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47.森の情景 第9曲 別れ(シューマン )

 秋良は朝から部屋の片付けをしている。

 不要なものはゴミ袋に入れ、必要なものは段ボールに詰める。

 着なくなった服などを処分すると意外と荷物が少なかった。

 会社の寮は狭いので荷物は少なめにと連絡が来ているが、気にする必要もない様だ。

 教科書などはすでに後輩に譲ってしまっている。

 一人で時間のあるうちに片づけてしまおうと始めたが、かなり順調に片付いた。


 今朱音は実家に帰っている。

 朱音の父がまた体調を崩し、入院してしまったためだ。

 昨日来たメッセージでは、どうやら若年性認知症を発症してしまったそうだ。

 今の時代、認知症はよく耳にする病名だが、秋良にとって実際に身近な人がかかってしまうのは初めての事だ。

 何をしたらいいのか、何ができるのか秋良にはわからなかった。


 翌日の夕方、朱音は戻って来た。

 心なしか元気がない。疲れてもいるのだろう。

「お帰り」

「ただいま」

 朱音は暗い表情でソファーに腰かけた。

「お義父さん、どう?」

「命に別状があるわけじゃないけど、だいぶ気持ちが落ち込んでるの」

「おふくろに聞いてみたけど、病気とうまく付き合っていくしか無いみたい」

「お医者さんにも言われた。早期発見だからまだよかったみたいだけど」

「そうなんだ」

「お母さんも心配。根詰めすぎて倒れないかひやひやしてる。実際かなり疲れてた」


 認知症患者をもつ家族の現実を秋良は突き付けられた。


「私、早目に実家に戻ろうと思うの」

「心配だもんね。いいと思う」

「ごめんね、最後まで一緒に居られなくて。これから別々の生活になるのに」

「気にしなくてもいいよ」

 朱音は秋良の肩にもたれかかった。

「ね、お風呂、入っておいでよ。あったまるよ」

 朱音が帰ってくるという事で予め沸かしておいた。

「うん。ありがとう」

 朱音は立ち上がると、バスルームへ向かった。


 数日後、必要最小限の荷物を持って朱音は実家へ帰って行った。

 朱音が居なくなると、いよいよ部屋はがらんとしてしまった。

 荷物はまとめてしまっているので、生活感もなくなったマンションは無機質な部屋になってしまった。

 朱音と過ごしたあの空間はもう無い。

 インドア派の秋良もさすがにいたたまれず、家を出てあてもなく外を歩き回った。

 春の暖かい日差しの中を、一人歩く。

 桜にはまだ時期が早いので公園には人影は少ない。

 秋良は二人が付き合うきっかけになった公園のベンチに座り、空を見上げた。

 きれいな青空に雲が浮かんで、急ぎ足で過ぎ去って行く。

 かわいい小鳥たちもきれいな声であちらこちらでさえずっている。

 その様は大自然に祝福されているかに見える。

 それでも心は晴れない。

 秋良はこれまでこういう気分で春を過ごした事がなかった。

 いつも明るい未来に期待を膨らませていた。が、今年は違う。


 朱音と結ばれて、朱音さえ居れば幸せだと思っていたが、人生とはそんなものではないらしい。

 そうなったからこその苦しみがやって来た。

 まるで、大切な人をなくしてしまったかの様な気分だ。

 つい最近一緒に旅行して本当に幸せな時間を彼女と過ごしたのに、この気分の落ち込み様はどうだ。

 『人生メリーゴーランド』という曲のタイトルが頭に浮かんだ。

 秋良としては今回はメリーゴーランドではなくジェットコースターに乗っている気分だと思った。


 引っ越し業者は朝からてきぱきと荷物をトラックに詰め込んで、荷物をすべて運びだした。

 秋良たちの荷物の量など、何という事もない様だ。トラックの荷台も隙間が多い。

 すべて運び出したことを確認すると、トラックは走り去った。

 空っぽになった部屋を写真に撮って朱音に送っておいた。

 玄関を出て鍵を掛け、そのまま封筒に入れて封をした。

 駅に向かう途中でコンビニに立ち寄って昼食用におにぎりを買い、封筒をポストに入れた。

 これで、もう、あの部屋には入れない。

 メッセージを見た朱音からはお礼と、応援の返信が来た。

 これから新天地へ出発する事を朱音に伝えて秋良はゆっくりと歩き出した。

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