34.定期演奏会
定期演奏会が終了しました。
大ホールに重厚で豪快な音が響く。
いつもの練習場ではないコンサートホールにオーケストラの大音量が満ちている。
やがて「火星」は劇的な終わりを告げる。
しばし静寂を待ち、静かに秋良のソロが始まる。
さっきまでのオーケストラの最強音ではない、優しいメロディ。
しかし、その音はやはりホールに満ちてゆく。
ホールの空間にホルンの音が満ちてゆく。
舞台にいるオーケストラの奏者達がが思わず秋良に向かって視線を向ける。
曲は木管楽器、バイオリン独奏に受け継がれ、展開してゆく。
美しい音がホールに響く。
やがて、優しく静かに曲が終わる。
あとは気になるところを午前中に一通り確認してリハーサルを終え、休憩に入った。
控室でいつもの4人で昼食の弁当を食べている。
「椎木先輩、さっきの金星すごく良かったです」
碧が話し始める。
「うん。ありがとう。吹いててすごく気持ちよかった」
「ホルンの音が前から聞こえるってやばくないですか」
「あー。パイプオルガンのあるホールはそもそも管楽器がよく響し、お客さんが居ないからね。よく響くよね」
「人が入るとやっぱり響きが落ちるよね」
一貴がうなずきながら言った。
「まー。よく考えれば服とか布地だし、そりゃ吸音するよね」
「本番じゃあ、さっきみたいなのは無理ですか」
「無理無理」
控室のモニターからパイプオルガンの音がずっと聞こえている。
「音色を少し変えるそうよ」
朱音が言った。
「パイプオルガンの音、意外に聞こえないですね」
碧が言うと。
「客席に居ると聞こえるんだと思う」
と秋良が答えた。
「でも、低音の振動はすごい」
一貴が付け加える。
「確かに、内臓が震えてる感じがあるもんね」
◆
皆興奮冷めやらず、レストランの中はがやがやと騒がしい。
定期演奏会は大盛況で終了した。
会場はほぼ満席となり、演奏終了後は拍手喝采、ブラボーの嵐だった。
秋良たち出演者も達成感を感じていた。
各ソリストの挨拶、そして、舞台裏の女性合唱のメンバーも舞台に現れ、割れんばかりの拍手が続いた。
拍手はなかなか収まらず、指揮者は何度も何度も舞台に出たり戻ったりを繰り返した。
「あー。最高だー」
一貴が両手のこぶしを握り締めて、天井を見上げて声を上げた。
「一貴、乾杯しよう」
隣の秋良が声を掛けた。
「おー」
「カンパーイ」
全体の乾杯は終わっているのだが、あちらこちらで乾杯の声が聞こえる。
団員はあちらへ行っては乾杯、こちらへ来ては乾杯を繰り返している。
朱音と碧は各々パートのメンバーに捕まっている。
秋良と一貴もそうなっていたが、こちらはばらけ始めている。
下級生は飲めないので、酔っぱらった上級生はいい迷惑だと思うが、さすがに今日は皆テンションが高いので、話は弾んでいる様だ。
「秋良」
朱音が声を掛けてきた。
「ん。お酒大丈夫?」
「大丈夫だよ。もうソフトドリンクにしてる」
「そっか。じゃあ俺もお酒は終わりにする」
「何か食べた?」
「まあ、適当に。朱音は?」
「脂っこいのが多くてあんまり食べてない」
「酒のつまみっぽいもんが多いもんね。どうする、帰りどこかに寄ってく?」
そろそろ泥酔者が出始めており、打ち上げもそろそろ終わりそうだ。
「ううん。家でパスタが食べたい」
「あ、いいね。朱音パスタ得意だもんね。じゃあそろそろお暇しようか」
「おい、秋良。二次会行かね?」
上級生から声が掛かる。
「あ、すいません。今日はこれで……」
「そっか。今日のお前すごく良かったぞ。やっぱお前がいるとオケ全体のサウンドがよくなるな。今日の演奏会はいい思い出になった」
「い、いえ。なんか褒めすぎです」
「またまたー。謙遜しちゃってー……。じゃこれで、ありがとな」
先輩は秋良の肩をポンとたたいて去って行った。
秋良と朱音はその姿を見送ってから荷物を持って周囲に暇を告げた。
「良かったの? 二次会に行かなくて」
「うん。朱音と過ごすのが大事だから」
「もー。うれしいけど、ちょっと心配」
「大丈夫だよ」
帰宅して、朱音がトマトのパスタを作り、お腹は満たされた。
食器を二人で片付けたあと、朱音は秋良の足の間に入り込んだ。
しばらく二人で話をしていたが、やがて朱音が寝息を立て始めた。
秋良は朱音を後ろから包むように抱きしめていたが、朱音が楽なように背中をソファーに預けた。
演奏会の疲れが出たのだろう、なにしろ昨日から楽器の搬入とか舞台の設営などをして本番に臨んでいるのだ。
落ち着かない雰囲気の中で、緊張が続いていた。
しばらく朱音を抱きしめていたが、やがて秋良もつられるように眠りに落ちたのだった。




