6.強化練習
2年生たちの日常の一コマ
朱音、秋良、いずみ、一貴の2年生四人はハンバーガーショップにいた。
「いよいよ強化練習はじまるなー」
両手を頭の後ろにまわして一貴が少しだるそうに言った。
「うち、合宿ないよね」
秋良が合わせる。
「昔はやってたらしいよ。だけど、夜に騒いで翌日の練習がグダグダになることが多くて、結局指揮者が激怒して合宿はなくなったらしいよ」
いずみが言った。
「まあ、吹部の部活みたいにコンクール命みたいなのもないしね」
秋良が言った。
「そういえば秋良の高校ってどんなだったんだ」
一貴が尋ねる。
「え。普通の公立高校だったよ」
「コンクールは?」
「出てたけど、支部大会に行くのが精いっぱいだった」
「そうかー。おれも似たようなもんだったなー。梅香崎の学校はどうだった」
「朱音のとこは名門だよね」
いずみが言った。
「うん。一応全国には行けた」
「おーっ」
秋良と一貴は感心した表情で声を出した。
「全国まで行くと大変そう」
秋良が言った。
「10月いっぱいまでかかる」
「うわー。やっぱり大変だなー」
一貴が言った。
「うん。とにかく練習漬けだった」
「じゃあ。浮いた話もなく?」
「ないない。そもそも女子高だよ」
「女子高?なんだか華やかそう」
「外からのイメージはそう見えるのかもね。実態は言えない」
「あらら。なんか怖い」
「秋良はどうだったんだ?」
「何が?」
「話聞いてたか?」
「浮いた話か?それならないぞ。俺は理系だったから高校2年からは男クラ(※男子クラスのこと。理系は男子生徒が多いため男女共学であってもどうしても男だけのクラスができてしまう)だったし。しかも、教室は階段の奥の角部屋で、教師とクラスの人間以外は寄り付かない」
「あちゃー。青春なのになんかわびしい」
「そうか。実際はすごく楽しかったぞ。男しかいないから話にタブーないし、それは先生も一緒で、授業は結構爆笑することが多かった」
秋良は続けた。
「いかがわしい本が確認用の名簿付きでまわってきたこともあったな」
「おほん」
いずみがジト目で秋良を見ながら咳払いをした。
「と、とにかく楽しかった」
(ちょっと調子に乗りすぎたか)
秋良は心のなかで舌をペロッと出した。
「でも、女ッ気ないんだろ」
「なかったなー。その分気楽だよ。ほら。バレンタインデーとか教室がちょっと緊張感というかなんかあるだろ。そういうの全く関係ないから普通の日常」
「なるほど。でも、もらうやつとかいたんじゃないの」
「教室の外ではあっただろうなけど、俺のいた教室に入って来てチョコ渡すような子は……一人いたな。そう言えば」
「お前もらったのか」
朱音は傍らでドキリとして、ちらりと視線を秋良に飛ばした。
「いや。俺じゃない。友達の彼女が教室に入って来てチョコ渡してたな」
「まー。勇気のある子ね」
いずみが言った。
「そう思う。そのときは教室がどよめいて拍手が起こった」
「なんかさ」
「ん?」
「なんでもない」
「なんだよ」
帰り道、最近急接近している秋良と朱音が二人で並んで歩いているのを後ろから見ながら、一貴がいずみに話しかけた。
「あの二人、奥手な理由が分かった気がする」
「そうね」
「こりゃ当分やきもきしそうだ」