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8.強化練習終了

強化練習最終日です。

 練習場の中は、話声や、楽器を片付けに行く者、椅子を片付ける者などいろいろな人でがやがやと騒がしい。

 強化練習最終日。

 練習が終わってオケのメンバーは解放感に浸っていた。


 秋良も自分の楽器をさっさとケースにしまい隣の一貴に

「焼肉食べに行こうぜ」

 と声をかけた。

「ごめん、今日はくたびれてる。帰るわ」


 一貴は自宅から通っているので特に食事には困らない。


 秋良はアパートに一人暮らしなので、そうはいかない。


「そっかー」

(しょうがない。コンビニの焼肉弁当にでもするかな)


 練習場から出るつもりでバッグを肩に掛けて歩き始めた。

 クラリネットのメンバーはみんなで打ち上げすることになっていると朱音から聞いている。


(ま、こんな日もあるさ)

 自分も疲れてはいるので、飯食ってさっさと風呂に入って寝ようと家路についた。

 

 秋良はアパートに着くと、風呂を沸かして入り、寝間着代わりのスエットに着替えて、帰りがけにコンビニで買ってきた弁当(※結局のり弁になった)を食べ始めた。

 

 何気なくスマホをいじって動画などを見ているうちに食べ終わってしまった。


 ごろりとベッドに横になり、天井を向いて動画を見ていたが、いつの間にか眠ってしまった。

 

 夢の中でスマホの着信音が鳴り始める。

 ぼやけた意識がだんだんと現実に近づくと、自分のスマホの呼び出し音だと分かった。


 ビデオ通話だった。朱音からだ。

(ーーおかしい。朱音がビデオ通話をしてきたことはない。いつもメッセージなのに)


 違和感を感じつつ起き上がって通話を始めた。


「もしもーし。椎木さんですかー」


 画面の向こうにクラリネットパートの面々がいた。

 真ん中に朱音がいる。

 話しているのは3年の川上美香だ。


「……ですが?」

「朱音と仲良しの椎木さんですかー」

「……」

「ちょっとー。何で黙るのよ」

「いや。何でですかねー」

「映ってる背景からして今自宅にいるよね? それならお願いがあるんだけど」

「はい?」

「あのね、朱音がね少量なんだけどお酒飲んで気持ち悪くなっちゃったみたいなんだー」

「はあ」

「それでね。椎木君に迎えに来てもらってー。それから朱音を家まで送り届けてほしいの」


 朱音が顔を真っ赤にしている。


「駅前のいつもの居酒屋にいるから。よろしくね」


 そこで通話は切れた。


(うー。行くしかないか)

 秋良は着替えてオケの団員のご用達の居酒屋へ向かった。

 

 店に着くとすぐに「おーい。こっちこっち」と声がかかった。

 朱音が恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見ている。

 確かにいつもと違うなと秋良は思った。


「じゃあ、朱音をよろしくお願いします」


 朱音は美香に手を引かれて連れられて来た。

 足元が少し覚束ない。


「お酒飲んだんだ」

「うん。小さいコップに半分だけ」

「そうか。お酒弱いみたいだから次からは気をつけた方がいいな」

「うん」


「じゃあ。行きます」

「お願いしまーす」

 クラの面々から笑顔でお願いされた。

 

 外に出てしばらく歩くと、朱音の足取りはまだ不安定だが、気分はよくなって来たようだ。


「朱音、二十歳になってるんだね」

「うん」

「俺はまだ誕生日が来てないから、19なんだ。お酒はまだ飲めないんだよなぁ」

「私、お酒今日初めて飲んだの。一人で飲むと怖いから、先輩たちと一緒なら安心かなーと思って」

「あー。なんかわかる」

「そしたら気持ち悪くなってきて」

「うん」

「帰りますって言ったら、だれが送ろうかって話になって。そしたら川上先輩が『椎木君に迎えに来てもらうのはどお』って言いだして。『椎木君の連絡先知ってるんでしょ』って言うから、つい、はいって…」


「それで朱音のスマホから俺のところビデオ通話が来たのか。いつもメッセージだからおかしいなって思った」

「ごめんね」

「気にしなくていいよ。少し公園で休もう。水買ってくる」

 秋良は公園のベンチに朱音を座らせると、自動販売機に向かった。

 

 秋良が水を持ってベンチへ戻ると朱音が肩を震わせて泣いていた。

「はい。買ってきた」

「うん。ありがとう。ほんと、ごめんね」

「どうした。泣くほどの事じゃ…」

「ううん。私いつもこんななの。考えてから行動するようにしてるんだけど。うまくいかないの……」

「朱音……」

「高校の時も、目標決めていっぱい練習したの。だけど、2年生になってもオーディションに落ちて、それで親に無理言ってレッスン受けさせてもらって、やっと3年生でコンクールに出られたの。途中で何度も楽器辞めようと思った」


 朱音は顔を両手でふさいで声を出して泣き始めた。

「ああああああ」


「あ、朱音」


 秋良は隣に座って朱音を思わず抱きしめると、朱音は逆らわず、体を預けて来る。


「ありがとう。朱音」

「何がよー」


 朱音は泣き続けた。


「朱音がクラリネット辞めなくてよかった」

「悲しかったんだよー。悔しかったんだよー。辛くて辛くて毎日のように泣いてたんだよー」


 朱音は声を出して泣き続けた。


「辛かったんだな。でも、それでも朱音が頑張って続けてくれたから、俺はこうして朱音と出会えた」

「うえ……っ?」

「朱音が高校で頑張って楽器を続けてくれたから今俺は朱音とこうして一緒にいられる」

「秋良……」


 朱音は手を顔から離して泣きはらした目で秋良をじっと見る。

 目には涙をためている。


「あっ。そ、そういうこと…だから」


 朱音は秋良の胸に飛び込んだ。


「うれしいよー。私もだよー。秋良と出会えて良かったよー。楽器続けててよかったー」


 秋良は自然と朱音を抱きとめる事になった。


「朱音。ありがとう。クラを続けてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう」


 秋良は朱音をぎゅっと強く抱きしめた。

 朱音も秋良の胸の中で包まれる様にしている。


 お互いに感じ合っている相手の体温は心地よく、二人は長い間抱き合っていた。


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