11.新しい仲間
ナユタと名乗ったその男は、小さく微笑みながら俺達を見つめている。
しかし俺もユージも疑心暗鬼になっており、男が俺達を捕らえるのではないかという疑念を捨てきれずにいた。
「えっと………、あ、ありがとうございます。でも、どうして………」
何はともあれ助けられたので、ユージは先に礼を言った。
しかし、なぜ自分達を助けたのかと聞かずにはいられない。
なにしろ俺達は実際には、検閲をすんでのところで切り抜けたのだ。にも関わらずこの男は、俺達は検閲を受けたと言い張った。
理由もなしに、嘘をついてまで見ず知らずの俺達を助けるとは思えなった。
「どうして君達を助けたのかって?……とにかく、もうすぐ日が暮れる。町に戻りながら話そう。夜の森はあまりうろつかない方がいい」
そう言うとナユタはくるりと踵を返して歩き出した。
どうやら俺達をここでひっ捕らえる気はないようだ。
俺とユージは顔を見合わせ、とにかくナユタに続いて町へと戻ることにした。
まだ何となく警戒心を抱きながらも、俺達はナユタに追いつき再び質問する。
「で、なんで俺達を助けたんだよ」
今度は俺が尋ねると、ナユタは前を見て歩きながら答えた。
他の冒険者達は一人残らず森を離れ、今ここで歩いているのは俺達三人だけだ。
「君達が獣人の嫌疑をかけられて、困っているように見えたからさ。だから助けたんだ」
「でも、俺達を助ける義理なんかないだろ。しかも、なんで嘘までついたんだ」
「ああ。君達が偶然の事故により、検閲を受けなかったことは知ってるよ。あの後、ギルドに報告が来たらしいからね。それですぐ僕に、君達を調べるようにとの依頼が来た。調べた結果、獣人ではなかったと既に報告してあるよ」
「ええっ!?どうして………」
ユージの問いにナユタはすぐには答えず、しばらく無言で歩き続けた。
日は今や完全に沈みかけ、周囲の景色は徐々に暗闇に侵食され始める。
「君達は、獣人が今ここに現れたら、捕まえようと思うかい?」
ナユタは前を向いたまま、逆に俺達に問いかけた。
俺とユージは再び顔を見合わせて、それからナユタの後ろ姿を見つめる。
ギルドの受付係からは、あまり獣人を擁護するような発言をするなと言われていた。
今ここで俺達がどう答えるか、ナユタは試しているのだろうか。
しかし、俺もユージも嘘をつく気ははなった。
「つ、捕まえないと、思います………」
ユージは恐る恐る答える。
しかしその答えを聞いて、ナユタが眉をひそめることはなかった。
むしろ逆に、少し後ろを振り向きふっと笑みを見せる。
「そう言うだろうと思ったよ。僕もだ。獣人を捕らえようなんて思わない」
ユージはそれを聞いて、ほっとしたように少し息をつく。
ナユタは再び話し始めた。
「僕はこの国の考え方が嫌いなんだ。今この国では、大半の人間は獣人を差別している。彼らが魔族だと決めつけて、無分別に捕らえようとしているんだ。……それに実際のところ、彼らが魔族かどうかは人間に取って重要じゃない。例え獣人は人間と同じ種族だと証明されたとしても、人間は差別を止めないだろう」
「そ、そんな。一体どうして………」
速足で歩いていたので、俺達はその時すでに森を抜け、王都の門へと近づいていた。
門衛が遠目にじっと俺達の姿を見つめている。
「あまり人目が多いところで話さない方がいい。僕はこれからギルド長に色々と報告しなければならない。もし良かったら明日この場所へ来てくれないかな」
そう言ってナユタは町の地図を俺達に手渡す。
「僕が滞在している宿だ。その地図に印をつけてある。じゃあね、気を付けて帰るんだよ」
そう言うとナユタは足早にその場を去ってしまった。
俺もユージもただポカンとして、去り行く後ろ姿を見送った。
「あいつ、信用できるのか。明日宿に行った瞬間にひっ捕らえられるんじゃないか」
「でも、それなら今日僕達を捕らえることだってできたはずだよ。そうしなかったってことは、あの人は悪い人じゃないと思うよ……」
俺とユージは腹ごしらえのため飯屋に入り、また肉料理を頬鳴りながら話をする。
店には魚料理も野菜もあるのだが、疲れていると肉が食いたくなるのだ。
「まあ良い、あいつの話にも興味がある。明日そこへ行ってみるか」
「うん、そうだね。何か僕達の知らない事情を、知っていそうだし……」
翌朝、俺達は朝飯を済ませるとすぐにナユタの滞在する宿へと向かった。
地図に部屋番号も書かれていたので、俺達は扉の前まで行ってコンコンと戸を叩く。
するとすぐにガチャリと扉が開き、ナユタの姿が現れた。
「やあ。来てくれて嬉しいよ。どうぞ、入ってくれ」
