幼馴染にラブレターの返事のチェックを頼まれたのだけど、とんでもないことが書いていた件
書いてるのは、ラブレターの返事。
ちゃぶ台に向かうセーラー服の琴巳にそう告げられて、翔太は気が気でなかった。
どうしよう。
心臓がばくばくと跳ねている。
琴巳はぺたんと女の子座りをして、返事を書き連ねている。腕が動くたびに銀色の長い髪がゆらゆらと揺れている。アイルランド人のおばあさん譲りだというその髪は、いつでもサラサラとしていた。さわってみたくなる美しさだった。
さわる勇気なんてなかったけど。
だから自分は、琴巳の恋人でもなんでもないのだけど。
でも、好きなのだ。
「ね、ねえ、琴巳」
だから翔太は口を開いた。
「なに」
抑揚のない返事が聞こえる。
その間もペンの音が止まることはない。
くじけそうになったが、翔太は口を開いた。
「その……ラブレターの返事、って言ったよね」
「言ったわ」
冷たい声でオウム返し。琴巳との会話はいつもこんな感じだ。感情が声にほとんど混じらないし、態度は誰にでも冷たい。でも、外見はすごい。クォーターの女の子のいいところをぜんぶ集めたような女の子だ。
当然、ラブレターが来ても不思議ではない。
「……なんて返事するつもり?」
勇気を振り絞って聞いた。
琴巳といちばん仲がいい異性は、まちがいなく自分のはずだ。でも恋人じゃない。したがって、どんな返事をしようが自分に止める権利はない。それでも翔太は聞かずにいられなかった。琴巳が誰かのものになるなんて、いやなのだ。
「うん。あとで見て」
「え」
すると琴巳が振り返ってきた。翡翠色の瞳からの視線が翔太を貫いた。
「私、こういうの初めてだから。うまく思いが伝わるかチェックしてほしい」
そしてまたちゃぶ台に視線を戻した。
翔太は口をぱくぱくさせていた。思いっていったいなんだ。それに自分にチェックしてほしいほど真剣に返事を書くということはつまり返事は――口が情けなくヘの字に歪んでいく。
そんなのイヤだ。琴巳を止めなきゃ。
でもなんて言って止めるんだ。僕は琴巳が好きだと言うしかない。それで断られたらどうなる。ここに二度と来れなくなる。琴巳とたわいない会話をすることすらできなくなる。
それも、イヤだ。
「できた」
琴巳が振り返った。翔太は身をすくめた。
「はい、見て」
びっしりと文字が埋まった便せんが、翔太に差し出された。震える手でそれを受け取ってしまう。読むのをためらった。恋のメッセージを読んでしまったらショックで学校を休んでしまうかもしれない。
でも断れない。
だって琴巳の頼みなのだ。
「はやく見て」
せかす声。
翔太は神様を呪いながら視線を走らせた。
『拝啓 長谷川智史 様
(前略)
お手紙ありがとうございます。
真剣に考えた結果、交際についてはお断りしたいと思います。
理由は、近江翔太という幼馴染です。
恋人というわけではありませんが、いつも一緒にいます。
一緒にいるとなぜか気分が休まります。
こたつで寝入ってしまった時に毛布をかけてくれます。
苦手な数学も教えてくれます。
勉強の時は私が好きなお菓子を持ってきてくれます。
カラムーチョとハイレモンです。
本当はハーゲンダッツもほしいです。
母が仕事で忙しい時はお弁当も作ってくれます。
タコさんウインナーはときどき足が取れてるし、玉子焼きは味が濃すぎますが、それなりに好きです。ただ、ピーマンはやめるべきです。にんじんなら三回に一回だけは許します。
あと白いごはんをおいしく炊くことは翔太の唯一の特技だと思います。
それはともかく、あなたと交際すると上のようなことを翔太がしてくれなくなると友達に言われました。
私としてはそれはとても嫌なので、交際はお断りいたします。
長谷川様の今後のご健勝をお祈り申し上げます。
敬具』
「どう」
琴巳が腰に手を当てて小さな胸を張った。
翔太は笑顔だか泣き顔だかよくわからない顔を浮かべていた。
何度か深呼吸をしてから、まず最初に言うべきことは――
「リテイク」
「ええっ」
琴巳が不満そうに表情を歪めた。
「こんな返事したら、僕が長谷川くんに殺されるから」
「なんで翔太が」
「あとピーマンもやめないから」
「翔太がひどい!」
琴巳が頬をふくらませる。翔太は小さく溜息をついた。
やっぱり自分は彼女の恋人でもなんでもないようだった。
それでも顔はにやけていく。
とりあえず――にんじん料理はもっと勉強しようと思った。