14.年末大掃除
年末になりました
ピンポーン
秋良のアパートの呼び鈴が鳴った。多分朱音が来たのだと思う。
「ごめーん今手が離せなくて、はいってー」
秋良が玄関に向かって声をだす。
「お邪魔します」
ドアが開いて朱音が入ってきた。
「あれ、どうしたの? 楽器壊れちゃったの?」
朱音が少し驚いている。
「違うよ。楽器の掃除をしてる」
「へー。ホルンってこんなに分解できるんだ。壊れてるのかと思った」
「まあ、外れる部品は多いね」
秋良は楽器のパーツの一つ一つにグリスを塗って組み立てていく。
「毎年、年末に大掃除というか、楽器の全部のパーツをきれいにしてるんだ。もう終わるからちょっと待ってて」
秋良は手際よく楽器を組み立ててゆく。
掃除中のホルンはだんだんと朱音の見慣れた状態になり、最後はケースにしまわれた。
「ごめん。来る前に済まそうと思ってたんだけど」
「ううん。普段はこんなの見ないから、面白かった」
「こういう時に改めてホルンのパーツの数の多さを実感するんだ。これだけの部品を作って、組み立てて、楽器として成立させているのはすごいと思う」
秋良はそう言うと、楽器の入ったケースを部屋の隅の方へ置いた。
「お待たせしました」
秋良はそう言うと、朱音に向かって両手を広げた。
朱音はするすると吸い込まれるようにその胸に入って行き、秋良の両手に包まれた。
「ほんの何日か前までは、こんなこと出来なかったのに」
朱音は秋良の胸に顔をうずめて言った。
「俺も、こんなに手持ち無沙汰になるなんて思わなかった」
秋良はそう言うと抱きしめたまま朱音に口づけをして、手を朱音の後頭部にまわし、抱きしめた。
二人はお互いの体温と息遣いを感じながら、思いを感じあった。
「年末年始はお互い帰省だから、会えないね」
秋良が話し始める。
「うん。お預けね」
秋良の股の間に座っている朱音が答えた。秋良の手が背中からお腹にまわっている。
「来年の新歓(※新入生歓迎演奏会)は何するのかな」
「毎年新歓演奏はポップスとかポルカとかだから演奏してて楽しいよね」
「私、ルロイ・アンダーソンの曲好き」
「いいね! 有名だし、曲も人気あるよね。俺はポルカも吹いてて楽しい」
「あと、映画音楽もやってみたい」
「あー、やりたいね」
秋良は朱音に軽くキスをした。
「ね。そろそろお腹すかない? 私、ごはん作るよ」
曲の話が一旦落ち着いたところで朱音が言った。
「お願いしていいの?」
「もちろん」
「じゃあ。一緒にスーパーに行こっ!」
「了解」
「あなた、普段の食事はどうしてるの」
スーパーの中を二人で歩きながら朱音が聞いてきた。
「昼は学食が多いね。あと、休みの日は食べなかったり、インスタントラーメン食べたりかな」
「あー。予想通り。仕方ないんだからー。しょうがない。バイトのない日は私が夕食作ってあげる」
「そこまでしてもらうと、申し訳ないから」
「食費代割り勘にすると節約になるし。それにあまり野菜食べてないんでしょ」
「はい……。その通りですが」
「じゃあ。彼女に甘えて下さい」
朱音は涼やかに微笑んだ。
「では。よろしくお願いします」
「今日から作りますね」
朱音は生鮮食品のコーナーを回りながら、あれこれイメージを膨らませている。
秋良はカートを押しながら朱音に付いて行く。
野菜や肉など秋良なら絶対に買いそうもない食品がのせられていくのを見て、秋良はちょっと感動した。
「料理得意なの?」
「ふつう……かな? たぶん。ほかの人と比べたことないし。一応一人暮らししてますので」
「あ、そうですよね。はははは」
朱音はフフフッと笑うと。
「ごめんなさい。ちょっと意地悪言いました」
と言った。
「いや。でも、自分じゃ絶対買わない物が入っているのがすごいと思って」
「これで感動してもらえるのね。逆に新鮮」
朱音は秋良の家に戻ると早速、料理を始めた。
秋良はバイトの都合もあり年末ぎりぎりに帰省するので、作り置きしておいてくれるらしい。
てきぱきと食材が調理されていく。
朱音が普段から料理をしていることがよくわかる。
部屋の中にいい匂いが漂う。
「お味はいかがですか」
「大変美味しいです」
秋良は目の前に並んだ料理を口に運び、幸せをかみしめる。
何より、好きな人が自分のために作ってくれたのだから。
「あー。ほんとに美味しい」
朱音はそれを聞いて、ふわりと微笑んだ。
「私は、もう明日の朝に出ないといけないから、ごめんね。作り置きは3日分用意してます」
「ありがとうございます」
秋良は頭を下げた。
「次会えるのは年が明けてからになるね。寂しいなー」
「毎日連絡するから」
「うん。待ってる」
「今日は家まで送らせて」
二人で食器を片付けながら秋良が言うと、
「お願いします」
と朱音が秋良の腕にしがみついて頭を二の腕にくっつける。
「食器は買い足した方が良いよね」
「そうね。年明けに一緒に買いに行きたい。あと、タッパー類も。今日何個か買ったけど、まだ足りないみたい」
「わかった」
朱音の住むマンションまで二人で手をつないで歩いた。
朱音のマンションは秋良のアパートからは駅で言うと一駅ほどの距離で、歩いても15分かからない。すぐに着いた。
「じゃ。また来年」
「うん。送ってくれてありがとう」
秋良は朱音を抱き寄せて、頬をくっつけた。
離れると朱音は嬉しそうにして、エントランスへ向かった。
入口に入る前に振り向いて小さく手を振る。
秋良も手を振り返し、朱音の姿が見えなくなると『ほーっ』とため息をついてゆっくりと踵を返した。
(しばらく寂しいの我慢だな)




