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私達が溺愛認定されるまで

作者: ちえ子


「レックス、お願いがあるの」

「何?ミリアム」

「最近街の通りにできた雑貨店に行ってみたいの。今度一緒に行きましょう?」

「もちろんいいよ!週末はどう?」

「大丈夫よ。楽しみね」


私とレックスは領地が隣で、父親同士が親友なこともあって家族ぐるみの交流をしていた。

幼い頃からずっと一緒にいたので、婚約が結ばれるのも自然な流れだった。


レックスは稲穂のような暖かい金髪、晴れた空を思わせる青い瞳、すらりと伸びた体躯の好青年。

恵まれた体つきなのに子犬のような雰囲気で、そのギャップが良いのか学園に入ると一気に人気者になった。

対する私は闇夜のような紺髪、苔色の緑の瞳、女性にしては丸みの少ない残念な体つき。

猫目がきつい印象を与えるようで、学園に入ってもお友達はあまりできなかった。


親しくない方達からはよくある家同士を繋ぐ婚約だと思われているだろう。

でもそんなことはない。私達はお互いが大好きで、望んで婚約をしている。


「当日はいつものように迎えに行くね!」

「わかったわ」


そう言ってこの日は別れた。

まさかこのお誘いからあんなことになるなんて、この時は思いもしなかった。



◇◇◇◇◇



「ミリアム様、少しお話よろしいですか?」

「何でしょう?」

「ここではちょっと…こちらへ来ていただけますか?」


レックスを誘った翌日。同じクラスの方に呼び出された。

言われるままついて行くと、別のご令嬢達と合流した。

確かこの方達はレックスのファンだったわ。だったらお話というのはきっと…。


「ミリアム様、またレックス様をお誘いしてましたね。いくらレックス様がお優しいからと言っても少し度が過ぎませんか?」


やっぱり。


「私とレックスは婚約しています。将来のために仲を深めるのは必要なことではないですか?」

「ですから度が過ぎていると言っているのです」

「そうでしょうか?」


「まず今月の初め。植物園へ行きましたわね」

(レックスのお家が出資したところへ行ったわね)

「行きました」

「やっぱり!」


「翌日は宝飾店に行ったでしょう?」

(…行ったわ)

卒業と同時に結婚する予定なので、結婚式で身につけるものを選びに行った。

「行きましたね」

「ほら!」


「翌週は図書館と美術館、その翌週は服飾店!毎週末レックス様と出かけていらっしゃいますよね!」

……ちょっと詳し過ぎじゃないかしら。


「ずいぶんと私とレックスの動向を気にかけて下さっているようですけれど、皆様よくご存知ですね?」

「だって!私達がお誘いした時には、もうミリアム様とご予定があるからと断られてしまうのですもの!」

「…え?」


思いもよらぬ言葉に呆気に取られる。


「先約があるのならそちらを優先するのは当たり前のことをではないですか?そもそもあなた達は婚約者のいる方をお誘いしてどうなさりたいの?浮気でもなさるおつもりですか?」

「違います!ただお友達として仲良くしたいだけです!」

「結婚前なんだから浮気には当たりませんよ」

「婚約者だからと言ってレックス様を束縛するなんてどうかしてるわ」


あまりにもおかしなことを言うから頭が痛くなってきた。

もう付き合う必要もないかしら。


「私と出かけるかどうかはレックスが決めることです。文句をおっしゃるならレックスへどうぞ」

「いい気なものね。レックス様もあなたからのお誘いをご迷惑に思っていらっしゃるようよ?」

「え?」

「ご存知ないのね」


私の反応を見て、勝ち誇ったようにご令嬢が嘲笑う。


「私、聞いてしまったの。レックス様がお友達と話されている時、ミリアム様のお誘いを『たまらない』とおっしゃっていたわ」

「え…」


嘘。

頭が殴られたように真っ白になる。


「お可哀想なレックス様…しつこい婚約者を持つと苦労なさいますね」

「ただの政略結婚ですのに、愛されてると思ってるだなんて恥ずかしいわ」

「大体あんなに素敵な方とあなたみたいなパッとしない方が婚約なさってることがおかしいのよ」


言い返さない私に調子づいたのか、彼女達が言葉を投げ続ける。

言葉のひとつひとつがじくじくと刺さる。

本当にレックスがそんなことを…?好きだと思っているのは私だけだったの?

