞在したいところだが、旅の速度を考えると、さすがに寄り道に時間をかけすぎる事もできないのだ。
ナユタは地図を取り出して、これから俺達が辿る道のりを確認した。
「ここから南西へと進み続けると、同じバルバトス領地内の村をいくつか通り抜けて、その先は荒野だ。荒野をしばらく進むと次の町ベンガルがある。ベンガルからさらに南西に進み続けると、目的地のシーランス山岳に到着する予定だよ」
南に行くにつれて町と町の間の距離は長くなり、ほとんどが荒野や森になるので、それだけ体力も搾り取られる見込みだ。
「ずっと野営だと考えるときついな。適当に商人の馬車にでも乗せてもらえないのか」
「残念ながら、シーランス山岳まで行く商人はいないね。バルバトスとベンガルは領主同士の関係が良くないようだから、商業的な交流もあまりない。残念だけど歩くしかなさそうだ」
そうして俺達は南西に向かって歩き続けた。
途中の村はそのまま通り過ぎ、ベンガルの町に到着するまでは再び野営する事となる。
それでも俺達はあれこれ話をしたり、時に魔物を討伐したり、ナユタに特訓されたりして、順調にその旅路を歩んで行った。
三人で話をしながら旅をするのは、悪いものではなかった。




