孤独死
私は会社の最寄り駅から2つ目の駅の近くに部屋を借りている。
若いときは残業のあと最終電車で隣県の自宅まで帰宅してもなんとかなったが、60近くなった今では身体が悲鳴を上げるので無理。
それでワンルームマンションを借りて残業があった日、1週間に1度くらいだが此方に寝に帰っている。
と言っても、医者に身体に悪いから食べては駄目と言われ妻も食卓に上げてくれない、私の好物が食べたくなった時も此方に帰宅している、まあ、そういう日は2〜3カ月に1回程度だけどな。
でも今日から1週間は大好物の食い放題。
妻が高校生の頃から仲の良い友人等と海外旅行に出掛けたからだ。
娘が食事の仕度や掃除をするため家に来ると言ってくれたが、妻の手料理が食えないのなら自宅まで帰るのが億劫だと言い、ゴールデンウィーク中の1週間をこの部屋で過ごすことにした。
と言う訳で今日の晩御飯は、普段食べさせて貰えない雲丹やイクラの軍艦巻きのお寿司に雲丹の刺し身、それらを肴に酒を呑んでいる。
基本寝に帰るだけの部屋だからテレビは置かずラジヲだけ、そのラジヲからは子供の頃から応援している野球チームの試合の実況放送が流れていた。
ラジヲのボリュームを心持ち上げると、隣の部屋からも同じ放送が流れて来る。
隣の部屋の住人、通いの管理人さんに聞いた話では、私と同年代の男性で在宅の仕事をしているらしい。
あった事はないのだけど、応援している野球チームが同じで、朝や夜聴いているラジヲ放送も同じと趣味が一致している。
だから多少音量を上げても文句を言われない。
偶に寝ているのかラジヲ放送が聴こえて来ない時もある。
でも此れはお互い様で、私が寝ている時に隣室からラジヲ放送が聴こえて来る事があるけど、私は夢心地で聞いているからお隣さんも同じなのだと思う。
久々に外出する事にした。
在宅でできる仕事のせいか出不精ぎみで2〜3週間ぶりの外出。
部屋から通路に出ると、隣の部屋に警察官が出入りしていて、50代後半らしい女性が泣き叫んでいる。
「お父さん! お父さん! ごめんなさい!
私が旅行に行ったばかりに…………」
管理人さんと管理会社の社員の1人が泣き叫ぶ女性を慰めていた。
別の社員に何があったのか聞く。
「ちょっと、ちょっと、何があったんだい?」
「孤独死です。
連休中奥様が旅行に行かれてる間、この部屋で過ごそうとしたらしいのですが、残っていた食事等から最初の日に亡くなったみたいなんです」
「連休の最初の日って1週間ちょっと前だよね、あれ? じゃあ、此処1週間、ラジヲのチューナーを回したりボリュームを操作したりしていたのは誰なんだ?」