頭がうまく働かない。立ってるだけで精一杯で、何も考えられなくなっていた。



「先生!こっちです!」


声の方を見ると、私の親友のオリヴィアが後ろを向いて誰かを手招いていた。

彼女達は目に見えて焦り出し、


「ゆっくりとお話できなくなったようですので失礼します」

「ミリアム様ももう少しご自分のことをよくご覧になった方がいいですよ」

「レックス様とのお出かけのこともお考え下さいね」


あっという間に逃げて行った。



「全く…分が悪いと自覚しているのなら、最初からやらなければいいのに。愚かな方達だわ」

「オリヴィア、わざわざ先生を呼びに行ってくれたの?ありがとう」

「呼んでないわ。ハッタリよ」

「ハッタリ」

「急いでいたから時間がなかったの」


上手くいったからいいでしょ?と胸を張る。

私のお友達は今日も性格がいい。


「ミリアムもどうしたの?いつもなら言い返してるじゃない。黙ったままだなんてあなたらしくないわね」

「…レックスが」

「レックス様が?」

「私を迷惑だと言ってたって」

「はぁ?」


彼女達から聞いた話を伝えると、なるほどと言いながらもオリヴィアは首を傾げる。


「でも不思議ね。だってレックス様、私があなたといる時はいつもその場所を譲れって目で恨めしそうに見てくるわよ」

「…えぇ?」


こちらも初めて聞くお話だわ。


「大丈夫。私から見てもレックス様はミリアムのことが大好きよ。そのたまらないっていうのも、何か誤解があるんじゃないの?」

「そうかしら…」

「そうよ。ミリアムはうんと小さな頃からレックス様と仲が良いんでしょう?気心が知れてるんだから、不満があればすぐに話してくると思うけど」

「長く一緒にいるからこそ、余計に言えなくなってるのかもしれないわ」

「そうかもしれないけど…でもここで私達がどうこう言ってても変わらないわ。レックス様に直接聞くのが一番いいんじゃないの?」

「…そうね」


オリヴィアに話を聞いてもらってだんだんと落ち着きを取り戻してきた。

確かに二人で話しててもらちが開かない。


「ありがとう、オリヴィア。一度しっかりレックスと話してみるわ」

「どういたしまして。相談料はカフェスペースの新作ケーキがいいわ」


やはり今日も私のお友達は性格がいい。



◇◇◇◇◇



週末。レックスと気になっていた雑貨店へ行った。

店内は可愛い小物で溢れていて、雰囲気もとても素敵だった。

普段は気になった物をいくつか買うけれど、緊張しているのか今日はそんな気分になれず、何も買わずにお店を出た。


(せっかく来たけれど、お買い物はまた次の機会にしましょう。それよりしっかり話をしないと!)

休憩のために入った喫茶店で、今日こそレックスと話そうと密かに力を入れる。


「雑貨店では何か気に入ったものはあった?」

「素敵な栞があったわ。買わずに出て来てしまったけれど…やっぱり買えばよかったかしら」

「良かった。じゃあ…はい、これ」

「え?」


可愛くラッピングされた袋を手渡される。

開けてみると、中には私が眺めていたレースの栞が入っていた。


「今日はなんだかあまり元気ないよね。少しでも元気出してほしいなって思って」

「…ありがとう」


私が気になっていた物も、気分も、何もかも見透かされている。

レックスが私を理解してくれているのを嬉しいと思うと同時に、彼の本音が聞きたいと強く思った。


「ねぇ、レックス。私に何か言いたいことって、ある?」

「言いたいこと?」

「そう。聞いてほしいこととか、文句とか…何でもいいの。何かあったら言って?」


「何でも言っていいの?」

「ええ」


(やっぱり何か言いたいことがあったのね…)

私の言葉にレックスの顔つきが変わった。

緊張で心音が高まる。


「もっと、一緒にいたいかな」

「……は?」


もっと。一緒に。…何?

恥ずかしそうに頭を掻きながらレックスは続ける。


「週末はこうして一緒に過ごしてるけど、登下校は友達としてるでしょ?ほら、ええと…」

「オリヴィアのこと?」

「そう、オリヴィアさん。ずっと羨ましいと思って見てたんだ。ミリアムの大事な友達だから我慢してるけど、本当は登下校も毎日僕と一緒にしてほしいなって思ってる」


オリヴィアの話と繋がった。

いけない。私まで照れてきたわ。文句の一つや二つ言われる覚悟だったのよ、私は。


「でも、私と出かけるのはたまらないって、お友達に言ってたんでしょう?」

「え、あの話聞いたの?恥ずかしいな…うん、実はそうなんだ」


そうだと言われて一気に気分が沈む。

やっぱり嫌だと思ってたのね…。


「だっていつもしっかりしてるミリアムが、僕にだけはどこかへ連れて行ってほしいって甘えてくるんだよ?可愛くて可愛くて!もうたまらないほど嬉しいよ!」

「何を言っているの!?」


驚いて大声が出る。

『たまらない』って、そういうこと!?

