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固まり守り 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふぬぬ……もう少し背を伸ばしたい……。

 男の成長期は訪れが遅いとはいえ、ぼやぼやしていたら通り過ぎかねないからね。どうにか伸ばそうと必死なんだよ。

 睡眠、運動、たんぱく質。身体をぐんぐん育てる要素は揃えるようにしてるんだけど、いかんせん結果がなかなかついてこない。いやあ、しんどいよねえ。

 これが勉強だったら楽なんだけどさ。解けない問題が解けるようになる瞬間とか、一瞬で自分が切り替わった心地がする。つまりは得点アップという結果に直結するんだ。

 すぐにやったことが反映される。これほどうれしいことは、そうそうないだろう? 対して身長とかは、そうはいかない。

 どれだけ頑張ればいいか、それともちゃんと息を抜いたほうがいいのか?

 安直な答えの本を渡されることもなく、自分の信じた方法をやっていき、生涯でもって答え合わせをするしかない。そのとき、自分は納得できる結果を、心境を手にしていることはできるのだろうか?

 やはりやるからには、望んだとおりになってほしい。そう思うきっかけは、身近に転がっているかもしれないわけだ。

 僕の昔の話なんだけど、聞いてみないかい?



 以前の僕は、そこまで背を伸ばすのにやっきになっていなかった。

 背の高い周りの人が、僕ならぶつからないような高いところに、ごんごん頭をぶつけるところを、見たことがあったしね。ところどころで、かがむことをしなきゃいけない。

 そのような面倒を負うなら、あまり背が伸びなくていいかな、と。

 願いにこたえるかのように、僕の身長は小学校中学年を迎えるころには、ぴたりと止まってしまった。

 心配した両親とともに、一度病院へ行ったこともあるけれど、特に病気とかしているわけじゃなく、そのうち伸びるかもしれませんとのことだったよ。

 その間に、クラスの女子たちが男子たちを追い抜き始める傾向にあったが、どうでもいいと思っていた。いや、むしろやっかいごとが増えて大変になるんじゃないかと、あわれむようなところもあったか。



 朝礼などがあると、僕の立つのはいつも列の一番前だ。

 これもまた、いいことじゃないかと思っていた。誰にも邪魔されずに、壇上へ立つ人を見られるのは、わずらわしくなくていい。

 きっと後ろへ行けば、目の前に誰かの背中あり。前を見ようにも誰かの頭あり。

 その服、その頭にほこりとかがくっついているのを見つけて、声をかけようかどうしようかと、気をもむことになるかもしれない。

 一番前ならそれはない。見られてやましいことをしているつもりもない。ずっとこの位置でありたいものだ。

 このころまでは、そう思っていたのだけど。


 とある集会終わりのことだ。

 僕たちのクラスだと、朝礼台の真ん前に列ができる。運動場の中央部、トラックとして扱えるように、丸く渡してあるロープ。その内側に、各クラスの先頭はつま先を合わせて、後ろに他のみんなが並んでいく。

 その日の集会は、話が終わるまで一歩もそこを動かなかった。はじめにそこへ立った時には、何もなかったはずなんだ。

 それが昇降口で靴を脱ぐとき、つま先当たりの靴裏から付箋を思わせるような、長方形のはみ出しを見つけたんだ。


 紙が引っ付いたのかと、初見では思った。

 しかし、かがんで手をやると、その端でぽろりと細かい粒がはがれて落ちていく。それは毎日の食卓、茶碗の中でお目にかかるもの。

 ご飯粒だったんだ。そしていま、靴裏からはみ出ているのは、お餅になりかけている固まった粒たちの集まりが成すもの。

 靴をひっくり返せば、そのつま先あたりの溝の大半が埋まってしまうほどに、米粒のペーストがくっついていたんだ。

 大半が端からぺりぺりとはがれるも、残りの溝に挟まっているものは、靴を地面にたたきつけても、簡単にはとれず。拾った木の枝を差し入れて、ほじくり出していく羽目になったんだよ。


 誰かのいたずらを、見逃したんだろうかと、このときは思った。だからクラスで移動して整列する際に、足元には十分に気を付けたつもり。

 でもダメだった。逃れられなかった。

 外履きに限らない。上履きだったとしても、みんなで並ぶことがあったときには、底があの米粒のようなもので埋まる。

 形は確かに米だけど、食べて確かめたわけじゃないし、形状が一番近いものを僕の脳みそからはじき出しただけに過ぎない。


 ――こいつは、いったい何なのか?


 誰かのいたずらという線は、もはや僕の頭の中から消えている。

 少しでも視線を外すことあれば、待っていたとばかりにこいつらは姿を見せてきた。放っておけば靴のつくたび、こいつらがもちもちと、足元の床や地面にひっついて心地悪さをかもしてくる。

 靴を取り換えてみたけれど、結果は同じだ。真新しい靴底へ入り込む米たちは、どこから来るのか……。


 気味悪さを覚え始めてから、ひと月半が経った集会で、その一端を目の当たりにする。

 今度こそ原因を突き止めようと、整列が済んでから僕はしきりに足元を気にし、足踏みもしきりにしていた。底にひっつくものに、少しでもその隙を与えまいとね。

 でも、そのような動きがいつまでも許されるわけがなく、先生に止められる。やむなく、じっとして校長先生の話を聞き始めたのだけど、今日はどこか変だ。

 校長先生のことじゃない。自分の足元のあたりが、だ。


 妙に汗をかいている。靴の中、靴下の裏側。足の裏全体がだ。

 運動していると、ときたま背中を汗が伝いつつ、熱を帯びるような感触を覚えることがある。個人的に、脂肪が燃え始めた証拠と思っていたけれど、同じようなものが両足の裏から走り始めたんだ。

 下を向きたい衝動に駆られるが、真ん前でそのような目立つことは勇気がいる。僕はなお我慢するが、長続きはしなかった。


 ぬるりと、両足の表面を何かがなでる感触。

 それらは瞬く間に駆け上がり、脛、ひざ、ももを両方同時に駆け上がり、僕のまたぐらにまで至らんとする……!

 声をあげて、飛び上がっちゃったよ。周りの目線が、いっせいにこちらを向いて、先生もいったん話を止めてしまう。

 原因はすぐに分かった。僕の立つ足と足の間に、長い木の根っこ。それをひっくり返して二股に分かれたようなものが、突き出ていたからだ。

 おそるおそる触ってみると、そいつの茶色い表面が瞬く間に白く変わったかと思うと、ぽろぽろと細かく砕けながら、地面へ飲み込まれていったんだ。あの、靴底にはさまっていたものと同じやつさ。


 あっという間に消えたそれらを追って、先生方が僕のいたところの足元を掘り返してみたけれど、同じようなものは見当たらない。

 僕は直感的に悟ったよ。あいつは定位置を守り続ける僕の足元で、滋養を得ていたんだとね。それが回数を重ね、ああも見事に育ったんだろう。

 外に出る時はもちろん、体育館などでも板越しに僕を感じながら……。

 

 僕は先生に整列の位置をずらしてもらうよう申し出て、了承をもらった。すると、あいつはもはや姿を見せなくなっていたんだ。

 更に、身体測定の時、ほとんど変化が見られなかった昨年に対して、その年は皆に比べて緩やかではあるけれど、確かに背は伸びていたんだ。

 あの成長が止まったときから、僕は目をつけられていたんだろう。なら、僕ももっと別の場へ動き続けていかねばならないと、そう思うのさ。


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