18.石橋歩はチェリスト
定番の「だったん人の踊り」やります
スーパーの食品売り場を仲睦まじく買い物しているカップルがいる。
「兄貴、あれ、目の毒だね」
「んー」
スマホをいじっていた石橋歩は妹の由美が指さす方をみた。
「あー。うちのオケの新婚夫婦」
「え? 学生結婚してるの?」
「いや。例えだよ。まー仲のいい二人なんだが」
「女の子はクラリネット、男はホルン吹き」
いちゃついていた二人のうち男の方が歩に気が付き、会釈した。
「石橋先輩! こんにちは」
「オス!」
「こいつ俺の妹。由美。よろしくな」
「こんにちは!」
秋良と朱音はの二人は同時に挨拶した。
「こんにちは。初めまして」
「二人で食材の買い出しか。ほんと夫婦みたいだな」
「朱音に夕食を作ってもらってるので……」
「おー。まじか。もう同棲してるのか」
「ど、同棲はしていません」
「じゃ、通い妻?」
「……」
「否定はしない、と」
「ちょっと兄貴、それは」
「いえ、実質そうなってますので」
秋良は朱音にちらりと視線を流す。
朱音は頬を赤くして下をむいている。
「ハハハッ。秋良、しっかりして来たな」
「先輩はどうしてここに」
「あー。こいつ。妹がいま遊びに来ててな。飯作ってくれるとさ」
「料理、上手なんですね」
「俺は初めて食べるからわからん」
「ちょっと兄貴! 大丈夫だよ。上手ではないけど、普通に作れるから」
「まあ、嫁に行くまでの練習台にされてるんだよな」
「予定ないし!」
「ははははは。悪い。それじゃ、行こうか。邪魔したなお二人さん」
歩と妹の由美は歩きだした。
「あ、そうだ」
歩は振り返ると、
「だったん人(※ボロディン作曲「だったん人の踊り」)のソロ、二人ともすごくいいぞ。あまーい音になって、そしてクリアさも追加されてる。何と言えばいいのか、バリが取りされた滑らかな感じで気持ちいい」
と言って背中を向けたまま手を振って歩き出した。
「ねえ、秋良」
「んー」
「『バリ』って何?」
朱音の頭のうえに、はてなマークが立っている。
「一言で言うとギザギザのことかな」
「金属を切ったりすると切り口に小さな反りができるからそれの事。それをきれいにするのをバリ取りって言う」
「ふーん」
「ま、先輩も工学部だから、そういう表現してるけど、要は褒められたんだよ」
「そっか」
(でも、前は二人ともバリがあったってことだよな……)
夕食を食べ終わり、秋良が流しで食器を洗っている。
「俺ら、そんなに夫婦みたいに見えてるのかな」
秋良は背中を向けたまま話し始めた。
「いずみには『見てて微笑ましいけど、イチャイチャしてるよね』って言われる」
「それに、今日も石橋先輩と会った時も……否定してなかったし」
「通い妻のこと? 悩んだけどさ、朱音が恥ずかしいかなーって。でも、そこで否定すると朱音がモヤモヤするんじゃないかって思って」
「うん。恥ずかしかったよ。でも、嬉しかった。私が秋良の家に出入りしてるの隠さないでくれて」
「二人で食材買ってるところも見られたし、変にごまかす方が不自然だから」
朱音は立ち上がって秋良の背後に近づくと、黙って秋良の背中に抱き着いた。
「わ! お、おい。水が跳ねるからっ」
朱音は秋良の背中に顔をうずめて、
「しばらくこのままいさせて」
と囁くように言った。
秋良は黙って食器を洗い続けた。その表情は優しかった。




