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1.出会い

俺は物心ついた頃から、森の中に住んでいた。


そこがこの世界のどの大陸で、何と言う国の、どの位置にある森か、俺は何も知らなかった。

ただ気づいたらそこにいて、たった一人で森の中で生活していたのだ。



その時俺はまだ、人間で言うと三歳程度だった。



「人間で言うと」と言ったのは、俺はそもそも自分が人間であるのかどうかすら分からないからだ。

自分の手足をじっと見つめるとそれは紛れもなく人間のものだ。


顔を触ってみても同じく人間のものだ。頭からは人間と同じ毛が生えており、その黒い髪は肩の辺りまで伸びている。

それではただの人間ではないかと思うかも知れないが、そうではない。


俺の頭には黒い二つの猫耳がくっ付いており、尻からは同じく黒い尻尾が生えている。



俺は生まれながらに自分のことを「人間のように見えるが、普通の人間ではない何か」だと認識していた。



親の姿は何となく、ボンヤリと記憶の中に刻まれている。

顔ははっきり分からないが、同じく猫耳と尻尾を持った両親だったように思われる。


しかし俺が生まれて一年ほど経った頃、森に入ってきた人間達にその姿を目撃され、魔物と勘違いされて殺されてしまったのだ。



俺はその時まだ幼く、木の陰に隠れてその様子をただ見ていることしかできなかった。



ちなみに俺は人間で言うとメスだ。

しかしなぜか物心ついた頃から、自分のことを俺と呼んでいる。



両親を失ってからは一人で森に隠れ住み、たまに人間が現れるとすぐに姿を隠した。

人間どもに見つかると、また殺されるか、どこかへ連れて行かれるかも知れない。


というのも、森で見かける人間達は、口を揃えてある噂話をしていたからだ。



「なあ、知ってるか?二年ほど前に、ここで獣人が発見されたらしいぞ」

「ああ。この世界で獣人が初めて発見されたのは、約四百年前だっけか。けど討伐されたり乱獲されたりで、ここ数十年はめっきり見なくなったと聞いていたが……」

「だが確かな情報だぞ。ここで討伐された獣人の死体は、研究所送りにされたって話だ。もしかしたら、まだ他の獣人が残ってるかも……」



どうやら俺は、奴らの言う「獣人」と言うものらしい。そしてこの世界では、獣人というのは珍しいようだ。

その頃の俺はまだ難しい言葉を理解できなかったが、人間に見つかると良くない事が起こるということだけは本能的に感じ取っていた。


もし捕まってしまったら、両親と同じ道を辿る事になるだろう。



森での生活に、特に不便はなかった。

食料となる野生の動物はそこら中にいるし、動物が見当たらなければ食べられそうな植物やキノコを見つけては生でかじりついた。


たまに魔物が出ると最初こそ身を潜めていたが、そのうち弱い魔物を猫パンチで(人間の手だが)仕留め始め、それからは徐々に強い魔物にも臆さず飛び掛かるようになった。


反撃を食らい負傷することも多かったが、それでも逃げ足だけは早い。

命の危険を感じると俺はすぐにその場を走り去り、回復するまで茂みや木陰に隠れてじっとしていた。



耳と尻尾から分かる通り、どうやら俺は猫としての特徴を備えているらしい。

ジャンプ力は人間よりも数段優れているし、鼻だって利く。その性質を駆使して、俺は森の中で何の苦も無く一人の生活を送っていた。



ある日、その子供が現れるまでは。





俺はその日、いつものように食料を探して森の中を歩き回っていた。

しかしその時、俺の耳に小さな子供の泣き声のようなものが飛び込んでくる。


俺は思わずさっと身を屈めた。

その泣き声は明らかに人間のものだし、例え子供だとしても、人間に目撃されるのは避けたい。


それにこんな森の奥に、子供が一人でやって来るはずがない。一緒に来た大人の人間達が、その辺をうろついているかも知れないのだ。



しかしその子供はすすり泣いたまま、いつまでも一人で同じところをぐるぐると歩き回っている。

年齢で言うと俺と同じ三歳ぐらいで、明らかに無防備だ。


大人達からはぐれ、道に迷ってしまったのかも知れない。



俺はその状況に多少の同情を感じたが、それでも人間は敵なので、助けようなどとは思わなかった。

だから姿勢を低く保ったまま、子供の視界に入らないよう、四つん這いになりゆっくりと地面を這うようにしてその場を離れようとした。



しかし、いつもはどんな魔物からでも上手く逃げおおせられるというのに、俺はその時思わず小枝を踏みつけてしまう。


パキッと乾いた音がしたかと思うと、それに反応した人間の子供がさっとこちらを振り向く。



「だ、だれ……?だれかいるの?……もしかして、まもの………?」



子供はじっと音のした方に視線を注ぐ。

ビクビクと震えるその様子からは、臆病さが滲み出ているようだ。



しかし、俺の姿は生い茂る草や茂みに遮られ、子供の位置からは見えない。

俺は息を殺したまま、そっとその場を離れようとした。



だが、その時、俺の耳に別の物音が響く。



人間の子供はその時、俺のいる方向に注意を向けていたので、自分の背後に何かが迫っていることに全く気が付いていなかった。


グルルルルという唸り声を耳にして、やっと何かに気が付いた子供は、ハッとして後ろを振り向く。


そして、鋭利な角を自分へ向けて歯をむき出して唸る、ホーンラビットの姿を見たのだった。



「う、うわあああっ、ま、まものだ……!!」



子供は恐れ慄き、思わずその場でドスンと尻もちをつく。

逃げようにも恐怖で腰が抜けてしまったようだった。



グウウアアアアア!!!



獰猛な叫び声を上げて、ホーンラビットは子供に向かって飛び掛かる。

今にもその鋭利な角が、子供の腹にズブリと突き刺さりそうになった。



ドカッ!!!



思わず腕で頭を覆い、目を閉じていた子供の耳に、その時鈍い音が響く。


子供が恐る恐る目を開けると、そこにいたはずのホーンラビットは、数メートル先の地面に吹っ飛ばされて伸びていた。


そしてホーンラビットの代わりに、別の者が目の前に立っていたのだ。



それはもちろん俺だった。


なぜ人間なんかを助けてしまったのかは分からない。両親の敵なのだから、むしろ見殺しにしても良いくらいだ。

しかし俺は考えるより先に動いており、気が付けばホーンラビットを横から猫パンチで(何度も言うが人間の手だが)吹っ飛ばしていたのだ。



その子供は、涙に濡れた顔を光らせながら、ポカンとして俺の姿を見つめる。


今となっては隠しようもない、真っ黒な猫耳と尻尾が、子供の目の前で揺れていた。



「………あ、あ、あ………あり、がとう………」



子供は尻もちをついたまま、まだ茫然として俺を見上げている。


俺は面倒なので、一言も言わずただその場から走り去ろうとした。



「あ、ちょっと、まってよ………!!」



子供は咄嗟に俺の腕をがしっと掴む。



「ぼ、ぼく、きみにあいたくて、ここにきたんだ………!!」



子供は必死にそれだけを言った。

俺はその子供を観察するようにじっと見下ろし、しばらく何も言わなかった。



これが、俺とこの人間の子供、ユージとの出会いだった。


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