5.木管五重奏
ようやく少し前進
商店街のアーケードに臨時で作られたステージで、秋良たち5人はアンサンブルをしていた。
さすがに実力重視のメンバだけあって、観客もそこそこ集まって来ている。
秋良も気持ちよく演奏を終えた。
木管五重奏ではホルンが主役のメロディとなることはまずない。
オーボエ、クラリネット、フルートという木管楽器のスターがそろっており、それにファゴット、ホルンが彩りを添えることが多い。
ホルンだけ金管楽器という異色の存在だが、音域的にはファゴットと中低音を担当する。
秋良は音量と発音に気を付けて他の楽器に寄り添うよう意識して演奏をしている。
ホルンはもともと狩猟用に発達した信号ラッパだ。
そのため、大きな音が出るようにベルは大きい。
また、遠くへ音を届けるために管は長くなり、それに伴って出せる自然倍音の数も増え、複雑なハーモニーを奏でることができるようになり、やがてオーケストラに取り込まれた。
演奏を終えて、全員立ち上がり、観客からの拍手を受けた。
久しぶりの木管アンサンブルは充実していた。
楽器をケースに仕舞い込んで、五人で商店街を大学に向かって歩き出したが、各自イベントのお目当てがあるらしく、朱音と秋良以外はどこかへ行ってしまった。
アーケードの中は秋の空気が心地よかった。
「人が多いね」
「そうだね」
商店の人たちも今日は露天に棚を出して商品を並べたりして、いかにも商店街のイベントといった雰囲気だ。
日曜ということもあり道行く人々も家族連れが目に付くし、笑顔が多い。
秋良たちは普段は大学とアパートとバイト先を行き来するだけの生活なので、こういったにぎやかな空間に入ることは珍しい。
「俺、ロータリーのオイル(※ホルンはピストンバルブでなくロータリーバルブ)がなくなりそうだから楽器屋に寄ってから帰るよ」
「私も一緒に行っていいかな」
「いいよ」
二人は楽器店に入ると金管楽器のコーナーに向かった。
「ホルンてさ、値段高いよね」
「うん高い。俺のは中古で買ったやつ」
奏法がしっかりできていれば、楽器の良し悪しの見極めができるようになる。
秋良は値段のこともあり国産の中古の楽器を吟味して購入していた。
海外の楽器は一癖あることが多く、国産の楽器は素直で音程も良いので気に入って使っている。
「でも、基本的に一本買えばいいから。オケだとクラはB♭管とA管の二本いるだろ」
「うん」
「ホルンはさ、普通はB♭管とF管の切り替えがバルブできるダブルタイプになってるから一本であたかも二本の楽器として使えるんだ」
「トランペットもホルンより安いけどB♭管、C管、それにロータリートランペットとか数本持ってる奴いるし、それからするとホルンはお金は意外とかからないと思う」
「なるほどね、そう考えると意外と経済的?かな」
「さすがにプロが使ってるドイツ製の奴だとかなり値が張るけどね。ただ、クラのリードみたいな消耗品もないし。ほんとに時々こうしてオイルとかグリスを買うくらいで済むから」
と言って秋良は小さなオイルの容器を手に取った。
「ちょっと買ってくるよ」
「うん」
待っている間に朱音はショーケースの中に並んでいる金管楽器を見渡していた。
照明も相まって、楽器がキラキラと輝いている。
朱音はなんだか宝石でも見ている様な気分になった。
「おまたせ。行こうか」
秋良は朱音のいる金管楽器のコーナーへ戻って来た。
「ね、金管楽器のコーナーってさ、すっごくピカピカしてるね」
心なしか朱音は楽しそうだった。
「女の子ってキラキラ好きだよね」
「うん、大好き」
そういって朱音は屈託のない笑顔を秋良にむけた。
目がキラキラ輝いている。
「…っ」
秋良はどきりとして視線を外した。
「あ…こ、これからどうする?どこか見て回る?」
(あれ? なんで俺……)
「うん、そうだなー。あ、クレープ食べたい」
(やった! 誘ってくれた)
朱音の胸は高鳴った。
「この先に人気のお店あったね」
「行ったことあるの?」
「ないよ。さすがに男一人とか男同志ではちょっとね」
「じゃあ、今日は私と一緒でよかったねー」
(がんばれ! 私)
朱音は目を輝かせたまま楽しそうに微笑んだ。
(んー。そんな表情されたらー)
秋良の心臓はさっきの木管五重奏の本番より激しく脈打っていた。
◆
「あんたたちさ、付き合い出したの?」
翌日のオケの練習で朱音が音出しをしているといずみが声をかけてきた。
「え?」
「いやいや。昨日仲良さそうにクレープ食べながら二人で歩いてたって目撃情報があるよ」
(しまった、見られてたんだ)
昨日は木管アンサンブルの本番と楽器店のキラキラで気分が上がってしまった。
家に帰ってから思い出していたたまれなくなった。
「つ、付き合ってはいないよ…」
朱音は目をそらしながら答えた。
しばらく間が開く。
にやりと笑って、ジトっとした目つきでいずみが言った。
「はーん。つまり」
「つまり?」
「二人でクレープ食べながら歩いては、いたと?」
「……はい。すみません」
朱音は消え入るような声で言った。
「いや、なんであやまんの?顔真っ赤」
「だって」
いずみはカラカラと笑い出した。
「わかりやすー」
いずみは朱音のそばに来て
「あたし、ずっと応援してたんだよ」
と耳元でささやいた。
「え?」
「もー。なんで―。はたから見てて、あんたたち仲いいじゃん」
(え?何々、私ってそんなにバレバレなの?)
朱音は動揺しつつ「そ、そうかな」と言って、秋良の方に視線をむけると秋良もこちらを見ていた。
はっとして視線をずらす。
その様子を見ていたいずみは秋良に向かって笑顔で手を振りながら会釈までして席に戻って行った。
「なーんか。じれったいのよね。あの二人」
いずみは席に戻りながらつぶやいた。
バイトがあるので練習を早めに切り上げた朱音は楽器を片付けると、練習場から出ていこうとしたときに、練習場に入って来た秋良とバッタリと出くわした。
心臓がドキッとする。
「よ、よお」
「うん」
「えっとー。さ、さっきさ、何の話してたんだ?」
秋良は視線を明後日の方に向けている。
「さっき?」
「うん。いずみと」
「いずみ、こっち見て手を振ってた」
「な、何でもないよ」
「で、でもさ」
「何でもないから」
「もしかして昨日の事言われた? 二人でクレープ食べながら歩いてたって」
「え?」
「俺もい言われた」
「そ、そう」
「あのさ、俺……は、大丈夫だから」
「そ、そう……なの」
「うん。じゃあ、な」
秋良はそのまま練習場に入って行ってしまった。
(どういうこと?)
(何が大丈夫なのよ?)
(一体何が大丈夫なのよっ!)
朱音はバイト先のファミレスで注文は間違えるわ、皿は落とすわで散々だった。