序章◆仕事はいつも大変
薄暗い建物の中、二人の男が向き合っている。
彼らは、面白いほど対照的だった。
片方の男は、ファンタジー小説に出てくるような、甲冑と鎧兜に身を固めている。手には重々しい剣を構えていて、筋肉で引き締まった身体から、歴戦の猛者であることが窺える。
しかし息は荒く、その鎧はひび割れ、身体の至る所から血が流れ出ていた。
もう一方のほうはというと、黒いスーツに身を包み、美しい鍔の形をしたレイピアのような剣を持っている。
少し癖のある髪の頭、銀縁の眼鏡、だるそうな目。
それも、片方の男とは正反対だった。
その鎧の彼が口を開いた。
「なんでだっ…俺は‘覇神’グリードー・グレッグだぞ…」
「あぁ、知ってるぞ。ダガラの戦いじゃ武勇を奮いに奮ったみてーだな」
「この王国には、俺を越える剣士など存在しないはずだ…っ!!」
「まぁ、そらそうだろうな」
傷付き、倒れそうになるのを堪えながら、彼はさらに質問する。
「どういう…ことだ…」
黒スーツの男は答えた。
「ここじゃないとこから来たから」
「何…?」
男を見据えながら、訝しげに眉をひそめる。
「ま、平和な日々を享受できなかったあんたが悪いんだよ」
「何だと?」
黒スーツが言ったその一言が、彼の堪忍袋の緒を切った。
「俺は戦乱の英雄だった!!それが戦争が終わり、世界が平和になったとたん、世界中から軍隊が廃止された!!!」
彼が息を荒げながら怒鳴るのを、黒スーツはげんなりした顔で聞いている。
「俺は戦いが好きで軍隊に入った!なのにその戦いは無くなっちまった!!だから俺は自分から戦いを作った!だが警察隊と戦ってみても相手にならなかった」
彼の目が狂気じみて、ゆっくりと口角が上がっていった。
「だからテメェには感謝しねぇといけねぇなぁ…お前も感謝しろよ?…この俺に殺されるんだからなぁ!」
黒スーツは呆れたような顔になって言った。
「とうとう頭までイカれたか…」
「供養ぐらいはしてやるぜ!ヒャハハハハァ!!!!」
大柄なその身体に似合わないほどのスピードで間合いを詰め、胸に対し平行に構えた剣を突き出す。
「はぁ」
黒スーツのため息。
グリードーを右手の人差し指で指す。
そして、静かに言い放った。
「逆回転卓<リターンテーブル>」
ドスッ。
黒スーツの胴体に、大剣の刃が深々と突き刺さる。
グリードーの顔がにやけた、
のは一瞬のことだった。
同時に、彼の背中から血塗られた剣の先が飛び出した。
「…カハッ」
「ほら、さっさ剣抜けや」
黒スーツがグリードーの腹を蹴飛ばす。
剣を握ったまま、巨体は後ろへ吹っ飛ばされる。
その反動で剣が黒スーツから引き抜かれると、グリードーを貫いていた刃も、身体に吸い込まれるように消えた。
「直接手ェ下すまでもねぇわ」
黒スーツが倒れたグリードーに近づく。
「…何…を…した…」
黒スーツは笑った。
「さあ、何をしたんだろうな」
彼の息が途絶えた。
「時間はできたんだ、ゆっくり考えたらいいさ」
レイピアを拭い、剣先を床に向ける。
「グリードー・グレッグ。酒屋にて酔ったところを暗殺者に殺される。犯人は行方不明」
「物語転換<ストーリー・エクスチェンジ>」
床の下から白く光る活字が現れる。
その文字の配列が変わり、また床に吸い込まれていった。
「あ゛ぁ〜終わった〜」
再び抜いた剣で空を切る。
光る筋が現れて、ゆっくりと左右に拡がっていく。
「さて、帰るか」
黒スーツは光の中に足を踏み入れた。