10.ある冒険者
「うわっ、まだそこにもいるよ!あ、危ない!!」
背後から俺に飛び掛かろうとしていたレッドエイプ(凶暴な赤い猿の魔物だ)を、ユージは横から剣でズシャっと斬り付ける。
俺達は惑わずの森にいて、レッドエイプの住処に押し入り群れを討伐していた。
ここ最近急激に数が増え、森で人が襲われたり、町に出てきて物を壊したりと被害が急増しているらしいのだ。
無論、俺とユージの二人ではとても一掃できないので、他の冒険者グループとの協同作業だった。
俺は次々に飛び出してくる猿を、猫パンチやキックで殴り取ばす。
ユージも休みなく剣を振りながら、ゼエゼエと荒い息をしていた。
「ああ、疲れた……。倒しても倒しても、次々に出てくる……」
「ったく、なんでこんなに猿が増えたんだ。獣人よりもこいつらの方が余程危険だぞ」
「そうだね……。にしても、僕達の他に、冒険者が三人しかいないなんて……」
共に猿の討伐を引き受けた冒険者三人は、俺達から少し離れた場所で剣や弓を駆使している。
この数の猿を相手にするのだから、本来ならもっと人数を集めても良いはずだ。
「たぶん、みんな獣人の依頼に行っちゃったんだろうね。そっちの方が報酬が良いから……」
実際、俺達もこの依頼が終わったら、森での獣人捜索に参加しなければならなかった。実際に獣人を捕まえる気はないが、それでも表面上だけ依頼を引き受けざるを得なかったのだ。
「おい、気を抜くなよ、まだいるぞ!」
「え?う、うわあっ!!」
考え事をしていたユージは、後ろから思いっきりレッドエイプのパンチを食らう。
後頭部を殴りつけられ、反動で思わず剣を取り落とした。
「おい、その場で伏せろ!」
ユージがさっと屈みこむと、俺はユージを殴りつけたレッドエイプを後ろから思いっきり回し蹴りした。
頭にうまく命中して、レッドエイプはそのまま白目をむいて気絶する。
それから約一時間ほどかけて、俺達は何とか群れの一掃に成功した。
途中何度も攻撃を食らい、回復薬の瓶は何本も空になった。
「はあ、本当に疲れた……。しょこら、僕達、もっと強くならなきゃ駄目だね……」
ユージはまたゼエゼエと肩で息をしながら、地面にへたり込んだ。
「ああ。しかし今ので多少はレベルが上がったんじゃないか」
「そうだと良いんだけど……。あれ、他の冒険者さん達は……」
俺達が見回すと、他の三人の姿はとっくに消えていた。どうやらあの三人も、さっさと獣人捜索に向かって行ったらしい。
「俺達も行くぞ。形だけでも依頼をこなすふりをするんだ」
「うん、そうだね。……しょこら、気を付けてね。みんな獣人を探してるんだから、あまり他の人には近づかないで……」
「フン、誰か近づいてきたら足蹴りでも食らわせてやる」
俺達は適当に森の中を歩き回り、獣人を探しているふりをした。
途中で魔物に遭遇すると、何とか二人で討伐にあたる。
「ねえ、なんだか魔物の数も多いよね。やっぱり獣人に人手を取りすぎて、本来の魔物討伐が全然進んでないんじゃ……」
ユージはたった今倒したヘルハウンドを見下ろしながら、心配そうに呟いた。
森の中を歩き続けると、多数の冒険者グループに遭遇した。どのグループも一様に森の中を歩き回り、茂みの奥や木の枝の上を見つめて、獣人の姿を見つけようとしている。
冒険者達の話し声も、しばしば俺達の耳に入った。
「駄目だ、全然見つかんねえな。くそっ、一攫千金のチャンスだってのに……」
「あいつら魔法が使えるって噂だぞ、やっぱり姿を隠してどっかに潜んでんじゃねえか?」
「くそっ、忌々しい獣だぜ。今に見てろよ、とっ捕まえて研究所送りにしてやる」
その声を聞くたびに、ユージは顔に悲しげな表情を浮かべた。
「どうしてこんなに、獣人に対する偏見があるんだろう……。獣人が何か悪さをした訳でもないのに……」
「ただの差別だろ。……ああいう奴らが、俺の親を殺したんだ」
俺達は冒険者達から距離を取るように、別の方向へと足を向けた。
夕刻になり、森が薄暗い影に包まれる頃、俺達はやっと王都へと戻ることにした。
少なくとも五時間以上は捜索を続けなければ、依頼をこなしたとは認められないのだ。
「もうだめ、すっごく疲れた……。早く帰って何か食べ………って、な、なんですか?」
ユージは言葉を途切れさせて、さっと腕を上げて隣の俺を制止した。
突然俺達の前方に、複数の冒険者達が立ちはだかったからだ。
俺がさっと視線を走らせると、俺達の両脇と後方からも数人の冒険者達が近づいてきていた。
「あんたら、見かけねえ顔だな。最近王都に来たのか?」
