12.鬼畜な教官
「じ、獣人に会ったことがあるって………」
しばしの沈黙の後、ユージはやっと言葉を絞り出す。驚きのあまりすぐに質問が出てこなかった。
「い、一体どこで………?」
「僕は十歳の頃に冒険者になってね、たまたま生まれつき土魔法が使えるから、最初からS級で登録された。信じられるかい?今や魔力があるというだけで、S級冒険者になるんだよ」
ナユタは一見関係のない説明を始める。
「S級冒険者は何かとギルドや国から秘密裏に依頼が来たり、機密情報を扱ったりすることが多いんだ。好むと好まざるとに関わらず。それで昔一度、捕らえられた獣人の監視役を頼まれたことがある。その時にその獣人と、色々と話をしたんだよ」
そこまで話すと、ナユタは突然窓の外に目を向けて太陽の位置を確かめる。
「すまない、これからまたギルドに行かなくちゃならない。また今度話をしよう。君達も出かけるだろう?一緒に出よう」
そうして俺達はナユタの部屋を出て、共に王都の町を歩く。
ナユタと一緒に歩いていると、たまに冒険者や騎士団と思われる者が俺達に視線を向けた。
「ねえナユタさん、なんか見られてるような気がするんだけど……」
ユージが思わずぼそりと呟くと、ナユタは笑って言った。
「気にしなくて良い。むしろ見られた方が好都合だ。……僕は最近王都に来たばかりだけど、僕がS級冒険者だということはここの人達にも徐々に知れ渡ってきている。そして君達が僕の仲間だと認識されたら、もう獣人の疑いをかけられて捕まることもなくなるだろう。けどくれぐれも油断はしないようにね」
そう言い残し、ナユタは挨拶をして俺達から足早に歩き去った。
ナユタは冒険者ギルドの正面扉ではなく、裏口と思われる方向へと消えて行った。おそらくS級冒険者だけが使う入り口があるのだろう。
その後ろ姿を見送った後、ユージは息をついて俺に向き直る。
「はあ、なんだか急に色んなことを知って、頭がどうにかなりそうだよ………」
「ああ。しかし人間の力が弱まってるなら、魔王が復活するとやばいんじゃないか」
「そうだね……。僕、勇者様の力まで弱くなってるなんて、知らなかったよ。大丈夫かな……」
それ以上考えても仕方ないので、俺達は冒険者ギルドの正面扉を開き、その日もいくつかの依頼を受けることにした。
森での魔物討伐を主に引き受け、仕方なしに獣人捜索の依頼も再度引き受けることにする。
「魔物を討伐しながら、獣人を探すふりをすれば良いんだ。……そういえば、しょこらが森で見たっていう、獣人のことも気になるね……」
俺達が運良く検閲をすり抜けたあの日、俺はグリフォンが飛び出してきた結界の奥に、獣人らしき人影を見たのだ。
たまたまそこにいたのだとも考えられるが、あのタイミングからして、まるでその獣人が俺達を助けるために、グリフォンをけしかけたようにも思える。
だが魔物を操るなどということが可能とは思えないし、もしそんな事ができるなら、それこそ獣人は魔族の部類に入るのかも知れない。
特に何の手掛かりもないので、それ以来俺達はその獣人の影について話題にすることはなかった。
「そのことも気になるが、とりあえず今は飯だ。腹ごしらえしてから魔物討伐に行くぞ」
「うん、そうだね!」
そうして俺とユージはギルドを後にして、昼飯を食べる店を探し始めた。
「ねえ君達、もっと戦いの訓練をしたいとは思わないかい?」
ナユタと知り合って五日目、その日は俺達はギルドの依頼を受けずに中休みにしていた。
たまに落ち合って行動を共にするようになっていたナユタは、突然俺達に向かって尋ねる。
「ほら、昨日君達と一緒にサラマンダー討伐に行ったけど、どうも戦い方にムラがあるように見えたからさ。特訓すればもっと強くなれると思うよ。よかったら僕と一緒に練習しよう!」
その日はナユタも中休みのようで、ギルドや国からの依頼はないとのことだ。
俺達は特にやる事もないので、ナユタの提案に安易に乗ってしまったのだった。
「ちょっとナユタさん、ストップストップ!!痛い痛い!!うわあああああ!!」
ナユタは容赦なく土魔法で作り出した弾丸をユージに向けて打ち込み続ける。
突然弾丸の雨に晒され、全く対処できないユージは体中にビシビシと攻撃を食らっていた。
「ほら、逃げないで剣で弾き返すんだ!反射神経を鍛えるんだよ!」
「だだだって、そんな事言われても、数が多すぎるよ!!イタタタタタ!!」
もはやユージは剣を頭上に掲げ、その場に屈みこんでいる。
ナユタはしばらく攻撃を続けたが、ユージが一切跳ね返さないのでやむなく手を止めた。
「だめだよユージ君、ちゃんと剣を使わなきゃ。一つでも良いから弾き返してみるんだ。ほら、五分休んだら再開するからね」
「ご、五分………ちょっと待って、体中が痛い………」
カバンに手を伸ばして回復薬を手に取ろうとするユージの手を、しかしナユタは笑顔でがしっと掴んだ。
「すぐに回復薬に頼るのは良くないよ。薬が無くなったら一巻の終わりだ。それよりも少しは痛みに慣れておいた方がいい」
