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31.亡き王女のためのパヴァーヌ(ラヴェル)

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 朱音の周りに女子の人だかりができている。

 キャーキャーと黄色い声も聞こえてくる。


 秋良は居心地が悪く、席を立とうとしたが、一貴に止められた。

「向こうで手招きしてるぞ」

「いや、いい」

「いいのか、彼女さん一人きりにして」

「うう……」

「諦めろ、そもそも自分が原因なんだろ?」

「まあ、そう、だ」


 まさかこんなにさっさと見つかるとは……。

 秋良は腹をくくって朱音の方へ歩き出した。

 好機の視線が何本も刺さってくる。

 その視線は秋良の右手に集中していた。

 朱音は下を向いて固まっている。


「あー。やっぱりペアリング。素敵ー。いいなー」

 キャーっと声が上がる。

「ねえねえ、彼氏さん、やるじゃない!」

「あー、ま、まあ。その、誕生日に」

「うそーっ。素敵ー」

 またキャーっと声が上がる。

「もう将来を誓い合ってるわけね」

「え。ああ、一応、両方の両親にあいさつは、済んでる」

 皆の視線が朱音と秋良を行ったり来たりしている。

 声はなかった。


「朱音」

 秋良は朱音の手をとって、練習場の入り口の方へ歩き出した。

 朱音は顔を真っ赤にして、うつむいたまま秋良に従った。

 背中にキャーっという声が浴びせられながら、外へ出た。


 ふー。

 二人はキャンパスのベンチに腰掛けて息をついた。

 大学名物の大楓を取り囲むように円を描いて道があり、ベンチが配置されている。

「私、楽器を出す暇もなかった。席に座って楽器ケースを膝の上に置いたらもう……」

「こんなに速攻で見つかるものなんだ」

「もう、どうしよう。恥ずかしい」

 朱音が顔を真っ赤にして手で顔を覆うと、右手の薬指に新品の指輪が光った。

「ああ、こりゃ気づかれるね。仕方ないか」

「あなたはそれで済むかもだけど、私は……。どうしよう」

「堂々としてなよ」

「でも……」

「私は彼女なんだーーってさ、堂々と」

「それ、恥ずかしいもん、無理」

「うーんと。じゃあ、とりあえず今日は外す?」

「それもいや。それに、今更そんな事したらおかしなことになりそう」

「えっとー」

「もうしばらく一緒にいて。落ち着くまで。秋良といると安心するの」

「わかった」

 秋良は朱音と手をつないで空を見上げた。

 キャンパスには秋の気配を含んだ風が流れていた。

「秋の気配がするね」

 朱音にそう話しかけると、朱音は顔を上げてしばらく空を見上げて「ほんとうね」と言った。

「来月は強化合宿だね」

「うん」

「あれから一年かー。あっという間だった」

「うん」

 空にはほとんど雲はない。

「朱音」

「なあに」

「ありがとう」

「私こそ、ありがとう」

 二人は見つめ合って微笑んだ。


ーー

 秋良と朱音はガラスケースの中を覗き込んでいる。

 今日は朱音の誕生日で、二人でペアリングを買いに来ている。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

 店員が笑顔で声を掛けてきた。

「あ、あのー。指輪を……」

「彼女へ贈り物ですか?」

「はい。と言うか、ペアのやつを探しています」

 秋良は、照れくさそうに言った。

 店員は一瞬、あら、という表情をしたが、またすぐにさっきのような笑顔に戻った。

「失礼ですが、ご予算はおいくらほどでご検討されていますか?」

「あ、えと、学生なので、それなりで……」

「わかりました。いくつか見繕いますね。少々お待ちください」

 そう言うと店員は、小さなフェルト地のトレイを持って指輪を乗せ始めた。

「学生さんだと、このくらいの値段を買われる方が多いです」

 3つほどペアリングの乗ったトレイを二人に見せながら店員は話した。

「朱音、どう?」

「どれがいいのか、わかんない。秋良が決めて」

「え、俺もわかんない……。あ、彼女はあのクラリネットを吹くので、引っ掛かりのないのがいいかな。これとか。丸っこいし、シンプルで良いかも。どう?」

「指につけてみてもいいですか」

「もちろんです」

 朱音は右手の薬指にはめてみた。

 基本的に普通の何の変哲もないようなデザインだが、ちょっとだけひねりが付けてある。

「よくお似合いですよ。ちょっと失礼します。サイズも良いみたいですね」

「秋良、どお?」

「うん。指につけると感じが変わるね。よく似合ってると思う」

「秋良もつけてみて」

 秋良も右手の薬指につけてみる。

 少しサイズが大きい様だ。

「もうワンサイズ小さいのがありますので」

 店員はそう言うと、別のサイズの指輪を持ってきた。

 今度はサイズも良い様だ。

 秋良も指輪をつけると二人で右手の甲を並べてみる。

 なんだか、照れくさい。

「いかがですか。こうして実際につけてみるとお二人によくお似合いですよ」

 店員はそう言うと、鏡を差し出してきた。

 二人は右手の甲を前にして鏡の前に並んだ。

 しばらく、二人は鏡を覗き込んだり、見つめ合ったりして、そうして、二人とも「うん」とうなずいた。

 「これにします」


 朱音のマンションに戻って、一息ついたところで、蓋の空いた指輪の入ったケースを並んで見ていた。

「秋良、指輪をつけてほしい」

「え」

「秋良につけてほしいの」

「わかった」

 秋良は朱音の右手を取ると指輪を薬指につけた。

 朱音はうれしい表情を隠すことなく喜んだ。

「秋良には私がつけるね」

 そう言うと、朱音は秋良に指輪をつけた。

 しばらくの間、二人はお互いの指輪のついた手を並べたり、見せ合ったりして過ごした。

ーー


 朱音が空を見上げながら鼻歌を歌い始めた。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」

 秋良が好きな曲で時々冒頭のメロディを時々吹いているのを聞いている。

 この曲は秋良のホルンの音によく合っていると朱音は思っている。

 秋良は空を見上げて朱音の歌うメロディを聞いていた。

 高く高く青い空にその歌声は溶けていく様だった。



「そろそろ戻ろうか」

「うん」

 二人は立ち上がって練習場へ向かって歩き出した。

 秋の気配を含んだ優しい日差しが二人を包んでいた。



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