俺とユージはナユタの部屋へと足を踏み入れる。
S級冒険者なので豪華な部屋に泊まっているのかと思ったのだが、意外にも質素で素朴な部屋だ。
どちらかというと狭く、壁に向かって置かれた木の机と椅子、ベッド以外に家具はない。
ナユタは椅子に腰かけてベッドの方に体を向け、俺とユージはベッドの上に座り込む。そこしか座る場所がないのだ。
俺達が変に緊張した面持ちで固まっていると、ユージはふっと可笑しそうに笑った。
「そうかしこまらないでよ。僕はできれば君達と仲良くなりたいんだ。何となく気が合いそうだからね」
「な、仲良く……」
ユージはぼそりと繰り返す。
俺は昔、ユージが俺と友達になりたいとせがんできたことを思い返していた。
「確かにお前とは気が合いそうだな」
「えっ、それってどういう意味……」
俺の言葉に、ユージはポカンとした顔をする。
ナユタは俺達の様子を見て微笑んでいたが、やがて真面目な顔に戻って口を開いた。
「それで、昨日の話の続きだ。今この国では、獣人への差別意識が浸透している。少しでも獣人を庇うような事を言ったら、たちまち袋叩きになる。下手をすると反逆罪とも言われかねない状況だ」
「は、はんぎゃく………」
ユージは思わず息を呑む。
「でも一体どうしてそこまで……。過去に獣人との間に何かあったんですか?」
ユージの問いかけに、ナユタは首を振る。
「いいや。過去にあった事といえば、人間が獣人を無差別に捕らえて殺すか、研究所送りにした事ぐらいだ。獣人が人間を攻撃したり、殺めたりといった話は聞いたことがない」
「それじゃあどうして……」
「それは、人間の力が弱まっているからさ」
「力が弱まる……?それはどういう……」
「そのままの意味だよ。ここ数百年で人間の神は弱体化したと言われていて、それに伴って人間の力、生命力のようなものは徐々に弱まってるんだ。今から二百年前に魔王が復活した時も、勇者はギリギリのところで魔王を倒したと言われている。かなり危うい状況だったようだ。……そして現代でも、勇者はこれまでの歴代勇者ほどは力を持っていないと言われている」
その思わぬ情報に、俺もユージも目を丸くした。
ナユタは神妙な顔をして話し続ける。
「もちろん、そんな事は大っぴらには報じられない。そんな事実が知れ渡れば、民衆は混乱に陥るからね。情報は操作されているんだ。
………だけど、勇者だけじゃない。君達も知っての通り、今この世界では、魔法を使える人間なんてほとんどいない。過去には魔力を持つ人間なんてそこら中にいたんだ。だけどここ数百年でその数は激減した。これは神が弱体化した結果だよ」
「そ、そんな………」
ユージは茫然としてナユタを見つめた。
そう言われてみれば、故郷の森に住んでいた頃も、旅に出てから今日までも、魔法を使う人間を俺達は一度も見ていない。
人間はいつも武器を持ち、物理攻撃だけで魔物を倒していた。
「で、なんで人間が弱くなったからって、獣人を差別するんだよ?」
俺が問いかけると、ナユタは俺をじっと見つめる。
「それは人間が、自らの力を誇示したいからさ。獣人を虐げて優位に立つことで人間としての誇りを維持しようとしているんだ。そうすることで、人間はまだ強いんだと思い込みたいんだ」
「フン、そんなことしたって逆効果だろ。自分達で人間の誇りを踏みにじってるようなもんだ」
「ああ。全く同感だね」
ナユタは俺を見ながらふっと微笑んだ。
「僕はこれまで、僕と同じ考えを持つ人を探していた。だけどなかなか見つからない。大半の人間は差別的な感情を持っている。もちろん、今は国中の目があるから、皆あまり自分の本心を言えないというのもあるだろうけどね」
「そうなんだね……。だから、僕達とは気が合いそうだって言ったんだね?」
「ああ。君達はどうも、獣人に対して偏見を持っていないようだからね」
やっと俺達はナユタの本心を知り、その言葉を信用することができるようになる。
「けど、もし本当に獣人が魔族だと証明されたらどうするんだ。それでもお前は獣人を殺さないと言えるか?」
俺がそう問いかけると、ユージは再び不安げな目をして俺を見つめ、ナユタを見つめた。
しかしナユタはすぐにゆっくりと首を振る。
「いいや。例え彼らが魔族でも、僕は獣人を攻撃しない」
「なぜそこまで獣人に肩入れするんだ。お前に取っては何の利益もないだろう」
すると今度はナユタが、俺とユージをじっと見つめ返した。
「僕は獣人に会ったことがある。彼らは人間と何ら変わりない。僕には理由もなく、彼らを攻撃することはできない」
その答えは俺とユージを驚愕させ、しばし部屋には沈黙が降りた。




