28.威風堂々(エルガー)
前プロは「クラウン・インペリアル」です。
組曲「惑星」とともに「クラウン・インペリアル」が演奏されることとなった。
朱音は「威風堂々」第1番だろうと思っていたが、違っていた。
ウィリアム・ウォルトン作曲 戴冠行進曲『王冠』(Crown Imperial、クラウン・インペリアル)
イギリス国王エドワード8世の戴冠式のために作曲されたが、退位したため、弟のジョージ8世の戴冠式の機会音楽として採用された。
華やかな格調高い作品である。
この曲については、出来るだけ1、2年生を主体にするように指示が出ている。
秋良は降り番となった。
「惑星が大変そうだから、ちょうど良かったね」
朱音も降り番となったので、練習場の端の方で秋良と並んで話している。
「うん」
「演奏するの楽しそうね」
「楽しいと思う。きっと」
「秋良は演奏したことはないの?」
「残念ながらないんだなぁ」
「私もない」
「荘厳でいい曲だよね」
「いかにも戴冠式用って感じする」
「だね」
「ね。何かあったの?」
「いや、何もないよ」
「うそはダメよ」
秋良はふーっと息を吐くと話し始めた。
「実はちょっと寂しくなってる」
「どうして? 私が居るのに?」
朱音はちょっとふざけてみた。
「なんかさ。こうして降り番になって後輩たちが頑張って演奏してるの見ると、卒業が着実に近づいてるんだなーって思って」
秋良ははにかんだ笑みを浮かべて言った。
「そんな事言わないで! 私も寂しくなる」
「最初に聞いてきたのそっちだし」
「んもう。ダメなの!」
秋良と朱音の二人はいつもの通り二人で食器を洗っている。
「そろそろうちの両親にも紹介しないとだよね。なかなか会わせられなくてごめん」
「ううん。でも、その事考えるとすごく緊張する」
「そうだよねー」
「でも、秋良はもう私の両親には会ってくれてるし」
「緊張するけど、早く会いたくもあるの。秋良のご両親ってどんな人なのか知りたい」
「親父は普通に会社員で、おふくろは介護施設で働いてる」
「えっ。お母さんすごい!」
「元々看護師だから」
「そうなんだ……」
「どうかした?」
「ううん。時々、今の自分が何者でもないなーっと思う事があって」
「これからインターンとか行かなきゃだしね。俺も不安は不安だな」
「それと、朱音さん。君は俺の彼女なのだが。何物でもないなーじゃないでしょ」
「フフフッ。そーだねー。秋良の彼女だねー」
朱音は秋良の肩に頭を乗せる。
「まあ、就職が決まるまでは、落ち着かないと思うけど、一緒に頑張ろうよ」
「うん。よろしくね」
これから秋良とともに過ごす生活はきっと楽しくて幸せな時間となるのだろう。
すでにかなり幸せだ。
でも、同時に不安もよぎる。
就職の件もその一つ。
まだ、秋良のご両親にも会えていない。
結婚前提のお付き合いを許してもらえるだろうか。
秋良は親指を立てて『全然大丈夫!』とは言うのだけど。
ふとソファの隣に座っている秋良を見る。
彼は私の視線を感じたのか、私を見るとふわりと優しく微笑んだ。
私は彼に優しく抱き寄せられる。
そっと優しく口づけされる。
ああ、彼に愛されている。
本当に幸せ。
彼と共に居たい。
私はこの幸せを彼にもお返ししたい。
彼に寄り添っていたい。
二人で威風堂々と生きて行きたい。
朱音は秋良の胸の中でそう思った。




