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Disast  作者:
2/11

No.1 人喰い山

 ある日、少年は夢をみた。

 悪夢だ。

 とてつもない悪夢。

 だが、内容が思い出せない。全くだ。全くと言っていいほど思い出すことが出来なのだ。

 しかし、何者かが自分に対して何かを必死に伝えようとしていた。それだけは何となく感覚で覚えていた。

 これだけは思うでは無い。確かにそんな内容であった。それだけは覚えているのだ。

 こんな奇妙な感覚に少年は思わず固まってしまっていた。

 見慣れた寝室の壁を意味もなく眺めながら答えの出ない思考を巡らせていた。

「りっちゃ〜ん?夏休みだからって寝すぎちゃダメよ〜?」

 部屋の外から溌剌(ハツラツ)とした女性の声が聞こえてくる。この少年の母の声のようだ。

 彼の名は清林(きよばやし) (りつ)。身長は170cm代で黒髪という特に特徴のないフツーの男子高校生。強いて特徴をあげるとするならば、垂れ目で優しい顔付きなため、よく道端のおばあさんから声を掛けられる程度である。

 そんな彼は、ただいま絶賛高校2年生での夏休みをエンジョイ中である。

「わかってるって、今降りるっ。」

 母の声にそう返せば、いそいそと出掛ける準備を済ませ、2階にある自室から1階にあるリビングへと駆け降りる。

 この日は友人との約束があり、その約束とはいわゆる肝試しと呼ばれるものであった。

 彼の住むN区と呼ばれる街には、とある都市伝説があった。

 街の外れにポツンと構える『口莫山(くちなしやま)』と呼ばれる小さな山があり、この山に恐ろしい化け物住んでいるというものであった。

 その化け物の口は耳元まで大きく裂けており、身体は大きく話によると2mは優に超え、脚もかなり速いらしく見つかってしまえば逃げる術はない。そんな化け物が山の最奥に住んでいるらしい。

 そんなバカげた話誰が信じるでも訳もなく、ましてやそんな化け物を見たと言う者も居なかったため、子供達の間で流行っているただの都市伝説にしか過ぎなかった。

 それもあってか、その口莫山は肝試しの名所として知られいた。

 しかし、そんな都市伝説には続きがあった。こんな噂が広まった原因である。

 どうやらその山での遭難事件が多発しているようで、更に遭難者が一人も見つかっていないらしく、未だに捜索されている方も存在するほどであった。

 それもあってか都市伝説云々は関係なく、普通に危険な山であるため、都市伝説としてだけでなくその事情までしっかりと理解している者であれば、近づきすらしないような場所であった。

 もちろんこんな危険な情報を子を持つ親達が知らない訳もなく、口莫山に行くと言った子供に首を縦に振る親はひとりとして居なかった。

 律の母親もそのひとりであった。

 そのため、(りつ)は特に否定される事は前々から分かっていたため、この日は友人と出掛けるとだけ伝えて自宅を後にした。

「おいっ、そっちは許されたのかよ。」

 家を出て少しすると、若い男の声が(りつ)に向けて聞こえてくる。そちらへ視線を移してみれば、律にとって見慣れた顔がそこにはあった。学校での同級生、(タケル)であった。

「んなわけないだろ?黙って出てきたよ。」

 軽い溜息を吐きながらそう応えれば、冗談じみた笑みを浮かべ上手く抜けてきたことを伝える。

「それで?いくか?例の山に。」

「あぁ、まぁ、真夜中ならまだしも昼間に行くわけだし、化け物がホントにいても出てこないだろ…」

 真夏のギラギラとした陽を浴びながら、もしも化け物が出てきたらどうだ。どの時間帯に行けばどうだ。など、不安から来る不毛な議論を繰り広げていると、いつしかそ脚は口莫山へと辿り着いていた。

