第6話 新たなる魔王と勇者
魔王との戦いから三年の月日が流れ……
俺は魔王を倒した新たな魔王として、この魔族領に君臨することとなった。
人族であり普通の魔族とほぼ変わらない体躯の俺は前魔王と違い、食糧を独占する必要も、領民を飢えさせる必要もなく、領民に食糧が行きわたるよう手配をし、かつて村で農業に従事した経験も活かし農耕技術も発展させていった。
また、前魔王との激戦の傷跡が刻まれた謁見の間は補修することなく『激戦の間』としてそのまま残し、俺のサイズに合わせた普通の謁見の間と玉座を整えることにした。
これによって前魔王基準により莫大な補修・維持費用が掛かっていたものも削減でき、貴族から無駄に財産を接収することもなくなった。
前魔王も決して贅沢をする為に食糧の独占、過剰な接収を行っていたわけではなかった。
ただただ、その巨躯を維持する為、巨躯に見合う城を維持する為に必要なものであったのだ。
俺が魔王になり農業改革を行ったこと、これも大きな変化であるが……
「あなたー、お帰りなさーい。」
公務を終え自室に戻ると、俺の妻であるアイリスが迎えてくれた。
『籠絡』を受け続けて鬱陶しかったとは言え、淫魔族故だからとは言え、魔族領を旅し、魔王城に乗り込み、魔王を倒し、また俺が魔王になってからも健気に支えてくれた彼女に情が湧くのも無理はない話であろう。
アイリスを妻に迎える前には彼女の実家を訪ね、魔王になったこともあってか親が決めた婚約者との婚約破棄も含めて快諾を頂いている。
そして現在、三年前と全く変わっていない姿の少女のお腹はふっくらと膨らんでいる。
「えへへっ、もうすぐだね。」
「ああ、そうだな。」
妻は大きくなったお腹を優しく撫で、俺は妻の髪を優しく撫でてやる。
この平和な日々が、このまま続けばいいのだが……。
カーン!カーン!カーン!カーン!
そんな風に思っていると、なんの因果か異常を知らせる鐘が鳴り響く。
「あなた……」
「ああ、行ってくる。いい子にして待ってるんだぞ?」
俺は椅子から立ち上がって妻の方を向き、再度頭を撫でてあげる。
「もうっ!あたしもう子供じゃないもん!もうすぐママだもん!!」
「ははっ」
俺は踵を返して侍女を呼び、赤いマントを備えた黒い鎧を着こみ、俺を魔王に成らしめた輝く剣を腰に携え、自室を後にした。
この警報、俺の予想が正しければ……
「状況は?」
俺は道すがら、帯同する近衛兵に訊ねる。
「勇者パーティと思しき四名が魔の森を抜け、ここ王都に接近中であります!」
「やはりか……」
恐らくは三年前、俺がいた村を救い、エリザが共に歩んだ勇者……勇者ラウゼルだろう。
しかし勇者が誰であろうと、勇者が来襲した際に取る俺の行動は決まっている。
「俺が直々に勇者を案内する。共は付けずとも良い。」
「はっ……しかし……」
「俺だけの方が、人族相手には交渉しやすいからな。領民の避難だけ頼んだぞ。」
魔王になったとは言え、人族の俺だけで相手にした方が勇者も即攻撃はしないだろう。
それに、人族は基本的に魔族と魔物の区別がついていない……かつての俺もアイリスがいなければどうだったかわからないくらいだ。
領民は絶対に傷つけさせない!!
