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No.2 医者

「そろそろお目覚めになっても良いと思うのですが。」

 朦朧とした意識の中で、微かに優しい男性の声が近くから聞こえてくる。

 どうやら眠っていたようだ。

 にしても身体中が痛い、寝違えでもしたのだろうか。そう思いながらゆっくりと身体を起こす。

 暫くすると視界がしっかりと鮮明になってゆく。そして、やっとそこで異変に気付く。

 まず脳が景色から受け取ったものは身長が2mを優に超える背の高い男が隣に座っているということであった。更にその男の頭部には包帯が巻かれており、表情どころかまず顔つきすら一切確認出来ない。差し詰まるところつまり…。

「なんだお前ッ?!」であった。

 何だか見たことがあるような気もするが、眠る前の記憶が曖昧で微妙に思い出せない。

 それよりも驚きのあまりついつい思考が口から溢れ出す。

「誰…。確かに。まだ名乗れておりませんでしたね。」

「それでは名乗らせていただきますね。」

 目の前に居る謎の男は実に冷静かつ優しい口調で語り掛けてくる。どうやらかなり理的な人物なのかもしれない。いや、まず人間かも怪しいものだが。

「私の名前はLeəЯ(レーア)と申します。こんな姿(なり)ですが、医者を生業としております。」

「あ、えっと。お、俺は(りつ)って言い…ます。」

 あまりにもサラッと丁寧な自己紹介をしてくるものだから、思わずポロッと名乗り返してしまう。

 だが、よく見てみると医者という言葉のとおり、灰色に褪せた白衣を身に纏っており、この部屋もどこか医療器具のようなものがチラホラと見受けられる。

 そもそもこの部屋自体何だかおかしい。今座っているベッドも部屋の真ん中にあり、そのベッドの上には何やら大きなライトのようなものが設置されている。

 少年は思う。もしかすると、いや、もしかしなくても。

 ここ医療ドラマとかでよく見る手術室じゃない?

「その通りですよ。」

「心の声返さないで貰える?」

 当たり前のように肯定してくるその声に、思わず突っ込みを叩き込む。

 他にもどこから突っ込んでいいのだか分からないようなあまりにも多過ぎる情報に思考が追い付いておらず、その肝心の元凶は呑気に林檎の皮を剥いている。お願いだからこれ以上情報を増やさないで欲しい。そんな思いをそっと心の中にしまい込む。

「それは失礼致しました。しかし、何故あんな山奥で倒れていたんですか?流石に驚いてしまいましたよ。」

「あ……。そういえば…。」

 LeəЯ(レーア)の一言で瞬時に眠る直前までの記憶が、頭の中に怒涛の如く雪崩込んでくる。

 途端に押し寄せる恐怖、焦燥、絶望感といった黒い感情。

「お、お前っ…!あの時の…!」

「……どうされましたか?」

 この時、男は多分キョトンとした表情を浮かべていたような気がする。しかし、それが(りつ)からするとどうしても許せなかった。

 その感情はいつしか恐怖を入れ替わり、激しい苛立ちがふつふつと沸き立ち始めた。

「どうされたじゃないだろっ…!あんなっ…!おまっ…!」

「………今貴方が何を"真実(こたえ)"とされたかは判りました。しかし、"ソレ"は真相(こたえ)ではないですよ。」

 男は(りつ)の動揺に対して相変わらず優しい声色で淡々と返す。

「うるさいっ…!あれも…これも…!お前がやった事なんだろっ…!」

「お前が都市伝説の化け物なんだろ?!見た目まんまじゃねぇかっ!」

「………少年、たったひとつの答えを手に入れるためには大抵複数の証明が必要なものですよ?」

「何わけわかんないこと言ってるんだよッ!」

 (りつ)がそう返すのと同時に、男は(りつ)の背後を指差した。

 また何かされるのかと思い(りつ)はその指に合わせて視線を移す。

 するとそこには直径3メートルは超えるであろう綺麗な円形の穴が、ぽっかりと空いていた。その向こう側には木々生い茂っているのが確認出来ることから、どうやら奇抜なインテリアという訳では無さそうだ。

