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No.4 優しさ

 あれは誰だろう。

 あれは、そうだ、幼い頃の俺だ。

 木漏れ日の差す長閑な公園で駆け回る子供眺めながら(りつ)はそう感じとった。

 黄色い笑い声が辺りを包み込み、それを周りの大人達が優しく見守っている暖かい思い出。

 なぜこんなにも素敵なものを今まで忘れていたのかと思えてしまう程に、平和で優しい光景。

 ずっとここに居たい。ずっとここに居たい。


 ではなぜ壊してしまったんだ。



「…(りつ)さん、(りつ)さん、起きてください。」

 男性の優しい声が頭の中に響く。聞いたことのある声だ。答え合わせをするかのようにそっと目を開けてみると、やはりLeəЯ(レーア)の姿がそこにはあった。

「…この様子では、明日には背がうんと伸びてそうですね。」

「寝る子はよく育ってこと?」

 LeəЯ(レーア)はそれに答えるわけでもなく、静かに笑みを零した。

 どうやらまた眠ってしまっていたようだ。

 そして、これも前回と同じく見たことの無い天井が出迎えてくれた。あの病院だけでなく、他にも拠点があったようだ。

 落ち着きを取り戻そうとその場でゆっくりと深呼吸をすると、徐々に鮮明に気絶する前の記憶が蘇ってくる。

 そして、一番に浮かび上がってきた疑念は仇のその後であった。

「あ、そういえば!あの怪しい男ッ、―ってぇ。」

 身体を前のめりにさせた途端に、電撃でも走ったかの様な激痛が全身を駆け巡る。

 苦痛の根元はどこにあるのかと、見渡してまず目に付いたものは自分の黒焦げとなった右腕であった。

「うそ……だろっ……。」

「なんだよ…これっ…おいっ…!」

 あまりの出来事にLeəЯ(レーア)の顔を見つめながら悲痛の叫びを上げる。

 蒼白とした表情を浮かべる少年に対して、LeəЯ(レーア)は至って冷静な態度で言葉を返した。

「…そういえば、(りつ)さん、カレーはお好きですか?」

「いやっ、腕ぇっ!うでぇっ!」

 予想だにしない応えに思わず更に騒ぎ立ててしまう。しかし、LeəЯ(レーア)は相変わらずコーヒーブレイクでもしているかのような落ち着き様で話を進める。

「もしよろしければ、私特製のカレーを是非提供させていただこうかと思うのですが。」

「いや話聞けよっ!俺の腕これ使いもんにならな…」

 そう言いかけたところで、LeəЯ(レーア)は少年の顔に指を翳した。もちろんそんなことをされて話を続けられるはずもなく、豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべてしまう。

 そして、(りつ)が落ち着いてきたことが確認取れれば、次第にその翳された指は少年の腕へと向けられ、それに合わせるように(りつ)は自身の腕を見直した。

 するとやっとそこで現実との認識のズレに気が付いた。

 確かに腕全体が黒く変色してしまっている。だが、この腕は決して焦げた訳ではない。その証拠として支障なく指の先まで以前と同じようにしっかりと動かすことが出来る。いや、寧ろ以前では気付けなかっただろう筋繊維の一本一本の動きまで、繊細に感じ取ることが出来る。

「…それが発現者であるが故に感じ取れる景色です。」

 (りつ)は意識せずにLeəЯ(レーア)の顔を見つめていた。

 発現者に成ってしまったという現実、母にどう言えばいいのかという焦燥、後戻りは出来ないという落胆。この時、少年の胸には様々なものが重くのしかかっていた。

「俺は…やっぱり発現者になっちゃったのか…?」

 顔を俯かせてそう呟く少年に対して少し考えるような素振りを見せた後、LeəЯ(レーア)は少年の方へ顔を合わせながら相変わらず落ち着いた様子で口を開いた。

「…それは違います。」

「………そっか…。」


 