「ええっ………そ、そんな………」
優しい笑みでにっこりと微笑んでいるが、言ってることはまるで鬼だ。
ユージは弱々しく声を上げて、涙目になりナユタを見つめ返す。
俺に対する訓練もナユタは容赦なかった。女だろうと男だろうと容赦はしないようだ。
「しょこら君は、反射神経はユージ君よりは鋭いようだね!でも君は素手でしか戦えないことが弱点だ。ほら、早く近づいて来なよ、もっと間合いを詰めないと僕を攻撃できないよ」
「近づけったって、そんな弾丸を飛ばし続けたら不可能だろ!ちょっとは隙を作れよ!!」
俺は手足でいくつか跳ね返しながらも、全く追いつけず体のあちこちに土の弾丸を食らっていた。
「魔物だってどっかに隙はあるだろ!!そんな連続で飛ばし続けて、どうやって近づけってんだ!!」
「違うよしょこら君、君が敵の隙を作らなきゃいけないんだ。ほら、何も考えないとずっとやられっぱなしだよ」
ナユタはにっこりと微笑みながら、容赦なく弾丸を打ち付け続ける。
ユージは壁際で休憩しながら、震える目で俺達の訓練を眺めていた。
「はあ、はあ………。つ、疲れた、今までのどんな魔物討伐よりも、何十倍も疲れた………」
五時間にも及ぶ訓練の後、ユージは訓練所の床にバタリとうつ伏せに倒れ込む。
俺もさすがに疲労困憊して、その隣にドサリと尻をついた。
俺もユージも、体中に痣や切り傷をつけている。
「やあ、最後は結構動きが良くなっていたね。訓練を続けるともっと良くなるよ。君達ならいずれA級を目指せるかも知れない」
ナユタはにっこりと満足気に微笑み、俺とユージにそれぞれ回復薬を手渡した。
がばっとそれに飛びついて一気に飲み干すと、体中の傷は綺麗に癒え、疲労感もすっかり消える。
しかし回復薬は、心の疲労感までは消し去ってはくれなかった。
「ナ、ナユタさん、ちょっとスパルタすぎる………。もう少しお手柔らかに………」
「何言ってるんだいユージ君。今日のは全然序の口だよ。次からはもっと弾丸の数と速度を上げて……」
「おい、俺は疲れてるんだ。これ以上訓練の話はするな!」
ナユタの不穏な説明を遮るように、俺は大声で言葉をはさむ。
するとナユタは可笑しそうに笑った。
「あはは、ごめんごめん。つい興奮……いや夢中になっちゃって。だけど訓練しておけば、いずれ君達のためにもなるからさ」
こいつ、薄々気づいてきたが、少し頭がおかしいのではないか。
最初はまるで頼りになる好青年ですみたいな雰囲気を醸し出していたくせに、実際はかなりの曲者だ。
ユージも同じことを考えていたようで、聞こえないようにぼそりと呟く。
「ナユタさん……。優しいお兄さんみたいだと思ってたのに………なんかすっごく、あれだ………」
その夜、俺達は初めて共に飯を食うことになる。
訓練で時間が遅くなったので、店に入ると俺達以外の客はほとんどいなかった。
「そういえばナユタさんは、どこから来たの?最近王都に来たばかりって言ってたけど……」
料理を待つ間、ユージはナユタに話しかける。
これまでは魔物討伐やら鬼畜な訓練やらで、ナユタの身の上話について俺達は尋ねる機会がなかったのだ。
するとなぜかナユタの顔に多少の影が差す。先に運ばれてきた飲み物を口にしながらナユタは沈んだ声で答えた。
「僕はシロヤマ領にある、エド町の出身だ」
その一言だけで、なぜその顔に影が差したのか俺達はすぐに察する。
俺は続けてナユタに問いかけた。
「あそこは今封鎖されてるんだろ。一体何があったんだ。噂の通り、魔族が関係してるのか」
「ああ。二か月前に突然魔物の襲撃を受けて、町に壊滅的な被害が出たんだ。護衛隊が優秀だから何とか町中の魔物は一掃したけど、まだ町の周辺を多数の魔物がうろついている。今は結界で何とか侵入を防いでるけど、正直いつまで持ちこたえられるか……」
「ええっ、すごく大変な状況じゃないか!王都や他の領地から応援は来ていないの?」
「それがないから、僕はここまで直談判しに来たんだよ。だけど今この国は獣人にご執心だから、そちらに人員を割いている。はるか最北の町で何が起きていようと、どうだっていいんだ」
「おい、いくらなんでも人間はそこまで馬鹿じゃないだろ。なんでそんな状況で獣人の方を優先するんだよ」
「そこが問題なんだ。明らかに何かがおかしい。まるで人々が何かに洗脳されているみたいに、選択を間違えている。だけどはっきりとした原因は分からない。本当にただ人間が愚かなだけなのかも知れない」
「でもナユタさん、それじゃ今すぐにでも、エド町に戻りたいんじゃ……」
ユージが心配そうに尋ねると、ナユタは神妙に頷いた。
「ああ。だけどあそこには僕以外にも優秀な冒険者や護衛隊員がいる。僕一人が今戻ったところで、事態は好転しない。それよりも今は、王都で何が起きているのかを探っているところだ」
そのうち料理が運ばれてきたので、俺達は一旦そこで会話を切り上げる。
どうやら俺達が思っていた以上に、今この国ではややこしい問題が起きているようだった。