 山頂まで木々の生い茂る丘のような小さな山が目の前に聳え立つ。

 山としては決して大きくとはいえないはずなのに、着いた途端感じる異様な威圧感が2人を襲った。

 震える手足がこれ以上踏み込んではならないと(やかま)しく感じる程に危険信号を出していた。

 それは生物としての勘からの最終通告だったのかもしれない。

 しかし、この2人はそれを乗り越えるべくしてこの場所へと足を運んだ訳で、ここまで来て諦める訳にはいかなかった。

 「び、びびってんじゃねぇょ。」

 「ぉお、お互い様だろそれは。」

 「俺は…入るぜ…?」

 「なんだよそのお前は帰ってもいいけど?みたいな言い方。俺も入るに決まってる、だろ。」

 この様子は傍から見たらとんでもなく情けない様であろう。しかし、無理もない。

 下手したら自分も帰れなくなるのかも知れないのだから。

 数分が経ち、永遠に感じられるような沈黙が続いた後、いよいよ覚悟を決めたのか(たける)の方が先に脚を前に出した。

 それに負けじと(りつ)も脚を前に出す。

 一度進んでしまえば不思議なもので、身体は自然と前へ前へと進んでいった。

 恐れながらも前に進み続けた結果、元々それほど高い山でもなかったということも相まって、2人はいつの間にか山頂まで辿り着いていた。

 呆気のないものだ。結局何も無かったのだ。

 化け物も居なければ、それらしきものもない。

 遭難者についてはよく分からないが、きっとそれも何かの手違いなのだろう。

 そんな漠然とした安心感が2人の胸をそっと撫で下ろした。

「なぁんだ。やっぱり都市伝説なんてこんなものかよ。」

「変な奴出てきたらどーしよかって思ったけど、結局出てこなかったな。」

「帰ろ帰ろ、ったく、ただのピクニックになっちゃったじゃねぇかよォ。」

 安堵による愚痴を零しながらも、心にぶら下がっていた錨のようなものがスーッと上がっていくのお互いに感じていた。

 半分乾いた笑みを浮かべた後、帰路につこうと(りつ)(たける)の方へと視線を移した。

 だが、そこには(たける)の姿は無かった。

 (たける)が居たと思われる場所には、何か球体のようなものが転がっている。

 観たくない。

 見たくない。

 みたくない。

 そこに何があるかは概ね想像が着いた。

 だからこそ確認したくなかった。

 何を考えるにしても億劫になるほどに。

 いや、もう何も考えたくない。

 何も感じなくない。

 全ての行為を放棄した彼の身体は、自然と両手で両耳を塞ぎ、両膝をついていた。

 その瞬間であった。

 メキョッ…

 という鈍い音が頭上から聞こえてくる。何かが潰れるような嫌な音。

 恐る恐るそちらへと視線を送り、まず目の前に入ってきたものは、まるで握り潰されたかのように削られた樹木の側面であった。

 深く深く側面を削られたその樹木はぐらついており、今にも倒れそうになっている。

 この光景を目の当たりにしてひとつの懸念が頭を過ぎる。

 あのまま立っていたらどうなっていたのだろう。

 そんな恐怖に駆られた身体は、あらゆる行動を放棄しようとした少年の意志とは関係なく、いつの間にか脚をとにかく動かしその場から離脱することに尽力を注いでいた。

 自分はこんなにも早く走ることが出来たのか。そう思える程の生理的恐怖。

 その間もどこからともなく鈍い音が響き渡っていたかもしれない。だが分からない。耳に入ってきたとしてもそれを頭が捉えられる程の余裕など残されていないのだから。

 この場から逃げ切れればいい。もうそれしか考えられなくなっていた。

 しかし、現実は想定していたよりもずっと非情であった。

 メキョッ…

 次に確かに聞こえたこの音は、周りの木々から響いてきたものでは無かった。

 そして、訳も分からないまま(りつ)はその場に倒れ込んでいた。

 直ぐに起き上がらなくては、そんな焦りが身体中を駆け巡るというのに、全く起き上がることが出来ない。

 何故、どうして、そんな念を即座に解消してやろうと言わんばかりに、彼の視界にズンと重たい現実が映し出される。

 既に無かったのだ。両足で逃げるなどという高貴な選択肢は。

 先程まであったはずの右脚が、膝から下にかけて丸々と無くなっている。跡形もなくだ。

 その事実に気づいた頃、やっと想像を絶する程の激痛が全身を駆け巡る。

 その痛みたるや悶絶という言葉だけで表せて良いものか。そう思える程に鈍く、重く、呼吸をも押し潰さんと襲い掛かってくるほどであった。

 なぜこんな場所に来てしまったのだろう。

 その場でのたうち回りながらそう深く後悔した。

 しかし、もう全ては後の祭り。

 彼に許された行為は藻掻き苦しむこと。それのみである。

 息絶え絶えの状態で蹲まっていると、いよいよあることに気が付いてしまう。

 明らかに視界が先程よりも暗くなっている。

 これが意識が遠のいてのことであればどれだけ良かっただろう。

 だが違う、感覚で分かる。現実は目の前に映る景色自体に陰りを作り出している。

 本来こういう時は見ないのが正解なのだろう。

 何も知らぬまま息絶えるのが正解なのだろう。

 だが残念なことにそれら全ては叶わない。

 何故ならこの場所にはその為に来たのだから。

 ソレを確認するが為に来たのだから。

 恐る恐る失われた脚から頭上の方へと、徐々に視線をゆっくりと移してゆく。

 目が合ってしまった。

 その者は背丈が2mを優に超え、頭部にボロボロになった包帯がミイラのように巻かれている異形の存在であった。そして、顔には頭部を上下に割ってしまいそうな程に大きく裂けた口がついており、灰色の白衣を纏った体躯は枝木のように細い。明らかに人間とは呼べる存在ではない。

 そんな何かがらこちらを凝視してきている。

 そして、それを認識したのと同時に少年の視界は闇へと包まれた。

 

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