お静かにお願いしますと店員の方に怒られ、改めてこそこそと小声で話す。


「私、よくレックスをあちこち誘ってたから、しつこくて迷惑に思ってるんじゃないかと思ったわ」

「そんなことないよ!僕もミリアムのこと誘ったでしょ?迷惑だったら誘わないよ」

…確かに。


「でも私、見た目がこんなだし、一緒にいるのは恥ずかしいかなって…」

「そういえば猫目のこと気にしてたね。僕はくりっとした可愛い目だと思うよ?」

「髪は暗い紺色だし…」

「僕の瞳も青色だからお揃いだね、嬉しいな」

「瞳のことを言うなら私の瞳は苔色だわ」

「そうかな?澄んだ森の色みたいで綺麗だけど」

「性格だって可愛くないわ」

「ミリアムは世界一可愛いよ!」


何か言えば打ち返すように私を褒めてくる。

…一体何の話をしていたのだったかしら。


「僕がミリアムへの気持ちをあまり口にしないから不安にさせちゃったんだね、ごめんね。これからは我慢しないで、大好きってどんどん伝えるね!」

「あ、ありがとう?」


レックスが身を乗り出し、指を絡めるように手を握られた。

誰かに見られるかもと思うととても恥ずかしい。

私が照れていると、レックスが握った指の力を強める。


「ねえ、僕が嫌がってるとか容姿についてとか、もしかして誰かに言われたの?」

「え?」

「急にそんなこと言うんだもの。何かあったって考えるのが自然だよ。…ねえ、誰がミリアムにそんなこと言ったの?」


笑っているのに目が笑っていない。

この顔は怒っている時の顔だわ…これ以上ファンの方達ともめたくないし、黙っているのがよさそうね。


「特に何かあったわけじゃないの。最近頻繁に誘ってばかりだったなと思って。レックスの時間を奪ってないかどうか心配になったのよ」

「ふぅん……まぁいいや」


ふっと力を抜いたレックスの笑顔に、わかってもらえたと安心する。

でも後にそれは誤解だったと知ることになる。



◇◇◇◇◇



「あっあら!ミリアム様!お元気そうね!」

「どうも…?」

「今日もレックス様と登校なさってたわね!相変わらず仲がよろしくて羨ましいわ!」

「はあ…」

「ではこれで失礼いたしますわ!」


次の授業のために教室を移動していると、ファンの方達と遭遇した。

最近はずっとこんな感じで、私と会うなりそそくさと逃げていく。

あんなに目の敵にしてきたのに、何故かすっかり怯えられている。

言いがかりをつけられないのはありがたいけれど、あまりの変わりように戸惑ってしまう。


「ミリアム!」


立ち去る彼女達をぼんやり見ていると、レックスが走ってこちらにやって来た。


「あの人達と何を話してたの?」

「何も話してないわ。レックスと仲がよろしいですねと言われたくらいよ」

「そうなんだ。……ねえ、前に言ってた君に何か言ってきた人達って、あの人達でしょう?」

「え!?…な、何の話だったかしら…?」


不意に聞かれてうっかり必要以上に反応してしまった。

そんな私の態度をレックスが見逃すはずもなく。


「やっぱりね」

バレてしまった。


「でももう安心だよ!あの人達ミリアムのこと誤解してたようだったから、もう勘違いしないでねってしっかり"お願い"しておいたよ!」

「"お願い"…?」


明らかに何か"お願い"されたような態度ではなかったけれど。

にこにこと笑うレックスと彼女達の違いに疑問が拭えない。


「一体あの方達に何を言ったの?」

「内緒!……はぁ、ミリアムは考える姿も本当に可愛いね」

「…っ人目のある所でそういうのやめて!?」

「じゃあ二人きりならいいんだ?」


手を引かれ、空き教室に連れ込まれる。

扉を閉めるなりそのままぎゅっと強く抱きしめられた。


「ちょっ…レックス!」

「少しだけこうさせて?可愛い婚約者を守るために頑張ったんだから」

「……」


そう言われると何も言い返せない。

抜け出そうともがいていたのをやめて、レックスに身を預けた。

私が抵抗しないことを確認すると、腕の力を緩め、額を合わせるようにして見つめられる。


「ねえ、この前ミリアムに聞かれた『何か言いたいこと』なんだけど…もう一つできちゃった。今言ってもいい?」

