50.交響曲 第5番より第4楽章 アダージェット(マーラー)
波打ち際で小さな女の子が遊んでいる。
朱音はその姿をまぶしそうに見ている。
女の子は時々確認する様に朱音をチラリと見ては、再び遊びだす。
愛おしい。
女の子はきれいな貝殻を拾うと、それを差し出しながら、朱音の方に走り出した。
女の子はその貝殻を朱音の目の前に捧げるように持って見せて、「はい」と秋良に渡した。
「あー。やっぱりパパなのね」
朱音は額に手を当てた。
「結菜ちゃん。ママにも頂戴」
結菜は聞こえているのか聞こえていないのか、とぼけている。
「ママ、結菜ちゃんの味方なのよー。仲良くしてー」
そう言って結菜を抱きしめる。
秋良はそんな二人を微笑みながら見ている。
◆
秋良の元へ行った休み明け、職場で普段通り仕事をしていると、向かいの席の先輩が声を掛けてきた。
「梅香崎さん、何かいい事あったの?」
「え? ええ、まあ」
「何々」
「久しぶりに彼に会えたので」
「彼氏、本当に居たんだ」
「はい」
「お誘いを断るための作り話なのかと思ってた」
「そんな事」
「ねえねえ、彼氏さんどんな人?」
「えーっと」
オホン。
課長が咳ばらいをした。
「じゃ、続きは休憩時間にね」
「まー。それにしても、顔が緩んでたねー」
「はぁ」
朱音は給湯室で、先輩女子社員囲まれていた。
「ね、ね。どこで出会ったの?」
「二人とも大学のオーケストラに入ってて、それで」
「オー! 素敵ー」
何人かの先輩が声を上げた。
「じゃあ、付き合い長いんだ」
「はい。だけど就職で離ればなれになって、彼が遠くに行ってしまって。会えなくて……」
「それで、久しぶりに会って、あのとろけ様なんだ」
「そ、そんなに顔に出てました?」
「出てた出てた」
先輩たちはニヤニヤしている。
「これで、みんなも良かったんじゃないかな。ね」
その先輩は周囲の先輩たちに向かって意味あり気に言った。
「みんな?」
「いいのいいの」
それ以降、変な噂は無くなった。
二人は週に一度はできるだけ会うように決めた。
交互に行き来をして、秋良が朱音の元に来たときは、朱音の家族と食事をする事もあった。
朱音は会社での嫌がらせの様なものは無くなり、落ち着いて生活できる様になった。
秋良が会社の寮に居られるのは規則で二年間だけという事もあり、寮を出るタイミングで同居しようという話になった。
運がいいことに、寮を出るタイミングで配属が変わり、会社の寮より朱音の家の近くにずいぶん近い職場になったので、朱音の職場と秋良の職場の中間くらいに新築マンションを見つけて借りた。
また二人で暮らせることになって朱音は喜んでいた。
秋良のお披露目の意味も込めて職場の先輩たちを呼んで新居のお披露目もした。
ずいぶん冷やかされたが、暖かく見守ってもらえている。
結婚式は朱音の誕生日に挙げた。
久しぶりに懐かしいオケのメンバーと顔を合わせ、お祝いの演奏もあり華やかで賑やかな式だった。
一貴たちも、もうそろそろだそうだ。
やがて結菜が産まれた。
孫の誕生に二人のの両親は共に大喜びしてくれた。
残念ながら朱音の父は孫の名前をなかなか覚えることが出来ず、悔しがっている。
リハビリを兼ねて毎日結菜の名前をノートに書いているそうだ。
幸いなことに、良い先生に担当してもらうことができて状態はかなり安定している。
◆
結菜はまた浪打際に戻って行った。
秋良はその姿をまぶしそうに見ている。
朱音は秋良の横に座り、頭を彼の肩にコトンと乗せた。
波の音が繰り返し繰り返し聞こえて来る。
朱音の頬をほろりと涙がこぼれた。
(愛してます)
おつきあい、ありがとうございました。m(__)m




