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36.母が教えてくれた歌(ドボルザーク)

「お母さん、味見してもらってもいい?」

 朱音は年末に実家に帰省している。

「はいはい、どうかしら」

 朱音の母は雑煮の汁を小皿に取って味を見る。

「うん。だいぶ良いみたいね」

「お母さん、味付けが目分量だから、再現が難しいの」

「多分、おばあちゃんの味と、私の味は違うわよ」

「そうなの?」

「そりゃそうよ、これは最初はおばあちゃんに教えてもらったけど、私の味付けになってると思うわ。だから朱音も自分なりのお雑煮の味を作り上げていけばいいと思うの」

「でも、お母さんの味が好きだから、作れるようになりたい」

「ありがとう。でも、毎年毎年、工夫しながら作ってきたから、あなたも何回も作ってあげて、秋良さんに。そしてあなただけの味を作って頂戴。いつかそのお雑煮を食べてみたいわ」

「うん。今回が第一回だけどね。気に入ってもらえるか不安だけど」

「そういえば、秋良さんのところはどういう味付けなのかしら?」

「わからないの。でも、お母さんはすごく水の良いところの出身らしくて……」

「あら、ハードルが高そうね」

「そうなの」


            ◆


 秋良と朱音はクリスマスは一緒に過ごした。

 去年のようにロシア料理を食べ、イルミネーションも堪能した。

 去年と違うのは、二人は今、朱音の家で暮らしている事だ。

 なので、夕食は朱音がばっちりと用意して、二人の時間を楽しめた。

 実はもう秋良はアパートを引き払っている。

 お互いの両親に相談してはいないが、もう、別々に暮らす意味もなく思えた。

 ただ、朱音の母親にだけは話をしている。

 ちょっと驚いていたようだったが、一緒に暮らすようになった理由を話すと、まあ、納得はしてくれた。

 とは言え、さすがに年末にはお互いの実家に帰るべきと二人は考えた。

 来年は4年生となり、あわただしくなるだろう事、その後、卒業後は実家に帰る機会が減ってゆくだろうことは容易に想像がついた。

 両親とゆっくり水入らずで過ごせるのは、今年が最後かもしれない。

 朱音は、母のお雑煮を秋良に食べさせてあげたいと思った。

 今まで、お雑煮を自分で作ろうなどと考えたことがなかったが、母のお雑煮をあと何回食べることができるのか、さほど多くないであろうことに思い当たり、今回の帰省から、母のお雑煮の作り方を習っておこうと思い立った。

 秋良と出会ったことで朱音の人生はめくるめく変化し始めた。

 今まで気が付かなかったいろんな大切なことに気がつき始めた。両親がどれだけ大切にしてくれていたのか、周囲の人たちがどれだけ優しく見守っていてくれているのか。

 朱音は、気が付いていなかった。

 秋良も、同じようなことを言っていた。周りの人がこんなに朱音との交際を喜んでくれるとは思わなかったと。

 私たちは人としてひよっこで、気が付かないうちに周りの人たちに助けられていた。

 朱音はそのお返しをしたいと強く思った。


            ◆


 年が明けて、三が日をゆっくりと過ごして朱音はマンションに戻った。

 秋良は夕方頃に戻ってくる。

 朱音はさっそく母直伝のお雑煮を仕込み始めた。

(秋良、喜んでくれるかなー)

 思わず鼻歌が出る。

 やがて鍋から出汁のいい匂いが漂い始め、朱音はしっかりと煮込んで、火を落とした。


「ただいま」

 玄関から秋良の声がした。

 朱音は玄関へ向かうと黙って秋良に抱き付く。

「お帰り」

「ただいま」

 秋良も朱音を抱きしめる。

 二人は軽く口づけた。

「いい匂いがする」

「お雑煮作ったのよ」

「えー。すごい」

「お腹空いてる?」

「空いてる、空いてる」

「じゃあ、すぐ用意するね」


「あーおいしい。お雑煮が食べられるとは」

「実家で食べなかったの?」

「おふくろが介護の仕事だから、土日祝日関係ないから最近は作らなくなった。親父もおふくろがしんどいだろうから特別正月だからって頑張らなくていいって言ってて」

「そうなの」

「だから、よかった」

「秋良の家のお雑煮はどんなの?」

「んー。入ってる具はあんまり変わらないね。もちろん出汁の取り方は違うみたいだけど。このお雑煮も好きだよ。おいしい」

 秋良は餅を口に含むと箸でニューっと伸ばした。

 朱音はそれを見て微笑んだ......。

「ねえ、ちょっと遅くなったけど、明日、初詣に行こうよ」

 秋良がお餅をごくりと飲み込んでから言った。

「うん……。ねえ」

「何?」

「これからは毎年私がお雑煮作ってあげるね」

 朱音が微笑み砲を発砲する。

「うっ。よ、よろしくお願いします」

 秋良は胸を撃ち抜かれていた。


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