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37.オペラ「ジャンニ・スキッキ」より 私のお父さん(プッチーニ)

「朱音さん」

「なあに」

「あの、いいんだけど、くっつきすぎでは?」

「だって、年末からしばらく会えなかったじゃない」

「そうだけど」

 お雑煮を食べ終えてから、朱音はずっと秋良にくっついている。

「充電してるの」

「ふーん」

「ねえ」

「何?」

「そろそろ」

「そろそろ?」

「もう、そろそろよ。いじわる」

「ごめん」

「ねえ、脱がせて」

 秋良は朱音を抱きしめ口づけると朱音の服を脱がし始める。

「あ」

「ふふふ。新しい下着買ったのよ」

「すごくきれいだよ」

 秋良は朱音の頬を掌で触ると、首筋に口づける。

 朱音は「ふうん」と息を吐いた。

「会えない間に、跡が消えちゃった」

「またつけとく」

「うん。お願い」

 秋良は朱音の首筋からだんだんと下へ口づけを繰り返した。

 手は朱音の背中をまさぐっている。

「秋良、大好き」

「俺も」

 秋良は朱音の胸の敏感な所に口づけながら言った。

「あっ、あっ」

 朱音は秋良の頭を抱きしめる。

 少しずつ口づけの位置は下がり、小さな痕跡を朱音の体に残してゆく。

 朱音は声にならない声を出し続けた。


 ベッドの上で朱音は秋良の左胸に頭をのせて、左手を秋良の右肩においている。

「もうすぐ4年だから、研究室に入んなきゃだね」

「あー。現実に戻った」

「きっと忙しくなるね」

「多分、サークルもあんまり行けなくなるかな」

 秋良は朱音を抱き寄せると口づけた。

「来年の今頃はどうしてるのかしら」

「そうだなー」

「ねえ」

「んー」

「やっぱり何でもない。ずっと一緒にいてね」

「うん」


            ◆


 大学4年になって以来、秋良も朱音も忙しくなっていた。

 就職面接などもあり、落ち着かない日々を過ごしていた。

 秋良も胃の調子があまりよくない。

 エントリーシートの作成や面接のスケジュールの確認など研究室以外にやることが多く、目が回りそうになっている。

 そんな中、朱音のスマホに着信があった。

 母親かららしかったが、朱音の表情がどんどん険しくなって行く。

「秋良、どうしよう。お父さんが」


 朱音はバッグに着替えを詰め込みながら話し始めた。

「年末に帰省した時、お父さんの体調があまりよくないことは聞いていたの。だけど、もうすぐ定年だからそこまでは何とか頑張るって言ってたのに」

 朱音の父親は職場で倒れてしまった。

「命に別状はないらしいけど、職場に戻れるかどうかは微妙みたい」

 荷物をまとめ終えると朱音はバタバタと駆け出すように出かけようとした。

「朱音、ちょっと落ち着いて。駅まで送って行くよ」

 秋良は朱音の荷物を持つと、一緒に玄関を出た。



            ◆


 病院では、父は意外に元気そうだった。

「ちょっと手の動きが不自由になってな」

「よかった。命に別状なくて」

「心配かけたな」

「どうやら、薬を飲み続けることになりそうだ。会社も早期定年退職することにしたよ」

 改めて見ると父は朱音が大学に進学した時よりも老けている。

 小さい頃、父と手をつないで歩いた事、抱っこしてもらった事、肩車してもらった事。

 思春期になり、父と少し距離を置くようになった事。

 高校生の時、部活で苦しんでいた私を見守ってくれていた事。

 秋良を連れてきて、結婚前提の付き合いを認めてくれた事。

 いつも父は朱音の味方だった。

 朱音の目から涙が溢れ出す。

 そんな朱音を父は優しく見つめてくれている。

「そういえば、秋良君とはうまくいっているのか?」

「うん。うまくいってるよ」

 朱音は涙を拭きながら答えた。

「そうかぁ」

 父は安堵した様だった。

「なあ、二人が望むなら入籍してもいいんだぞ」

「え?」

「母さんとも話ていたんだが、秋良君と出会ってお前は変わった。明るくなったし、きれいにもなった。彼は朱音にとってとても良いパートナーなのだろう」

「いやあねぇ。今就活中でとてもそんなこと考えられないわよ」

「そうか。そうだったな」

 父はハハハと笑った。

「もしかして孫の顔が早く見たくなったの?」

「うーん。そういわれると早く見たい様な見たくない様な」

「もう、お父さんったら」

 朱音は父の肩をポンと叩いた。


 病室を出て母と二人で歩いていると、母が話しかけてきた。

「来てくれて良かったわ。お父さんちょっと弱気になってるの。孫の顔見られるかなーって言ったりして」

「それでさっきの話なのね」

「多分ね。でも、少し元気が出たみたい」

「良かった。でもさすがにちょっと驚いたわ」

「私も、え? ってなったわ」

「いくらなんでもねー」

 二人は顔を見合わせて笑い出した。


 マンションに戻ると、秋良が心配そうな顔で出迎えてくれた。

「どうだった」

「うん、命に別状はなくって、手の動きが少し不自由になってて」

「そうか、まずは良かった」

 秋良はほっとした表情になった。

「あのね、二人が望むなら入籍してもいいぞって」

「はい?……まだ、俺たち学生だけど?」

「お母さんに聞いたらちょっと弱気になってて、孫の顔見れるかなーっとか言ってたらしいの。それで、今回改めて思ったけど、やっぱり両親とも年を取ったんだなーって改めて思った」

「それは、俺も帰省の度に感じる」

「うん。それで、ああ、まだ先の未来ではあるけれど、親とお別れする時が着実に近づいているんだなというのを実感してしまって……」

 秋良は黙って朱音を抱きしめた。

 朱音は、秋良の胸で静かに泣いた。


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