9.ウォームアップ
いろいろウォームアップしています。
練習場に入り、楽器の準備ができると、秋良はウォームアップで音出しを始めた。
秋良は楽器の演奏はスポーツに似ていると思っている。
いきなり全力では演奏できない。
少しずつ少しずつ音を出して今日の状態を確認しつつ、いい状態へ持ってゆく。
調子が出るまではあまり無理をせず、休み休み丁寧に音を出してゆく。
「よう。今日も調子よさそうだな」
同じホルン吹きの一貴が声をかけてきた。
「まあまあだ」
今日は秋良が1番、一貴は4番のパートを担当している。
ホルンは2列に並ぶことが多く、前列指揮者に向かって左が1番、右が2番。後列指揮者に向かって左が3番、右が4番となる。
後列は前列の真後ろになると指揮者が見えにくいので、指揮者に向かって前列から右にズレた位置に座る。
今日は部内指揮者が指揮をしており、以前指揮者から指摘されたところを確認しつつ、合わせて行く。
一時間ほどして、休憩となったところで一貴が声を掛けてきた。
「なあ、秋良」
「んー」
「あのさ、何かあった?」
「何かって?」
「いやいや。俺の席からお前の方見ると、その向こうに梅香崎が見えるんだけどさ」
「明らかに、君への視線が変化しているように感じるのだが?」
「え?」
「自覚ないの」
「演奏に集中してた」
「演奏はまあ、置いといて。なんかあったろ」
「あ。うん。まあ」
「付き合い出した?」
「いや」
「おい。理解できん。それであの視線か。明らかに彼女みたいだぞ」
「そうなのか」
と言って朱音の方をみると、朱音もこちらの視線に気が付いて、嬉しそうににっこりとする。
男二人は「…っ」と言葉が出ない。
彼女は秋良に向けてしか発砲していないつもりなのだろうが、破壊力が尋常ではなくなっている。
「おいおいおい。秋良、お前らウォームアップとっくに終わってるじゃねえか。一刻も早く彼女を何とかしないと俺は知らないぞ」
一貴はそう言うと席に曲をさらい始めた。