7.強化練習スタート
強化練習が始まりました。
秋良の所属する大学オケは10月の3連休を使って強化練習を行っている。
午前は個人練習とパート練習午後一番に合奏をして、その後指摘されたところや、課題部分の練習を行う。
練習は朝から夕方までみっちりと行われる。
年末に定期演奏会を行うので、この強化練習で曲を仕上げてゆく。
普段できない通し練習もこの時に行われる。
本番で呼ぶことになっているエキストラもできるだけ参加してもらう。
なんといっても大変なのは弦楽器パートのメンバーだ。
ほとんど弾きっぱなしなのだから。
指揮者からの注文も当然多くなる。
時には合奏が終わってから弦楽器だけを指揮者が指導したりということも珍しくない。
管楽器はそれからするとスポット的に使われることが多い。
楽器の個性を生かす形で各管楽器が登場する。
弦楽器に比べると当然休みが多い。
休みの小節を数えるのが大変なこともあるくらいだ。
秋良の担当するホルンは組曲や交響曲では楽章まるまる休みということも珍しくない。
ただ、オーケストラに入ると、吹奏楽では必要のない楽譜の読み替えの技術が必要になる。
おそらくトランペットもホルンほどではないにしろ必要だろう。
ホルンはinFの楽器なので、秋良たちホルン吹きの頭の中はF の音階(※ファから始まる音階)になっている。しかし、オケの譜面はinCであったり、inDであったり何でもありだ。
これはバルブのなかった古楽器の時代の名残で、バルブのホルンが使われだすのはベートーベンの末期ころからだ。それ以前はinCの楽譜をinCのホルンで、inDならinDのホルンで管の長さを変えながら演奏されていた名残だ。
とにかく、楽譜の読み替えに慣れるのに時間がかかるのだ。
ひどいときは曲の途中でころころ調が変わってしまう。
午後の合奏は終了後、やはり指揮者指導の下、弦分奏となった。
金管セクションは、午後はパート(※各楽器パートこと)練習となった。
朱音の所属する木管セクションはセクション練習となったようだ。
こうして3日間練習漬けの日々を過ごす。
最終日が終わると身も心もくたくただ。
2日目の今日、ホルンのソリ(※SOLI:2本で吹くところ)を一貴と二人で指揮者に捕まった。
他の楽器とテンポがうまく合っていなかった。
こういう時は上吹きがきちんとリードしないといけない。
一貴に付き合わせてしまった。
「ごめん。付き合わせた」
秋良は一貴に謝った。
「いいってことよ相棒。やり返しは1回だけだったろ。さすがだ」
一貴は何のこともないよと伝えてきた。
「でも、いつもはうまくいってたんだけどな」
「曲が仕上がって来てテンポも少し変わって来てるし。しょうがないよ」
「うん。すまん。うまく拾えなかった」
一貴は何も言わず片手をあげてにこりとすると、楽器を片付けにいってしまった。
「おつかれさま!」
秋良が楽器を片付けていると朱音が笑顔で声をかけてきた。
「おつかれ!」
朱音はもう楽器は片付けてしまっているようだ。秋良はパタンと楽器ケースのふたを閉じた。
「さすがに2日目になると疲労感があるね」
二人は並んで歩きだした。
「そっちも珍しく指揮者に捕まってたね」
「珍しくはないと思うけど」
二人は仲良く話しながら練習場を出て行った。
「あの二人。付き合ってるの?」
「付き合って無いんだって」
「えー。あれで? うそ」
練習場ではそんなひそひそ話があちこちでされていた。