3.日出いずみはバイオリニスト
大学のオーケストラに所属するクラリネットの朱音とホルンの秋良を取り巻く学生たちのお話。
TUTTI(※トゥッティ、全体合奏)が終わり、朱音はクラをケースにしまっていた。
今日はリード(※クラリネットの音源葦の仲間の植物から作られる)があまり良くなかった。
基本的に箱買いするので、当たりはずれがあるのは仕方がないのだが。
「今日は調子出なかったみたいね」
ヴァイオリンの日出いずみが話しかけてきた。
彼女は中学の時に一緒に吹部でクラリネットを吹いていた。
高校は別々になって、いずみの高校では吹部がなくてオケ部だったのでバイオリンに転向して、そして大学オケでまた一緒に活動することになった。
「新しくおろしたリードがうまくなかったの」
「ああ、リード選び難しいよね」
「バイオリンは調子よかったね」
「うん。今日はストバイ(※1stバイオリンパートのこと)の先輩たちがが練習に出てる人数多かったし。ホルンも秋良がトップ(※1stパート)だったしね」
「ホルン?」
「そう。結構ホルンがうまいの大事」
「弦楽器にとってってこと?」
「うん。弦楽器と相性がいいと思う。オケに昔からあるだけあるね。あと秋良は音程が良いのが助かる」
「あー。ホルンがうまいとオケの全体の音が変わる感じあるよね」
「そうそう、特に秋良みたいな音のホルンには音が寄っていくっていうか、そろっていく感じ」
「シューマンだっけ、『ホルンはオーケストラの魂である』っで言ったのは」
「うん。でも、上手なホルン吹きに出会わないと実感は難しいのよね。高校の時はなかった」
「うちらはラッキーってことかな」
「そう思う」
「…あのさ」
「なに?」
「いずみってさ、どうしてバイオリンに転向したの?」
朱音はずっと気になっていた。
「だってバイオリンてかっこいいし憧れるじゃない」
「でも、クラはオケにもあるんだし。中学で3年間やってたのにまたゼロからって戸惑わなかった?」
「うーん、そうだけど、やっぱ吹奏楽とオーケストラでは役割違うじゃない」
「吹奏楽はクラリネットは大勢で演奏するじゃない? でもオーケストラは違う」
「基本的にソリストのつもりでないと務まらないもん。一人でひとつのパートの責任を負うってところがね……。私には重荷だった」
「私は朱音みたいに上手じゃなかったし。まあ、バイオリンもたくさんで同じことするしね」
「クラからバイオリンに転向するって言ったら歓迎されたよ。私はそういう風なところがいいみたい」
いずみはえへへ。と笑った。
「ところで、話は変わるけど。秋良って彼女いるのかな」
いずみの言葉に朱音はどきりとした。
「な、なに、なんで私に聞くの?」
「だってさ、あのあまーい音って彼女いそうって思わない? みんな聞きほれちゃうよね」
「そ、そうかな。分かんない。それにホルン吹きってオタクだって言うよね」
「あー。それね。人間より楽器を溺愛しちゃってる。よく聞くね」
「そうなのよねー」
「あれ?実感こもってる?」
いずみを見るとふふーんという表情をしている。
「い、いやいやそんなことは」
「へー。そうですか」
いずみのにやにやは止まらない。
「いずみー。一緒に帰ろー」バイオリンパートの方から声がした。
いずみは振り向いて、
「わかったー。いま行くー」
と言うと、
「じゃあね」
といってバイオリンの席へ戻って行った。
バイオリン席に向かういずみの背中からちらりと視線を右に移す。
秋良がホルンパートのメンバーと何か楽しそうに話しをしている。
ふう。と朱音は小さくため息をついた。
ホルンとクラリネットはオケの配置としてはさほど遠くではない。
でも近づくこともない。
いつも同じ配置だから。
でも、木管アンサンブルではぐっと近づける。
話だってできる。
今のところ演奏のことばかりだけれども。
朱音は「ふう」ともう一度小さくため息をついて楽器をケースに仕舞った。