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お一人様ご案内。

物語をお楽しみ下さい。

市立赤谷東高校。ごく普通の公立高校。


そんなどこにでもある学校の図書室で、女生徒が読書をしている。


日の当たる特等席に座り、リラックスして読む。


これが彼女−白羽 智穂<しろはね ちほ>の読書の方法だった。


「あははははははっ!!!」


静かな図書室に突如響く彼女の笑い声。


小刻みに揺れる体と一緒に、長い髪も揺れる。


書庫から司書が顔を出す。首から提げたネームプレートには、「高梨 哉子<たかなし かなこ>」と書かれていた。


「あら、あんたまたここにいたの?授業中よ?」


「あ、見つかっちゃった?」


「見つけるも何も隠れるつもりないでしょ」


「ばれた?」


ペロッ。


舌を出して悪戯っぽく笑う。


「かわいこぶっても無駄よ〜。あんたの本性分かってんだからねぇ〜」


「エェー、なんか怖いー」


「それに学生なんだから勉強しなきゃダメだよ」


「だってぇー」


「だってもクソもないよー。この時間は大目に見てあげるから、チャイム鳴ったら教室帰んなさい」


「…はーい…」


高梨は子供を叱るような表情を崩し、微笑む。


「…で?何読んでたの?」


智穂もにやける。


「知りたい?」


と言いながら、高梨に向かって本の背表紙を向ける。


『土佐日記』


「…あんたこれ読んで笑ってたの?」



智穂は意気揚々と答える。


「え?だって、あざれあへりとか言っちゃってんだよ?!海なのに、海水なのに、腐るとか言ってんだよ?!もう笑うしかないでしょ!!」


やべぇわ〜、マジ紀貫之パネェわ〜。


そんなことを言いながら、彼女はまた肩を揺らして笑う。


「…まぁ、屋上にたむろってるやつらよりマシか。あんたはいい不良だよ」


「不良に良いも悪いもあるのー?」


「まだマシな方ってこと」


智穂はふぅん、と曖昧な相槌を打つ。


キーンコーンカーンコーン…


「あーあ、鳴っちゃったかあ〜…」


彼女が残念そうに言う。


「次の授業には出なさいよー」


そう言って高梨は立ち上がり、カウンターへ向かって歩く。


バタバタバタバタバタバタ…

廊下から、何かが走ってくる音が聞こえた。


「「…?」」


二人が怪訝に思っているうちに、凄まじい勢いでドアが開いた。


バァン!!!!!


