48.いつも頑張っているお母さんへ(辻井伸行)
朱音といずみは卒業した大学近くのカフェで冷たいパフェを食べている。
いずみから連絡が来て、久しぶりに大学の近くまでやって来た。
最近は9月といえど暑い。冷たいパフェは体に染みる様でとても美味しかった。
お互いに近況を伝えあい、おしゃべりを楽しんでいる。
こんなにおしゃべりをするのはいつ以来だろうか、とても楽しい。
「ところでさ、彼とは話し進んでんの? 結婚式には呼んでよね」
「えーと。それはあんまり、進んでない」
「うまく行ってないの?」
「そうじゃないの。ほら、お父さんの事とかあって、そっちの方はお預けになったっていうか、進めにくいって言うか」
「ふーん。でも、ちゃんと連絡は取り合ってるんでしょ?」
「うん…。でも、最近数が減ってきたかな」
「なんかさ、それって、大学卒業して自然消滅するパターンになってない?」
「え? そんなことは、ないと思うけど」
「何かしないとまずいんじゃないの。デートとかは?」
「お父さんの事と、お互い仕事覚えるのに忙しくて会えてない……。ちょっと遠いというのもあって」
「あー」
碧は上を向いて額に掌を当てた。
「やばいじゃん」
「でも、お互い信じ合えてると思うから」
「あんたさ、このままじっと待ってれば彼がどうかしてくれるとか思ってない?」
「そ、そんなこと」
「じゃあ何でアクション起こさないの?」
「う、ん」
「ごめん。言い過ぎた。二人の事だから私が口をはさむのはお門違いよね。でも、心配してるのよ」
「分かってる」
「別れたら、あたしが取りに行っちゃうから」
「え?」
「冗談よ」
いずみはクスクス笑った。
朱音は帰り道、いずみに言われたことを考えていた。
確かになぜ私は秋良に会いに行こうとしないのだろう。
私は冷めてしまったのだろうか。
ふっと、秋良が朱音が知らない会社の女の人と楽しそうに話をしている情景が目に浮かんだ。
朱音は頭を左右に振ってその映像を消して、そんな所見たくない。そう思った。
◆
「ごちそうさまでした」
朱音は両手を合わせてそう言うと職場の自席で食べ終えた弁当箱を洗おうと給湯室へ向かった。
先客がいるらしく、話し声が聞こえてきた。
『ねえねえ、聞いた? 新人の子の話』
『そうそう、あの子すごい遊んでるらしいわよ』
『本当?』
『誰とでも寝るって』
『あんな清純な感じなのに?』
『そういう子に限って、遊んでるのよ』
『そういえば、体エロいかも』
『名前何て言ったっけ』
『確か変わった苗字だったよね、えーっと、う? 梅香崎って言ったっけ』
朱音はショックのあまり、弁当箱を落としそうになった。
(ど、どうしてそんな噂が)
『誰かいるのー』
そういう声が聞こえて慌てて席へ戻った。
その日、朱音は家に帰ると部屋に直行し、ベッドに倒れ込んだ。
高校の時のように、声を抑えてひとしきり泣いた。
(秋良。助けて。会いたいよー)
就職してしばらくして、会社の男性たちにしきりに食事に誘われるようになり、付き合っている人がいるからとずっと断り続けていた。
朱音自身も知らない人に食事に誘われるのはかなりストレスを感じていた。
(ひどいよ。どうして私がこんな目に。もう無理)
朱音は食欲がなく、夕食は食べなかったがお風呂には入った。
体が温まると少し気持ちが楽になったが、相変わらず食欲はない。
朱音は冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで一口飲んだ。
「秋良さんと何かあったの?」
「ううん」
「でも、卒業してから会えてないんじゃないの?」
「うん……。ねえ、お母さん」
「んー」
「私、会社辞めてもいいかな」
「どうしたの」
「私の変な噂が流れてて、今日聞いちゃったの」
「それ、秋良さんには話してるの?」
「話してない」
「秋良さんと話さないとだめよ。……あのね、ずっと言おうと思ってたんだけど」
「なに」
「あなたは秋良さんと結婚するつもりなんでしょう」
「うん」
「あのね、夫婦はね、そうであるべく努力しないといけないのよ。朱音とお父さん、お母さんはどうあがいたって遺伝子を分け合っているのだから生物としての親子関係はなくならないでしょ。でも、秋良さんとはそういう繋がりはないわよね」
「うん」
「だから、一緒に居られるべく頑張らなくちゃいけないの。見てるとあなたは受け身に見えるわ。それは秋良さんがこれまであなたをそれだけ大切にしてくれていたことの裏返しなんだと思うけど、もう、それじゃ駄目よ。秋良さんが好きなんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、秋良さんに会いに行ってらっしゃい」
朱音の中の何かがパチンと弾けた。
「お母さん……。うん。行ってくる。ありがとう」
◆
10月の連休の中日、朱音は列車に乗り秋良の元へと向かっている。
今日秋良は寮の友達とBBQに行っていて夕方に帰ってくると連絡が入っている。
戻ってくる時間は聞いていないが、迷いは無かった。
(待っててね。今会いに行きます)
朱音は列車を降りて、スマホに案内してもらいながら秋良の住む会社の寮へ向かって歩き出した。
寮の建物が見えてきた。
入口の門へ回る。
気持ちが急く。
朱音は門の前に立ち、中を見まわした
寮の入り口には誰もいない。
隣の建物に視線を移すと人影がある。
見つけた。
ぐっと涙がこみ上げて来る。
「秋良!」
朱音は涙を拭こうともせず、駆け出していた。




