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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

身代金1200円

作者: イトー
掲載日:2023/02/12

 緻密ではないですがブラック企業、激務、憂鬱、自殺などをイメージする描写があります。

 ご注意ください。

 薄暗い部屋で椅子に縛り付けられ、目隠しをされた男は、猿ぐつわを外された。


「ん、ぷはっ! お前ら、この俺にこんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」


「さすがは大企業の社長だけあって気丈だな」


 わめく男、高級なスーツに身を包んだA氏は誰もが知る有名外食チェーンの社長だ。

 その周りには覆面をした数人の男がいた。


「俺を誘拐したのは身代金目当てか」

「その通りだ。もう脅迫状は送ってある」


「いくら要求した」

「1200円」


「は? せん、今なんと言った!?」


「1200円だ」


「ふざけてるのか! 普通なら1億でも5億でも、いや俺が人質ならもっとふっかけてもおかしくないはずだぞ!」


 覆面は無視して、

「社長を返してほしければ、決められた日時に所定の場所に封筒に入れた金を置け。そう書いた脅迫状を副社長宛に送ってある。グループの上層部と幹部で対応を決めてくれと書き添えてな」


「ふん、送る相手を間違えたな。副社長をはじめ上層部は(みな)、俺が昔から仕事というものを1から叩き込んだ忠実な部下で、忠誠心も厚い。あいつらはすぐに最善の選択をし、俺はすぐに解放されるだろう。そのあと、お前たちが捕まるのは時間の問題だ!」





 数日後、副社長が記者会見を行った。

「本日、弊社社長Aが山中で亡くなっているのが発見されました。警察の捜査によりますと、山歩き中の崖からの滑落死であるとのことで事件性はないそうです。突然の出来事に社員一同、驚きを隠せません。従業員の精神的なショックのケアを手厚く行うとともに、ご愛顧いただいているお客様にはより一層のサービスに努めますので、これからも弊社をどうぞよろしくお願いいたします」



 脅迫状にはこう書かれていた。

「金を払えば社長は生きて返す。さもなければ誰にも知られず、一切の証拠や痕跡を残さず、事故に見せかけて始末する」


 副社長と幹部は話し合い、満場一致で身代金を支払わないことに決定した。

 なぜなら。


 A氏はまさに暴君と呼ぶに相応しい男だった。

 従業員へのサービス残業、無給の休日出勤を強要、現場をまったく顧みない人員削減など、それが当然であるかのごとく振る舞った。


 激務で心を病んだ者には、やる気がない、情けないと厳しく叱責するように指示を出し、人格否定の罵詈雑言は当たり前だった。


 過労死や自殺者が出ても、本人に原因があり、会社にはなんら責任はないと開き直った。


 経営方針を少しでも改善してほしいと進言したものは、自分に逆らったとして降格、左遷、ときには適当な理由をつけて解雇した。


 副社長や幹部たちは、若手の頃から「指導」の名のもとに、虐待としか言えないしごきや研修を受けさせられてきた。

 同期で鬱病を発病し、辞めていったものたちは2人や3人ではきかない。


 会社での肩書きは実質名前だけであり、決定権はA氏が独占。

 彼らに忠誠心などはなく、ただただプレッシャーと恐怖で支配されてきた。


 その悪らつなワンマンぶりに頭を悩ませてきた副社長のもとに例の脅迫状が届いた。

 2つの選択肢、信憑性は別として、自分たちが心身ともに解放される好都合なほうを選ぶのが、人情というものだろう。


 こうして()()()()()をした彼らは、新たな人事で経営方針を一新させ、会社は従業員にとっても顧客にとっても素晴らしいものへと生まれ変わった。



 一方、崖から落ちた、とされるA氏は全身骨折を負ったが、しばらくは生きていたらしい。

 助けを呼んでも呼んでも、周りに助けてくれる者などいない。


 その様子はあたかも、人員を減らされ、助っ人も来ず、少人数で無茶な職場を回さねばならなかった、従業員の苦しみの声を体現させられているかのような最期であった。



 最後に。

 身代金の額は、心を病んで自殺した、ある従業員の深夜バイトの時給と同じだったという。


 誘拐犯のグループはその遺族か、知人、友人であったのだろうか。


 それは誰にも分からず、その行方はようとして不明のままである。

 この作品はフィクションです。

 特定の企業、人物、事件をモチーフにしたものではありません。

 今までの職場(外食系ではない)で嫌な経験があったことを膨らませて、書いてみました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悲惨な事件ではありますが、「因果応報」という言葉が頭に浮かびました。 A氏は最期の瞬間になってようやく、自分が駒や奴隷のように扱ってきた人たちの気持ちを思い知ることになりましたね。
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