30.優しい世界へ(牛尾憲輔)
新年あけましておめでとうございます。
朱音は秋良の地元の港町に来ていた。
景色が美しい観光地で、地元の人でなければ分からないような穴場にも連れて行ってもらった。
ただ、坂道には参った。
基本は公共交通機関を利用するが、降りたら容赦なく坂道が待っている。
秋良はどうやら坂道を歩き慣れているらしく、普通に坂を上って行くが、朱音はそうはいかない。
少しの上り坂で息は切れるし、足はパンパンになった。
そもそもこの辺りでは坂と呼ぶようだが、実態は舗装された登山道だ。
道のところどころにベンチが置いてあり、初めのころは不思議だったが、休憩できる様に置かれている事はすぐに分かった。
実際、買い物袋を持ったおばあちゃんがベンチで休んでいるのを見かけた。
秋良の通っていた高校にも連れて行ってもらった。
丘の上に建っていた。
バスを降りて裏門まで急な坂道を上るが、その坂道の横の崖の上に音楽室があった。
秋良は懐かしそうにその建物を見ている。
吹奏楽部が練習しており、楽器の音が聞こえる。
「高校はバス通学だったの?」
「いや、歩き」
「いやいや、いくらなんでも山登りきついでしょう」
「でも、家から15分くらいだったから」
「え、あそこから15分で着いてたの?」
「うん。結構みんな徒歩で通ってたよ」
「えー。信じられない」
「慣れればそんなに大変じゃないよ。結構女子も徒歩通学してた」
「ふーん……。ね。仲のいい女子いたの?」
「ま、部活は男女関係なくみんな仲が良い世代だったかな。いつも楽しくやってた」
「ふーん。楽しい高校生活だったんだね」
「うちは県立の高校だし、朱音の高校みたいに厳しくなかった。一応目指せ全国とは言ってたけど……」
「あ、ごめん。気にしないで。ちょっと秋良の高校生活がどうだったのかなーって思っただけ。その、彼女とか……いたかなって」
「気になる?」
「そりゃあ、まあ」
「みんな仲が良かったから。そんな感じじゃなかったよ。付き合ってるやつもいたけど一組くらいしか知らない」
「そう……」
「思い出した。土曜日の練習の時はさ、友達と昼飯にカップ麺食べることが多かったんだけど、俺が焼きそばで、友達が何かトマト系の匂いの強いやつが好きで。二人で部室で食べてたら周りから部室が臭いって毎週のように文句言われてたの思い出した」
「いやー。嗅ぎたくなーい」
「はははは。懐かしー」
「そろそろ帰ろうか」
秋良は朱音の息が落ちついているのを確認して言った。
「帰りは俺の通学路歩いてみる? ゆっくり歩くし、下りだから」
「うん。歩いてみたい(秋良の歩いていた道を)」
「じゃあ行こう」
「ただいま」
秋良は自宅の玄関のドアを開けた。
「お帰り。あ、朱音さんも。大丈夫だった?」
秋良の母が出迎えてくれた。
「はい。あ、いえ。足がもう限界です」
(下りだからって、楽じゃなかった……)
「そうよねー。坂ばっかりだから」
「さ、どうぞどうぞ」
母は朱音を招き入れた。
一度実家に立ち寄ってから観光したので、二人の荷物は秋良の実家においてある。
簡単な紹介も済んでいる。
「夕食は皿うどん取りますからね」
「うん。ありがとう」
「お父さんももうすぐ帰ってくるって連絡があったから」
「分かった」
秋良の両親、朱音、秋良はローテーブルに座り、直径1メートルはありそうな大皿に盛られた皿うどんを前にしている。
「私、皿うどん初めてだけど。こんな大皿で来るのね」
「大体、親せきとか友人が来た時に皿うどんの出前を取るのが普通かな」
「みんなでワイワイ言いながら取り分けるのが楽しいですよ」
秋良の父が言った。
「皿ちょうだい」
秋良が朱音の小皿に慣れた手つきで取り分ける。
「ありがとう」
「ソースはどうする?」
「ソース?」
「うん。大体地元の人はソースかけて好みの味にして食べるんだ」
「……」
「まずはそのまま食べて、そのあとソースをかけてみたら? 餡は甘口だから」
「うん」
「私、そのままの方が良いみたい。秋良は結構ソースかけるのね」
朱音の結論だった。
「うん。ソースが少ないと物足りないんだよね。どのみち朱音もソース味は明日食べることになる」
「ふーん。それにしても、とても食べきれないみたい」
皿うどんは大皿に三分の一程が残っている。
「これは明日のお楽しみ」
「明日また食べるの?」
「そう。ソースをかけて炒めなおして食べる。これがおいしいんだ。麺もしんなりなってるし」
「あ。なんて言うのかしらカリカリの麺が少し餡を吸って柔らくなったの、味が染みてておいしい」
「お、なかなか通な発言だね」
「そうかしら」
「ところで、二人は同級生なのよね」
秋良の母が二人に話しかけた。
「じゃあ3年生だからもう就職とかで忙しいわね」
「はい。もういくつかインターンにも行きました」
朱音が答える。
「まあ、こっちに居る時は観光して気分転換してね。景色だけはいいから」