前方に立ちふさがる冒険者の一人が俺達に声をかける。赤い短髪の男で、大剣を肩に担いだ野蛮そうな奴だ。
「そっちの女、ずっと頭になんか被ってるよな。ちょっとそれ、外してみてくんねえか?」
周囲を取り囲む冒険者達は、じりじりとその距離を詰めてくる。
「ど、どうしてですか?僕達は王都に入る時、検閲を受けたんだ。そこで、僕達が獣人じゃないってことは証明済みだよ!」
ユージは内心ビクビクと震えながらも、強気な態度で言い返す。
怪しまれないために、必死に気丈に振舞っているのだ。
「こ、この子は昔、頭に怪我をしたんだ。傷跡を見られたくないから、バンダナを巻いてるんだよ!」
咄嗟にユージは口から出まかせを言った。
しかしそれでも冒険者達は納得していないらしい。
「まあ、傷痕ぐらい良いじゃねえか。ちょっと外してもらうだけで、獣人疑惑は晴れるんだ。さあ、さっさとしろよ」
そう言って赤髪は肩に担いでいた大剣を構える。
同時に周囲の冒険者達も、それぞれ武器を取り出した。
「これだけ探し回っても獣人が見つからないんだ。冒険者のふりして紛れ込んでいる可能性は十分にある」
「あなた達、早くした方が良いわよ。躊躇えば躊躇うほど、疑惑は深まるのだから」
別の冒険者が口々に声を出す。
ユージはぐっと言葉に詰まるが、負けじと言葉を返した。
「い、嫌です!どうして僕達が、言うことを聞かなきゃいけないんですか。疑われるような事なんて何もないんだ。そこをどいてください!」
「ったく、しゃあねーな。なら良い、強硬手段に出るしかねえ!!」
赤髪の男が顎をくいっと動かすと、俺達の後方にいた冒険者がさっと動く。
ドスッ!!!!!
「ぐ、ぐああっ!こ、こいつ………!!」
俺は背後から近づいて来た冒険者の腹に、思いっきり足蹴りを食らわせた。
ユージもさっと背後に向き直り、剣を構えて警戒の姿勢を取る。
しかし次の瞬間、複数の冒険者達が同時に動き、俺とユージはそれぞれ後ろから羽交い絞めにされてしまう。
「ったくお前ら、手ぇかけさせんじゃねえよ!!」
「は、放せ!しょこらを放せ!!」
自分も羽交い絞めにされながら、ユージは必死に叫ぶ。
しかし、放せと言ったところで放してくれる訳がない。
赤髪は俺の目の前までのしのしと歩いてきて、フッとほくそ笑んで俺を見下ろす。
俺は腕を振りほどこうともがきながら、威嚇するようにジロリとそいつを睨み返した。
「さあ、さっさとそいつを引っぺがしてやる!!」
男は俺のバンダナに手をかける。
「や、やめろ!しょこら!!しょこら!!!」
ユージは恐怖に目を見開きながら、俺の名前を叫び続けた。
「君達、待つんだ!!」
その時、森の中に一際大きな声が響き渡る。
全員が声をほうをさっと振り向くと、そこには男の冒険者が一人、こちらを見つめて立っていた。
俺やユージよりも少し年上、十七歳か十八歳ぐらいに見える。
髪は茶色く、後ろで少し伸びた髪を一つにまとめていた。
「なんだお前、獲物の横取りはさせねえぞ!」
赤髪の男は茶髪の男を睨みつけながら言った。
しかし茶髪の男は、落ち着き払ってこちらに向かって歩いて来る。
俺とユージの目の前まで来ると、そこでピタリと歩を止めた。
「この二人は既に検閲を受けている。僕はギルドから特別に依頼を受けていて、調査済みの人物は把握しているんだ。さあ、人間同士の無駄な争いは止めるんだ」
「ああ!?特別な依頼って何だよ、適当なこと言ってんじゃ……」
するとその時茶髪の男は、服のポケットから何かを取り出して赤髪の目の前に提示した。
それは茶髪の男の冒険者カードだ。
「え、S級……だと………」
赤髪は一瞬怯んだように、僅かに後ずさりする。
その言葉を聞いて、周囲の冒険者達もさっと武器を下ろして俺たちから距離を取った。
「S級冒険者は特別調査員に指定されている。さあ、分かったなら早く帰るんだ。もうすぐ日没だよ」
すると冒険者達は、蜘蛛の子を散らすようにその場から去って行く。
赤髪は去り際にチッと舌打ちをしたものの、それ以上逆らわずにその場を離れた。
後に残された俺達は、茫然として茶髪の男を見つめた。
本当にこいつがS級冒険者で、検閲済みの者を全て把握しているなら、こいつは俺達が「検閲をすり抜けた」ことも知っているのではないか。
もしかすると、獣人確保を自らの手柄にするために、他の冒険者達を追い返した可能性だってある。
すると男は俺達に向き直り、小さく微笑んで挨拶をした。
「やあ。僕はナユタだよ。君達の名は、何て言うのかな」