そして俺は王城を出、貴族街を抜け、居住区、農業区と通り、王都の正門にまで辿り着く。
正門で待つことしばし、予想していた通りの、見知った、そして懐かしい顔ぶれが正門前に姿を現した。
勇者ラウゼル、戦士ミレイア、ヒーラーのフィリア……そして俺の元恋人であり、今は魔術師の格好をしているエリザだ。
「久しぶりだな。」
俺は魔王として本来対峙するべき勇者を差し置き、エリザを見据えて言い放つ。
「えっ……カイト……くん?」
エリザは両手を口に添え、驚いた顔を見せる。
「まぁ積もる話もあるだろうし……俺が王都を案内しよう。」
「どうして……カイトくんがここに?」
俺は彼らに背を向けて歩き出す。
彼らもまた、しばし四人で顔を見合わせた後、俺についてくるように歩き出した。
「どうだい王都は?綺麗に整っているだろう?まっ、今は領民を避難させてるから閑散としてるがな。」
「領民?避難させてるとは、君は一体……」
俺の説明に、勇者ラウゼルが問う。
「俺のことは追々話すから、焦りなさんなって。」
王都を案内する……その言葉通り俺は来た道を戻りながら勇者ラウゼル一行に王都の普段の様子を説明していく。
人族と魔族は基本的に何も変わりはしない、魔族と魔物は同じではない……そう説明しながら。
「なぁライゼル。アイツのこと信用してもいいのか?」
「魔族は邪悪だから魔物と共に滅ぼすべしってぇ、ヒーラー協会も言ってることなんですけどぉ~」
やはり領民は避難させ、俺が案内して正解だったな。
「僕にも魔族のことはわからない……エリザはどう思う?」
「わたしも魔族のことは……でもカイトくんの言うことなら信用できると思う。」
エリザが『信用できると思う』と言う……のか。
俺は心の中で舌打ちをしつつも、勇者御一行様王都案内ツアーの終着点、魔王城に辿り着く。
「さぁ勇者ライゼル、君達の目的地はここ、魔王城だろう?俺がなぜここにいるのかも含めて、最後まで案内しよう。」
俺が魔王城に入ろうと門に差し掛かると、三年前は細くやつれていた、今は健康的な身体になった門番が俺に対し敬礼する。
しかし俺の後ろでは、この王都に入って初めて遭遇する魔族に対し、それぞれ武器を構える四人。
四人に応戦するように門番も槍を構える。
「おっと!さっきも言っただろう?人族と魔族は何も変わりはしない。無駄に戦おうとするのはやめてくれ。」
振り向き、勇者ライゼル達を右手で制止した後、再び城内へと歩みを進める。
場内では廊下を行き交う人々に頭を下げられ、または敬礼されつつ階段を昇り、ある一室を目指す。
そして目的地……開け放たれた巨大な扉をくぐり、床のあちこちは崩れ、柱は何本も折れ吹き飛んだままの旧謁見の間……『激戦の間』へと勇者ライゼル達を案内した。
「さぁ勇者ライゼル……ここがどういう場所か、何が起こった場所か、わかるかい?」
四人は顔を見合わせ、答えられないでいる。
「エリザ……君が勇者ライゼルと共に旅立った日、俺も『女神の祝福』を受けた……そして誓ったんだ。勇者ライゼル、君よりも他の勇者の誰よりも早く魔王を倒す!とね。」
そこまで言って俺は輝く剣を腰から引き抜き、天に掲げた。
「そ、それは聖剣ルクス・ディア!僕と同じ剣を君も……?」
勇者ライゼルは驚きながらも、俺と同じく聖剣ルクス・ディアを引き抜き、天に掲げる。
「そう、そして俺は見てしまったんだ……この魔族領の王都の惨状をね……まるでスラムだったよ。勇者ライゼル、君はやせ細り、弱って地面に倒れる人々を、その聖剣で斬れるかい?」
ライゼルは首を横に振る。
「で、ここが前魔王が鎮座していた謁見の間さ。今では俺との激戦の跡をあえて残した『激戦の間』として保存してるがね。」
「カイト……くん……?もしかして、あなたが……?」
喉を絞り、震える声で訊ねるエリザに俺は答える。
「前魔王は俺が倒し……今は俺が魔王だ。」
俺の言葉に、エリザを除く三人が身構える。