「え?!違うの?!」

 思わぬ一言に俯かせていた顔はこれまでに見せぬ速度で上がり、目玉は今にも飛び出しそうな程まん丸に、極めつけはポカーンと開いた口は塞がることはなかった。

「…はい、違います。」

「…正しく言うと、(りつ)さんは今云わば半端者といったところでしょうか。」

「半端…?ど、どういうこと…?」

 違うと言われたり、半端と言われたりでもう何が起こっているのかが分からず、眉を歪めながらLeəЯ(レーア)の話に耳を傾けた。

「…今の(りつ)さんは自力で能力を振るうことは出来ません。」

「…あの時発現者としての能力を使えたのは、私が(りつ)さんの感情の栓を一時的に引き抜いたからに過ぎません。」

「ちょっと、ちょっと、話難しすぎてわっかんないよ。」

 いよいよ情報量似たえ着れなくなったのか、LeəЯ(レーア)の顔に掌を翳して一旦考える時間を貰う。

 暫く頭を掻き毟りながら熟考すれば、やっとの思いで冷静を取り戻したのか、もう一度LeəЯ(レーア)の顔を見上げた。

「え、じゃあなに、今俺さっきみたいなレーザー出したり出来ないの?」

「…はい、まだ出来ませんね。」

「でも、この手はなんで黒くなってるの…?」

「…次の機会のために身体が自ずと適応したものかと考えられます。」

「これは、よくある事なの?」

「…はい、発現者は云わば感情と身体が一体化した存在。感情がそれを望むなら、自ずと身体もその望まれたとおりに変化するのです。」

 ふむ、なるほど、わからん。

 全くわからん。

 超絶わからん。

「…つまり、新しい能力が生まれる度に身体が異形化するということです。」

「はぁー、なるほど…?」



「いやダメじゃん!!」

 いよいよ少年は立ち上がり、黒くなった腕を掲げ指差しながらふんすふんすと荒々しい息をLeəЯ(レーア)に吹き掛けた。

「…異形化するのは能力の出力を誤った結果です。あの時(りつ)さんが放った一撃、あれは明らかに生命体として耐え切れるものではありません。」

「…故に(りつ)さんの身体は己を護るが為により強靭な細胞組織で腕を再構築。その代償として腕が変色してしまった。ということでしょう。」

 そう語り終えると興奮状態にある(りつ)を落ち着かせようと頭をポンポンと撫でる。

 毎回毎回なんだかズレた行動をとるLeəЯ(レーア)に対して、変わらず(りつ)もポカーンとした表情を浮かべてしまっていた。

「なんで今頭撫でたの…?」

「……なんとなくですかね。」

 気の抜けるような返答にあんぐりと開いた口が塞がらず、いつの間にか掲げたはずの腕も降りていた。

「あーもぉ調子狂うなぁ!」

「つまりあれか!そこそこの威力で能力使う分には化物(バケモン)にならないってことか!」

「…良い結論(こたえ)です。」

 LeəЯ(レーア)はその場で余裕のある拍手しながら少年にささやかな賞賛を贈る。

「…にしても、あの威力は凄まじいものでした。」

 この時、初めてLeəЯ(レーア)(りつ)に対して神妙な口調で語り掛けた。

 それはまるで哀れみながらも興味深いものを目の前にしたようなものであった。

「…発現者に成り立ての頃は出力を見誤ってしまうことはよくあります。しかし、(りつ)さん、貴方のは余りにも格別が過ぎる。」

 いつもと違い余裕のない口調に内心驚いてしまい、少年は返答をする訳でもなくついつい聞き入ってしまっていた。

「…あの威力は成り立てで出せる威力ではありません。中でも『憤怒』の感情はコントロールが難しく、ましてや力の一点凝縮など……。」

「…ここまで至るまでには何かしらの常人では考えられない程の壮絶な鍛錬、もしくは強い想いが無ければ実現は不可能……。」

「…それを(りつ)さん、貴方は……。」

 ここまで言いかけたところでLeəЯ(レーア)はいきなり口を閉ざした。その様子はまるでとても悲しげであり、その手は何故か悔しそうに小刻みに震えていた。

「おぃ、レーア…さん、どうしたんだよ。」

「…あ、すみません、根っからの探究体質なものでして、気になることがあればついつい熱くなってしまうのです。」

「……特に、お気になさらず。」

 言葉というものは不思議だ。全く同じ言葉であったとしても、時として全く別の意味を持つことがよくある。

 これも例外ではないだろう。そう思えるほど包帯に隠されたその顔は、とても切ない表情を浮かべていたように感じられた。

「…とりあえず、(りつ)さんはこれからもいつも通り生活を続けてください。能力が使えないからといって、能力を使うイメージをするなどの行動は慎んでください。万が一がありますから。」

「え?家に戻っていいの?」

「…はい、特に問題はありません。しかし、ここには通うようにお願いします。これから先、いつ私の助力無しに能力が発現するか分からないので。」

 どこかいつもの余裕の無い口ぶりにかなり深刻な事態であるということを感じ取れば、少年は何かを口にするでもなく静かに頷いた。

 しかし、少年の頭上に素朴な疑問が浮かび上がった。

「もしかして、()()ってことは、俺これから発言者になっちゃうの?」

 何気ない一言であった。不自然でもなんでもない至ってシンプルな質問。しかし、その答えに対してLeəЯ(レーア)と少年の間には、絶え間ない沈黙が訪れた。

 あまりに返答が無いものだから、この問いを取り下げようかと思ったのとほぼ同時に、いよいよLeəЯ(レーア)は沈黙を切り裂いた。

「……良い疑問(こたえ)です。」

「…ではお答えしましょう。その通りです。もっと正しく言うのであれば、今能力の源となる(りつ)さんの感情の栓がとても緩んでいる状態にあります。そのため、いつでも発現者に成り得る状態にあります。」

 本来であればこの一言を受けたことによって衝撃を受けていたことだろう。しかし、自然とその感情が湧いてくることはなかった。

 理由は定かでは無いものの、強いて言うのであればLeəЯ(レーア)があまりにも正直に、そして申し訳無さそうに答えてくれるものだから、きっと希望を持つことが出来た。少年はそう思った。

「レーアさんはほんとに優しいんだね。」

 心の底から零れ出た言葉であった。

 そして、それを聴いたLeəЯ(レーア)はハッとした様子で(りつ)の顔を見つめていた。

 LeəЯ(レーア)の心配そうに組まれていた指が徐々に解れてゆけば、相変わらず落ち着いた様子でそっと呟いた。

「…ここまで感情が揺れたのは、いつぶりですかね……。」

 

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