「なんだよ…あれ…。」

 思わず声となる恐れと驚き。しかし、そんな感情から出た問いに対する回答は、直ぐにあちらからやってきた。

 足元に何かが軽く当たった感触を覚え、反射的にそちらへ視線をやると、そこにはサッカーボール程の大きさの何かが転がっていた。

 よく観てみるとそれは綺麗な球体となったコンクリート片であった。

「…おいっ…一体何をしたんだよっ…。」

 少年の想いは思考に留めておくには余りにも規模が大き過ぎたのか、自然と男への質問へと姿を変えていた。

「…私にも分かりません。しかし、憶測であればお伝えできますが?」

 男はこんな時も至って冷静沈着で、物怖じしている様子は一切見られない。

 ここまで落ち着いていると逆に不自然に思えそうなものだが、(りつ)はこの時全く別の考えに至っていた。

 (りつ)は切羽詰まった表情と、静かに頷くという行動によって男に思いを伝える。すると自身をLeəЯ(レーア)名乗る男は次のように続けた。

「一先ず私の元へ。」

 男が落ち着いた様子で手招きをするのと同時に、不思議と(りつ)身体は自然に男の方へと動いていた。

 恐怖を抱きつつも、ここまでの出来事の中で心のどこかでは気付いていたのだろう。この惨事はこの男によるものでは無いということに。

 そして、この男を一度信頼したことによる恩恵は、実感となって直ぐに返ってくることとなった。

「…いいですか、(りつ)さん、この世に在る情報というものには種類が三つ在ります。」

「え、急になんだよ。」

 LeəЯ(レーア)は淡々と語らいながら指をすべて閉じた状態で右手を顔元まで持ってくる。

「一つ、識らなくてはならないもの。」

「二つ、識ってはならないもの。」

 ひとつ、またひとつと彼の指が開かれてゆく。しかし、彼の指と口は急にピタッと止まり、辺りには暫しの沈黙が訪れた。その後、彼は目の前を見つめながらこう続けた。

「三つ、識らないでは済まされなくなったものです。」

「それってどういう…」

 LeəЯ(レーア)の言葉を返そう瞬間、ゴジャァァァア!!!という轟音と共に辺りが砂埃で包まれる。

 それはかなりの広範囲に及んだようで、今周りがどんな状況にあるのかが全く目視出来ないほどのものであった。

 暫くすると砂埃が収まり始め、それと同時に少年は呆気に取られてしまっていた。

「なんだよ……これ…何も無くなって…。」

 病院が消えたのである。

 比喩表現などではない、ましてや病院が倒壊したなんていう甘いものでは無い。

 病院綺麗さっぱり消えて無くなっていたのである。

 辺り一面更地と化し、離れた場所には木々が生い茂っている。一瞬にして建物が消失してしまった。

 瓦礫1つ残さずにである。

 そんな光景に固まっている(りつ)の肩にそっと大きな手が添えられる。驚き思わず顔を上げてみると、そこには変わらずLeəЯ(レーア)の姿がそこにはあった。

「…さて、ここで私から質問です。(りつ)さん、果たしてこの状況はその三つのどちらに当て嵌るでしょうか。」

「……さ、さん………かな?」

「ふふ、良い判断(こたえ)です。」

 苦笑いを浮かべながら質問を返す(りつ)に対して、LeəЯ(レーア)は静かに笑みを零した後、足元を見るようにとそっと人差し指を下向きに差した。

 するとそこには、丁度自分達の立ち位置に合わせて残された病室のタイルの姿が在った。

「守って……くれたのか……?」

 そう尋ねる少年に対して、平然とした態度でこう返した。

「私の仕事は生命を繋ぐことですら。」

 恐らくこの男に顔が残されているならば、あの包帯の中では微笑みを浮かべていることだろう。

 そう思える程に、その優しい声色と凛とした姿は全てを物語っていた。

「さて(りつ)さん、次の質問です。」

 LeəЯ(レーア)に対して信頼を置きつつある少年の元に、間髪入れずにまたもや質問が舞い降りる。

「この状況は危機的状況と呼べるでしょうか。」

 そう問い掛けながらまたもやLeəЯ(レーア)は人差し指である場所を差す。次は目の前に広がる森の中を腕を伸ばして真っ直ぐに指を差している。

 一見何の変哲もない鬱蒼と生い茂った森のように見える。しかし、次の瞬間ガラリと現状は姿を変えた。

「流石に割れてますよ。出て来てください。」

 景色に向かって語り掛けるLeəЯ(レーア)。何をしているかとつい考えてしまいそうになるが、直ぐにその真相は向こうから姿を現した。

 木の影から現れたその者の姿は、肩ほどまで伸びたボサボサの頭髪に黒のパーカー、見た感じ歳は30前半の男性といったところだろうか。

 そんな如何にもな格好をした男が、ただの一言も語ることも無く奥に静かに佇んでいる。

 (りつ)はこの時、恐怖のあまり絶句してしまっていた。それもそのはず、今目の前に居る存在が友人と自身の命を脅かし、挙句その友人の命を奪った者かも知れないのだから。

「…私の居場所(びょういん)を消し去った事はこの際良しとしましょう。しかし、一つだけ貴方に質問します。」

「…この少年らを襲ったのは貴方。で間違いありませんね?」

 明らかに声色が変わったことに(りつ)は気付いていた。どんな時でも優しい声だったため、彼は元からあんな声なのかもしれない。そう思っていた矢先、ここまでに感情を表せて良いものかと感じられてしまう程に冷酷で軽蔑の意が込められた声色で、目の前の男に対して語り掛けていた。そんな現状に少年は正直に驚いていた。

 しかし、次の瞬間更に場の空気が凍りついた。

「……お団子を作るのが好きだったんだ。」

 それが男の第一声であった。

 常人であれば恐怖してしまいそうなこの言動だが、この時の(りつ)は違った。

 耳を疑ってしまうような訳の分からないこの言動に対して、同じく訳の分からない程の苛立ちを少年は覚えていた。

「危機的状況かだって……?」

「それ、答えはNOだろ…?」

 (りつ)は竦んでいた脚を前に出し、LeəЯ(レーア)の質問に対してありったけの感情を込めて返す。するとその想いに応えるように、彼はまた目指す先を差しながらこう答えた。

「善い判断(こたえ)です。」

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