そして彼女は足を踏み入れる
3ヶ月。お待たせしました。待っている人がいれば、の話ですが。(笑
これからもよろしくお願い致しますm(__)m
バッ。ダダンッ。
智穂は椅子と机を踏み台にして、高く舞い上がる。
そして。
「とーう」
ゴスッ。
鞭のように放った彼女の跳び蹴りは、劉一の顔面にクリーンヒットした。
「へぶぅ!!」
劉一の身体は綺麗な放物線を描いて、
ゴォン!!!!!
痛々しい音とともに、貸出しカウンターの後ろへと吸い込まれていった。
その様子を見ていた高梨は抱腹絶倒していたが、その音を聞いた瞬間顔色を変えた。
「ちょっと!!パソコン壊してないよね?!」
「先に心配すべきは俺の状態だろうが」
不機嫌な表情を浮かべた劉一が顔を出す。鼻からは、一筋の血が流れ出している。
「あんたはどうせ死なないからいいでしょうが!そのパソコンの中にはねぇ、この学校の全生徒のデータが詰まってんの!壊れてたら全部手打ち入力させるからね!!!」
「ちょっ」
「そりゃぁ不慮の事態に対応できなかったお前の責任だろうが。俺は一切知らん」
「あの」
「不慮の事態ぃ?あんたがそっちに飛んでいくから」
「アタシを無視するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
いきなり叫んだ智穂に、二人は唖然とする。
「何?アタシの蹴りはなかったことになってるの?めっちゃ恥ずかしいんだけど!!うん、なんか恥ずかしい!」
「え、うん、素晴らしい跳び蹴りだったと思うよ」
目を丸くしたままの高梨が答えた。
「ありがとう…って違う、そうじゃなくてっ!アタシの身体に何があったの?っていうか、何をしたの?!」
「…俺達守護人<セイウ゛ァー>になる条件は二つある」
突然、劉一の話す雰囲気が変わった。
智穂は緊張して話に聴き入る。
「一つは、守護人から証を受け継ぐこと。俺の証っていうのはこれだな」
先程しまった小さな剣を再び出す。
「でもっ、アタシは受け継いだわけじゃ…」
「話は最後まで聞け。二つあるって言っただろうが。もう一つは…」
劉一は剣先を智穂に向ける。
「…ッ」
小さな剣のはずなのに、智穂は喉元に刃を突き付けられているような恐怖を感じた。
紛れも無い、死の恐怖。
「証を強制的に奪うことだ」
「…」
智穂には心当たりがあった。
「あ」
「証を一度でも手にした以上、守護人の力は身体に流れ込む。人間の身体を保てないほど強いエネルギーの塊だ、ほっといたらお前は消えてた」
「…だけどアタシは消えてないじゃない」
「だから言ったろ」
劉一は自分の胸を押した。こうしろ、と言うように。
「…」
疑いながら、智穂はその通りにする。
ズボッ。
「−!!!???」
「人間なら身体を保てないんだ。人間じゃなけりゃ消えないんだよ」
劉一のその言葉は、智穂には届いていない。
彼女は、(自分の腕が肘まで身体の中に入った) という事実に驚いていた。
しかし、服を突き破った様子は無い。
さらに、肘まで入った腕の先は、背中からは出てきていない。
「へっ?」
固まる。パニックを起こし過ぎて、今の彼女は限りなく冷静になった。
そして、あることに気付く。
「…なんかある」
棒のようなもの。重さはあまり感じない。
「引き抜いてみろ」
ゆっくり、恐る恐る腕を抜いていく。
手首が見えたところで、
「えぇいっ!!」
智穂は一気に引き抜く。
そして目を見張った。
手にしていたのは、一本の薙刀。立派な造りになっていて、銀の柄には十字を象った紋様がある。
その刃は純白に輝き、神々しくさえある。
「…すごい、キレイ…」
「アンタの証よ」
高梨が言う。
「これが…」
そして、智穂は恍惚とした表情のまま、素朴な質問を口にする。
「…で、守護人って何?」
しばしの沈黙。高梨と劉一は、一番大事なことを伝えていなかったことにようやく気がついた。
「ん…まぁ、座ってゆっくり話そうよ」
「え、でも授業」
しー、と高梨が指を立てる。
「時間は止めてあるから」
そう言われて、智穂は高梨の指差した場所
−時計を見た。
長短三本の針は、先程の始業のチャイムが鳴った時刻を指したまま止まっていた。
図書室内の閲覧室。
普段は自習をする生徒が占拠する部屋だが、授業中に来る生徒も無く、がらんとしている。時間停止中ともなると尚更である。
「簡単に言うと、守護人っていうのは力をつけ過ぎた登場人物から、物語を“護る”ためにいるの。だから本の世界には行き放題!」
「ホント?!」
異様なまでに智穂は目を光らせる。
しかし、
「でもね、」
諌めるように高梨は続けた。
「その世界を必要以上に歪めることはしちゃいけないの。他の誰かを死なせたり、筋書きと違うことをするのはいけない」
ここで、高梨は智穂から出てきた本を持つ。
「あと、これはアンタの“命”だから、絶対に傷付けたり、汚したり、燃やしたりしないように」
「…?」
智穂は本が命であるという説明を理解出来ない。
「これが残っていれば、アンタは死なないし、身体に傷も付かない。でも、これに着いた傷は全部アンタに返ってくる」
「はっ?」
「解りやすく言うとだ。その本の角が折れればどっかの骨が折れ、ページが破れるとどっかの内臓が破裂する、ってことだ」
「へぇっ?」
劉一の補足に智穂は青ざめ、自分の肩を抱く。
「アハハっ、劉一、怖がらせすぎ」
「笑い事じゃないよねぇ?ちょっと、大事にしてよっ?!!」
アハハハハハハハ、ハハッ、ヒッ、
「ちょっと!笑いすぎじゃないの?!」
高梨はまだ笑い止まない。智穂の目には少し涙も浮かんでいる。
「だって!嘘ついてんのに本気で反応するからぁ!」
「なぁんだ…」
「まあ表紙折ったら頭蓋骨は折れるけどね」
「嘘じゃないっ?!」
はー。
高梨はようやく笑い止んだ。
「ページを傷付ると傷付くのは記憶なんだよ」
「はぁ?」
「この本はアンタの頭なんだよ、智穂。一つ一つのページは想い出なんだ。だから、これが消えて無くなっちゃえば“白羽 智穂”は消えるんだよ」
唖然とする智穂。高梨は優しく笑いかける。
「そうならないために私たち観察人<ルッカー>はいるんだよ。本の管理は任せてちょうだい」
その頃。
一冊の本が、勝手に書架から落ちた。
本の名は「ガルダ戦記」。
本は黒く光りはじめる。そして、空中に円を基にした複雑な図形−
魔法陣が輝き始める。
中から異形の者が姿を現し。
敵意を漲らせながら、人間界での産声を上げた。
「グオォォォァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」