「智穂いる?」


肩で息をし、顔を紅潮させた女生徒が尋ねる。


「あ、アスカじゃーん」


「いたぁ!!!!やっぱここだったか!!」


友人の怒鳴り声に、思わず智穂はたじろぐ。


「な、なによいきなり…」


「次!!!音楽!!あんた、出るって言ってた!!」


「…図書室じゃ静かにね」


高梨の注意が入る。


「す…すいませ…息…絶え絶えで、大声じゃないと…喋れない…」


机によからないと立っていられないほど、サヤカのゼェハァぶりは酷かった。


「サヤカ…大丈夫…?」


堪らず智穂が声を掛ける。


「私のとあんたの荷物持って、教室から一番遠いここまでダッシュで来たのよ…」


サヤカは半ば恨むような視線を向けた。


「え?!マジで?!持って来てくれたの?!ありがとー」


しかし、当の本人はその視線を全く気にしてはいなかった。




「ほら、時間無いから行くよ!!!」


サヤカが駆け出す。


「え?!あ、うん!!」


智穂も駆け出した。



…が、その足はすぐ止まってしまう。


「…?」


見つめる先。


そこには、本棚に差し込まれたまま、ぼんやりと白く輝く本があった。


「ねぇっ!!!」


ドアから顔を出し、サヤカを呼び止めようとする。


しかし、彼女はすでにいなかった。


「ねぇ、なんか光ってる本があるんだけど…」


カウンターの高梨に尋ねる。


「あれが見えるんだ!」


と、興味津々の返事が返ってきた。


「さぁ?自分で見てみるといいかもよ?」


高梨に促され、忍び足でそれに近寄る。


近寄る程、その本が光っているのは目の錯覚ではないことが分かった。


そして今、自分の目の前にその本がある。


「え、マジで? ふぇ?」


本のタイトルは、「ガルダ戦記」。当分前に完結したライトノベルで、一度読んだ事があった。


それを手に取り、開く。


「え?!」


全てのページが、白紙だった。元からそこに活字など無かったかのように、綺麗な紙が綴じられていた。


「…どうなってんの…?」


本はまだ輝いたままだ。呆然としていると、開いたページに文字が現れた。


『本を閉じて床に置け』


「え?」


いきなりのことでどうしたら良いか分からず、戸惑う。


するとその文字が消え、また新たな文字が浮き上がる。


『もたもたすんな!置きゃいいんだよ、置きゃ!』


「なっ…そんな乱暴な言い方ないでしょ!?」


そう言ってから、本に話しかけたことに気づいた。


「何言ってんだろ、アタシ…」


『いいからさっさと置け』




「うわっ?!本が話してる!!!」


返答があったことに驚いた。


「え??何??アタシ、頭おかしくなっちゃったの???」


半泣きで混乱していると、また本が怒った。


『お前の頭のことなんぞ知らん!いいから置け!!!』


「わ、分かった…」


今度は素直に本を床に置く。


すると、本が‘立った’。


「うわっ??!」


そして、文庫サイズだった本が大きくなり始めた。



ミシッ、メリメリッ、バキバキバキ…




智穂は異常な音を立てて変わっていく本を見ていられず、両手で目を覆う。


バキン…


音が止み、ゆっくりと目を開く。


そして、自分の目を疑った。


目の前にあるのは、何百年の時を過ごしてきたかのような、古びた木の扉だった。


「え…?」


好奇心に駆られ、ドアノブに手をかける。


鍵はかかっていなかったのか、すんなりと開いた。


「うわっ」


扉の中は、強くて優しい光に満たされていた。


それは、光の布のベールが掛かっているようだった。


「スッゴイ…」


智穂は目を輝かせながら顔を近づけ、中を覗きこむ。


ゴッ!!!