「今日いくつか景色のいいところに連れて行ってもらって、すごくよかったです」
「それはよかったわ。あと、花火も見に行くんでしょ」
「うん。そのつもり」
おほん。
秋良は咳払いをして姿勢を正した。
「お父さん、お母さん、俺は朱音さんと結婚を前提にしたお付き合いをしたいと思ってます」
秋良の両親は顔を見合わせた。
「あの、朱音さん」
秋良の母が口を開いた。
「この子でいいのかしら。あなたみたいなきれいな方がうちの息子と。すごい奥手よ」
「い、いえ……。そ、それは私も同じ、なので……。私も、秋良さんが、初めての彼氏……です」
秋良の両親はまた顔を見合わせる。
「秋良、お前は彼女のことをどう思ってるんだ」
秋良の父が秋良に問いかける。
「いや、だから、これからは将来結婚することを前提にお付き合いをしたいと思ってる」
「それは聞いた」
「だから……。彼女を大切にして、幸せにしたいと思っています」
「そうだな。聞き方を変えよう。もし、私が反対だと言ったらどうする?」
今度は秋良と朱音が顔を見合わせる。
「お父さん」
二人は同時に声を出した。
「は、反対されても、気持ちは変わらない」
秋良が続ける。
「ずっと彼女と一緒にいたい」
「私もです」
朱音も思わず言った。
「は、初めてこんなに人を好きになった。思うようになった。一緒にいるとどんどん好きになってく」
「それは、一時の気持ちの高ぶりではないと言えるのか?」
「えっ。そ、それは……。お、お付き合いするのは初めてだから……」
秋良は続けた。
「でも、一年の、初めて見た時からもう心惹かれていて、そんな人は過去に居なかった。未来にもいないと思う」
「それから、少しずつ距離が近づいて、お付き合いするようになって……。とにかくこんなに大切に思える人とはもう出会えないと思ってる」
「……」
「お父さん」
秋良の母が父に声をかける。
「うん。ちょっと厳しいことを言ってしまったようだ。秋良はとにかく音楽馬鹿でな」
秋良の父は朱音に向かって話し始めた
「あ、はい」
秋良はチラリと朱音に視線を飛ばす。
「その子が突然、きれいなお嬢さんを連れてきて結婚を前提にお付き合いしたいとか言い出すのは、単純に舞い上がっているか、それとも騙されているか、親としては心配だった」
「……」
秋良は返す言葉がない。
「が、どうやら杞憂だったようだ。思ったより舞い上がっていないし、騙されてもいないようだ」
「梅香崎さん。息子の事頼みます」
秋良の父は朱音に向き直ると姿勢を正して頭を下げた。
「そんな。こちらこそ」
「父さん、ということは」
「うん。二人でしっかりと人生を歩んでほしい」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
秋良と朱音は目に涙を浮かべて見つめ合った。
夕食後、一休みしてから秋良と朱音は海辺にある公園へ出かけた。
きれいに整備されていて、広さもあり、ゆったりと花火を見ることが出来る。
公園に面した通りでは路面電車が行き来している。
秋良と朱音は敷物を敷いて並んで座ったが、秋良が何かを見つけたようで、「ちょっと待ってて」と言って歩き出した。
行った先には水色の小さな屋台があった。
大きな可愛いパラソルが付いている。
秋良はその屋台で何かを買っている様だった。
「はい」
秋良に手渡されたのは、アイスクリームだった。
バラの花の様に盛り付けられたそれは、アイスクリームと言うよりはシャーベットに近い感じがした。
「え、これは」
「ん。ちりんちりんアイス。小さい頃食べてた」
「お花みたい」
「ね。名人芸だよね。さっぱりして美味しいよ。食べて食べて」
「なんだか勿体ないみたい」
朱音はそう言いながらアイスを口に含む。
なめらかで、優しい甘さ。
気持ちがほわっとする。
秋良を見ると、
「あー。懐かしい味」
と言いながら頬張っている。
「美味しいでしょ」
秋良はそう言って微笑みながら、朱音の方へ振り向く。
ドキリと朱音の心臓が鼓動する。
「どした?」
「ううん、な、何でもないの」
朱音はそう言うと、アイスを一口頬張った。
(そ、そんな顔されたら……)
朱音の心臓はさっきからドキドキと高鳴っていた。
日が暮れて、いよいよ花火が上がり始める。
空に打ちあがった花火が、海に反射してまるで上下に打ち合げているようだ。
「きれいね」
「うん」
朱音は秋良に寄り掛かった。
花火は大きな爆発音を出して夜空に花開いている。
秋良の両親にも結婚前提のお付き合いを認めてもらえた。
夢でも見ているような感覚だった。
彼と出会う前の辛い時期、付き合う迄の苦しい頃、それがこんなにきれいで優しい世界に変わってしまうなんて。
ああ、彼と出会えたことに感謝します。
ポロリと涙が零れ落ちる。
(秋良、大好き)
次々と打ちあがる花火は二人をカラフルに照らし続けた。




