32.強化練習
練習場にはオーケストラのメンバーがひしめき合っている。
オーケストラのだけで100名ほど、それに「海王星」では20名ほど女声合唱が加わる大編成での練習となっている。
OBにも声を掛けて揃えている。
特殊楽器はなるべくそろえたが、どうしてもバスオーボエは代替えとなった。
テナーチューバは特定の楽器を指すわけではないらしく、ユーフォニアムを使用することとなった。
バスフルートは実際にはアルトフルートである。レンタルしている。
パイプオルガンはシンセサイザーで代用しているが、本番はホールのパイプオルガンを使用する。
練習は初めは困難であった。
普段一緒に練習していないメンバーではどうしてもテンポ感など馴染んでいない。
とはいえ、有名な楽曲なので、繰り返し合わせることで段々と揃い始めた。
小一時間ほどして少し集中力が切れ始めたところで休憩となった。
「ひゃー。しかし、すし詰めだな」
一貴が楽器を椅子に置きながら言った。
「まったく。ぎゅうぎゅうに詰め込んだ感がすごいな」
秋良が答える。
「ははは。そう言ってしまえば俺たちは授業中も箱の中、部活中も箱の中だな」
「そうそう。特に今回はスペシャルに詰め込みましたー。になってる」
「うーん。レアな詰め合わせだな」
「ティンパニは二人でやってるし。パーカッションがバラエティーに富んでるよな」
「ああ。バラエティセット感がすごい」
空気の入れ替えのために、音出し禁止となているので、練習場の中は落ち着いている。
今日は夕方ではなく、20時まで合奏が行われる長丁場だ。
明日は午前中はセクションまたはパート練習。午後から指揮者弦分奏。夕方からTUTTIが予定されている。かなりハードなスケジュールだが、OBなど普段一緒に練習ができないメンバーが全員集まれることはもう本番までないため仕方がない。
窓が閉められ、再びTUTTIが始まる。
秋良、朱音、一貴、碧の4人で歩いている。
長丁場の練習が終わって4人とも疲れているのだが、朱音は機嫌が良い様だ。
「朱音先輩、疲れてないんですか?」
碧が声を掛けた。
「疲れてるよ」
「でも、なんだか元気そう」
「練習は疲れてるけど、別のところで最近は気が楽になって来てて」
「別の?」
「そう。指輪のおかげで」
「あちゃー。おのろけですか」
「違う違う」
朱音はパタパタと手を振る。
「秋良と付き合い始めたころから男子に声を掛けられるようになって、結構ストレスだったの」
「えっ」
秋良は朱音を見つめた。
「それ、朱音先輩がその頃からすごく綺麗になったからですよ。きっと。手遅れですけどね」
「そうね」
朱音はふふふっと笑った。
「指輪をつける様になって、激減したの」
朱音は右手を前に出して、右手の薬指の指輪を眺めた。
「つまり、指輪が魔除けになってるって事ですね。いいなー」
碧はチラリと一貴を見た。
一貴はオホンと空咳をして、視線を泳がせる。
秋良と朱音はそういう一貴を見て微笑んでいる。
「ま、まあ、近いうちに。何とかします」
一貴は照れくさそうに言った。
「やったー。朱音先輩、椎木先輩、聞きましたよね!」
「聞いた聞いた」
秋良はそう言うと親指を立てた。
「良かったね、碧ちゃん」
「ねえ。秋良は付き合い始めてからモテたりしなかったの」
「ああ、工学部だから女っ気少ないし。特に変わらなかったかな。それより部活の時の周りの視線の方が……。なんだかほんわかしてたなーっと思う」
「ああ、私もそれは思った」
「まあ、それでも最近は通常運転に戻ったっていうか。若干は感じるけど」
「そうね」
「でも、知らなかった。朱音がそんなにモテてたなんて」
「秋良以外に興味ないからお断りするだけなんだけど。それがもう……ね」
「ごめん」
「秋良が謝らないで。私自身、隙があったんだと思う。だから、指輪をくれて本当に良かった」
秋良と一緒にいるとこれまでにない経験をすることになっている。それは、嬉しい事ばかりではなく、嫌と感じる事も含まれている。
「明日も練習、ハードだね」
「そうだね」
朱音は秋良と腕を組むと、頭を秋良の肩に乗せた。
きっと、この鈍感さんも周囲からの見え方は変わったはずなのだ。
「離さないんだから」
朱音はつぶやいた。
「え? なに」
「ううん。なんでもないよ。独り言」
朱音は腕をしっかりと組みなおした。