「いいわよ。何?」

「これから先、もしまたこういうことがあったら真っ先に僕に言ってほしい。ミリアムが悩んでるのを僕が知らないのは嫌だ」


何かを耐えるような、ひどく辛そうな顔で告げられる。


『長く一緒にいるからこそ、余計に言えなくなってるのかもしれないわ』


オリヴィアに言った言葉を思い出す。

確かに言えなくなっていたわね……レックスも、私も。


「…ごめんなさい、レックス。あなたに心配かけたくなかったの。でも余計に心配させてしまったみたいね」

「ミリアム?」

「これからは何でも相談するようにするわ。あなたに守ってもらえるのなら安心だし、これ以上に嬉しいことはないもの」

「素直なミリアムってレアだ…どうしよう、とっても可愛い」

「もう、すぐそういうこと言うんだから」

「感動してるんだよ。だってミリアムが甘えてくれるのは僕にだけだから」


言い返そうとした言葉は、レックスに唇を塞がれて言えなかった。

言えないのならもういいわ、と。

存分に甘えて何度もキスをねだった。



◇◇◇◇◇



「あなた達、バカなの?」

「ごめんなさい」

「面目ないわ」

「全くね」


あの後、本鈴が鳴るまで空き教室にいたため授業に遅れてしまった。

オリヴィアがうまくごまかしてくれたからことなきを得たけれど、遅れた理由に心底呆れられた。


「まあ、ミリアムの悩みが解決したのはよかったわ」

「オリヴィアのおかげよ。ありがとう」


オリヴィアが私に相談されていたのを知り、途端にレックスが面白くなさそうな顔になる。


「…ふぅん、オリヴィアさんは知ってたんだ。へえ」

「そうよ。羨ましい?」

「心の底から。妬ましくて気が狂っちゃいそう」

「レックス!オリヴィアも煽らないで!」


「ね?私の言った通りレックス様はミリアムのことが大好きだったでしょう?」

「…ええ、そうね」


オリヴィアに引き寄せられ、いたずらっぽく笑いながら耳打ちをされる。

本当に、私のお友達は良い子だ。


「二人で何をこそこそしてるの?」

「どうもしないわ。ミリアムはレックス様が大好きねって話してただけよ」

「オリヴィア!?」


「ミリアム……嬉しい!僕も大好きだよ!」

「やだ!ちょっと、人前でやめてってば!」


感極まったようなレックスにぎゅうぎゅうと抱きしめられる。

なんとか顔を上げると、うっとりとした目で見つめられていた。


「ねえミリアム。一生大切にするから、ミリアムの隣を僕にちょうだい?」


何を、とか。人前で、とか。

こんなに幸せそうな顔で言われたら何もかもどうでもよくなった。


「…もう、十分すぎるくらい大切にしてもらってるわ。私の隣はレックスだけよ」


そのまま私も腕を回して応える。

オリヴィアは気を利かせてくれたのか、いつの間にかいなくなっていた。

友人の気遣いをありがたく思いながら存分に抱き合った。


自分達がどこにいるのかも忘れて。



私とレックスは幼い頃からずっと一緒にいたので、婚約が結ばれるのも自然な流れだった。

以前はよくある家同士を繋ぐ婚約だと思われていただろうけれど、今は誰もそうは思っていないだろう。


何故なら、先日の私達のやり取りが公開プロポーズとして広まったから。


オリヴィアが気を利かせてくれても、学園内である以上どこかに人の目があることを失念していた。

あれ以来、私達は溺愛し合っている仲であると有名だ。

もちろんファンの方達から絡まれることはないし、むしろ積極的に二人にしてくれるようになった。


「あの時は周りのことなんてどうでもよくなったけれど、まさかこんなことになるなんて…」

「僕はすごく嬉しいよ!みんなにミリアムが僕のもので、僕がミリアムのものだって知れ渡ったんだから!」

「レックス…」


私達はお互いが大好きで、望んで婚約をしている。

だから私も、実はこの状況を喜んでいる。


「大好きだよ、ミリアム」

「私も大好きよ、レックス」


そう言い合いながら私達は手を取り合った。

 

最後までお読みいただいてありがとうございます!

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