第3話 魔族領とサキュバス
-あの勇者よりも早く、どの勇者よりも早く!!
誰に誓ったわけでもない俺の誓いを成すため、最短で国境を越え魔族領へと足を踏み入れた。
王国領と魔族領の間には鬱蒼と茂った森が広がっており、昼なお暗く襲ってくる魔物も深く踏み入る毎に強力なものが現れる。
-女神の祝福-
それはその存在だけで、平凡なパーティを最強パーティへと押し上げる原動力。
身体は自然に動き、また輝く剣が身体を誘い、魔物を屠る。
生物を斬ることに対する感情も動かない……まるで予ねてよりこのように屠ることが当たり前であったかのように。
ガササッ
俺の頭上、木の上から葉が揺れる音が響いてきた。
警戒し、真っ直ぐに音のした方に注意を向ける。
ベキッ!
「きゃっ!!」
すると、木の枝が折れ、女の子と思しき声と下の茂みに落下する音が聞こえた。
「いたたたたたた……折角いい獲物見つけたと思ったのに。」
「いい獲物ってのは、俺のことかい?」
俺のことを『獲物』だと言うなら、少女と言えど容赦はしない。
なにしろここは魔族領の森の中、深く入った地域で一瞬の油断が命取りになる。
少女は黒髪ロングヘア、赤い瞳、頭には小さな黒い角を生やし、コウモリのような翼を持っている。
そして目をひくのがその衣装、黒を基調とした豪華なハイレグ風ボディスーツを着ていて、胸元には赤いリボンとレース装飾。
袖は白く長いベルスリーブで、レースがあしらわれている感じで、かなり高位な魔族……サキュバスではないか?と思われる。
しかし何より背も低く小柄で幼い顔立ちなのが油断を誘うが、それは禁物と言うもの。
「ちちちちちちちち違うの!違うの!これは言葉のアヤで!!違うの!!」
俺に剣先を向けられたサキュバスと思しき少女は思いっきりあからさまに狼狽える。
「ただ、あたし初めてだから王国領行くのは怖いし、ここで迷子一人相手なら大丈夫かなー?って。」
「やっぱ獲物ってことじゃないか。」
少女に剣先を少し近づけてやる。
「ごめんなさいごめんなさい、もうしませんからぁ!許してぇ!!」
「ふぅ……」
油断大敵とは言え、ここまで泣いて懇願されては剣を収めざるを得ない。
もちろん、警戒は解かないが。
「ううっ……ただの迷子かと思ったのにぃ。」
「俺は迷子ではない、誰よりも、どの勇者より早く魔王を倒す。邪魔をするなら……」
そう言って剣の柄に手をかけ、鋭く睨みを利かせる。
「しないしない!邪魔しないよぉ。だって今の魔王って無茶苦茶だもん!!」
「ほぅ?」
これは思わぬところで魔王の情報が聞けそうだ。
「あたしが産まれるずーっと前からなんだけど、今の魔王って領民のことぜーんぜん考えてないんだもの。うちの家も財産接収されたりでもう困っちゃってたの!!」
それはそれは耳寄りな情報だ。
「いい話を聞けたよ、ありがとう。じゃあ俺は行くから君は家があるなら帰るといい。」
「待って待って待ってぇ!!」
踵を返す俺の腕に必死でしがみつくサキュバスの少女。
「あたし、今まで一度も精取ってこれてなくて、取ってくるまで帰ってくんな!って言われてるの!!だからおいてかないでぇ!!」
「……やっぱり俺は獲物ってことじゃないか。」
俺は少女の手を振りほどいて森の奥へと歩みを進める。
後ろからガサガサと音を立てながら、泣きながら追いかけてきているようだが……