「ぐっ」


「ぎゃ」


智穂の短い悲鳴と、知らない男の声が重なった。


「痛ったぁ…」


智穂がぶつけた額をさすっていると、男の怒声が聞こえた。


「見ず知らずのドアをノックも無しに開けて中を覗き込む奴がどこにいる!!!」


智穂は怖ず怖ずと頭を上げる。男は癖の強い髪、銀縁メガネ、やるきの無い目、そして見ただけで高そうだと分かる黒いスーツを着ていた。


「そっ、そんなこと言われたって…中が気になったんだもん…」


「そんなこと知らん!!こっちだって覗きこんどる奴がいるとは思ってない!!」


二人のやりとりを見かねたように、高梨が声をかける。


「あのさー、図書室は静かにしようよ。で、今回の仕事はどうだったの?劉一」


智穂は、高梨が男のことを名前で呼んだことに嫉妬する。


「アタシ、『あんた』としか呼ばれたことないのに…」


しかしその呟きは、どちらの耳にも届いてはいなかった。




劉一、と呼ばれた男が答える。


「名前に(グ)が多い奴だったよ」


「あ、そう。で、どう処理したの?」


「抹消。暗殺者<アサシン>の仕業にしといた」



「あんたそのやり方好きだねー」


「犯人が誰か分からなくていいからな。すぐ行方をくらましたことにしとけば」


智穂はキョトンとしてその会話を眺めていた。


「あのー…さ、」


彼女はためらいがちに発言する。


「さっきから、何言ってんのかわかんないんだけど…」


「理解できないか?」


劉一が問い掛ける。


教えてくれることを期待して、智穂は頷く。


「なら、それでいい」


そしてズッこけた。



「…へ?」


「知らないなら、知らないほうが良いって言ってるんだよ」


「ケチッ!教えてくれたっていーじゃんかぁ!!」


劉一は相手にしない。


智穂はむくれて拗ねた。俯いて、頬を膨らませる。


「…ニヤリ」


「…?」


「スキアリーッ!!!」


目にも留まらぬ速さで、劉一の胸ポケットから‘何か’を盗った。


「−!!!」


劉一の顔色が変わる。


「なにこれ?キレイだね〜」


‘それ’は西洋の細身の剣を象った、レターカッターのようなものだった。鍔には凝った装飾がされていて、相当高価であることが窺える。



「へっへー、アタシは文系少女だけど、瞬発力だけは自信あんのよねー。返して欲しかったら…」


「今すぐそいつを離せッ!!!」


劉一は怒鳴り声を上げ、智穂に忠告した。



しかし、それはもう遅かった。



呆気にとられている智穂の掌の中で、小さな剣が光りはじめる。


「うぇっ???」


輝きはどんどん強くなり、智穂を飲み込んでいく。


「ちょっ…これ…」


あまりの眩しさに、智穂はますます混乱した。


「高梨ッッ!!!」


劉一が叫ぶ。


「どうしたの?」


呼ばれた高梨が、カウンターから走ってきた。


智穂の様子を見て呟く。


「これって…やっちゃった?」


「…あぁ。証を盗られた」


「ってことは…」


「あぁ、立会人宜しく」


「…はぁー…」


額に手を当てた高梨が、智穂に向き直る。

その手には、いつの間にか分厚い本が握られていた。


「聞こえてるよねぇ?」


高梨の問い掛けに、智穂はしどろもどろになりながら答えた。


「聞こえてる!!聞こえてるけどこれは何?!このブァーっとした光は?!」


「あんたが証を盗っちゃうからだってぇ〜。実はね、このままほっとくとあんた死」


「聞きたくないッ!!!」


半泣きになりながら反論する。


「…とにかく、先生に任せときなさい。剣を胸の前に当てて」


「こう…?」


自分の命が掛かっていることを知ってしまった智穂は、今までに無いほど迅速に行動した。


「そう。そのまま動いたり、声出したりしちゃダメだからね」


高梨は本を開き、文言を唱えはじめた。


『白羽 智穂、齢十六。‘守り手’鋼内 劉一の認定により、‘観察人<ルッカー>’高梨 哉子の立ち会いの下−』


一呼吸置いたあと、最後の一言を厳かに告げる。


『守り手<セイウ゛ァー>に任命する』


その一言を言い終えた瞬間、小さな剣が智穂の胸を開いた。


智穂は驚きに目を見開いたが、声を出さないという言い付けは守った。


胸に突然出来た穴から、小さな紙のような物が飛び出す。


一枚だけでなく、何枚も、何枚も。


それらには、智穂の過去の思い出が映画のように映し出されていた。


「…」


自分で思い出すことが出来ない程、古い思い出もあった。


「はぁぁ…」


声にならない、ため息が智穂の口から零れる。



紙に映像として映し出されていたそれらが、文字に変わる。


そして、智穂の前で重なり始めた。



バサバサバサバサ…


『製本作業<ブックメイカー>』


劉一が呪文のように唱えると、宙に浮いている紙の束に表紙が現れた。


「その本を手にとって」


高梨が促す。智穂は言われたとおりに本を手に取る。


智穂を包んでいた光は、本に吸い込まれるように消えていった。


「ふぅー…」


高梨は安堵の溜め息をついて、智穂に労いの言葉を言った。


「お疲れ様」


キーンコーンカーンコーン…


「あー、音楽出たかったなぁー…」


半分放心状態の智穂は、うわごとのように呟いた。


劉一が口を開く。


「授業サボるんなら、ちょっと話を聞いてもらおうか。俺達についての話をな」

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