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戦闘員、ボコボコにされる

 ジントが戦闘員2号とアンリエッタのいる場所到着したのは、レッドオーガとの戦いが終わって数分後だった。


「パパ!」


 アンリエッタを救助しに来たのは、ジントだけではない。

 魔の森に飛んで行くアンリエッタを見た大人達が直ぐに動き、救助隊を編成してくれたのだ。


 救助隊にいるのは、自警団のトシゾウと後輩のシトウ、狩人のクーイの三人と、アンリエッタのぶっ飛び事件を知らされた父ロイドが加わっていた。


「アンリ! 無事かい? 怪我はない?」


「もう、パパ大丈夫だよ。心配し過ぎだよ」


 アンリエッタはお父さんっ子だ。

 父親であるロイドは博識で、村の中でも重要な存在となっている人物だ。特に女性からの人気が高く、村長の言うことを聞かない人でも、ロイドが言えば頷くほどだ。


 誰に対しても人当たりが良く、優しくてカッコいい父がアンリエッタの自慢の一つになっていた。


「そうか、それは良かった」


「パパ?」


 ニッコリ笑顔のロイドはアンリエッタを抱き上げると、脇に抱えて手を振りかざす。

 そして、勢いよく降ろされた掌は、アンリエッタの小さいお尻を直撃して、パァーンと軽快な音を立てる。


 つまり、お尻ぺんぺんだ。


「痛い! やめてよパパ! 私なんにもしてない!?」


「何も?」


 何度も音が鳴り響き、アンリエッタのお尻は叩かれる。

 ロイドに対して訴えるが、火に油を注いだように、更に激しくなってしまう。


「アンリ、パパ言ったよね、危ない事しないでって。魔法も無闇に使っちゃいけません!」


「ごめんなさ〜い! パパゆるして〜!みんな見てるよ〜!」


 パパパパンッと連打する音が響き、他の面々がアンリエッタを見ていたかというと、そんな事はない。

 ロイドがアンリエッタを叱る姿は、村ではよく見かける光景で今更気にしたりしないのだ。


「……これは…アンリエッタがやったのか?」


 大きな氷像、レッドオーガを見てトシゾウは驚いていた。

 このレッドオーガは、調査しに中層まで行った際に見かけたオーガで間違いない。


 氷に閉じ込められてもなお、その存在感は健在で、見る者に恐怖を与える。

 その姿を見た誰もが息を呑む。


 トシゾウの問いかけに、涙目のアンリエッタは首を振って否定する。


「じゃあ誰が?」


「…教えてほしい?」


 アンリエッタはケツを捌かれながら、なぜか上から目線で問いかけてくる。

 痛みに慣れたのか、余裕の表情だ。


「勿体ぶってないで教えろ、これの処理も考えなきゃなんねーんだ」


「いやよ」


「なに?」


「教えてほしい態度には見えないわね。 …まあいいわ。私のお願いを聞いてくれたら教えてあげるわ」


「なんだよ、金か? 10エドで良いか?」


「安いわよ! 違うわ、今はお金なんて必要ないの」


「じゃあ何だよ」


「パパを止めて、そろそろお尻が限界よ」


 軽快なリズムで叩かれる尻は、すでに倍の大きさまで腫れ上がっていた。アンリエッタのお尻は痛覚を失うほど成仏仕掛けているのだろう。


「ロイドさん止まってくれ。他所の家の教育に口出しする気はないが、その尻はヤバい」


「ははっ、大丈夫ですよトシゾウ君、後でソフィに頼んで回復してもらいますから。 それに、まだ127回残っているんで、邪魔しないで下さいね」


「うっ、お、おう」


 ロイドの笑顔の圧力に屈して、トシゾウは止めるのを諦めた。


「待って!何で簡単に諦めてるのよ!? 私の可愛いお尻がピンチなの! 誰か助けて!?」


「往生際が悪いよアンリ。ダメな事をする度に、一回増やして行くって言ったじゃないか。お尻ペンペン237回、しっかりと反省しなさい」


「いや!いやよ! 誰か助けて! いいの、誰がオーガをやったのか分からなくなるわよ!?」


「あっそれ僕知ってます」


「ジントー!?」


 幼馴染のまさかの裏切りに驚くアンリエッタ。

 そんな、信じてたのに。

 私のお尻がどうなってもいいの?

 いけない事する時は、いつも一緒だったじゃない。

 クロウのお菓子を取ったり、村長のツルピカヘッドに毛虫を落としたり、3バカ相手に魔法ぶつけたのも、生意気な芋娘にドロップキックしたのも…etc.etc ぜんぶ全部一緒だったじゃない!(全部アンリエッタ)

 よくも、よくも!


「裏切ったわねー!!」


「はいはい、続けるからね」


 無慈悲なロイドは、アンリエッタのケツ叩きを再開するのだった。




 ジントには戦闘員との繋がりがある。

 召喚主だから当然なのだが、どこに戦闘員がいて、何をしているのか、大まかにだが把握している。

 だからこそ、アンリエッタがどこにいるのかが分かり、この広い魔の森でも、真っ直ぐに向かうことが出来たのだ。


「これをやったのは、恐らく戦闘員2号です」


 この発言に驚きは無かった。


 アンリエッタの元に真っ先に向かったのは戦闘員2号であり、尻を叩かれながらも、チラチラと2号を見ていたので、誰もが予想していた。


「どうやったのかしら? ジント君はどうやったか分かってるの?」


 氷をコンコンと叩きながら確認しているのは、獣人の女性のシトウだ。

 シトウは猫族の獣人で、斥候を得意としており、装備もそれに合わせた動きやすい革製の物を使用している。

 自警団に所属しているが、結婚はしており一児の母でもある。

 

「ごめんなさい、そこまでは…」


「そう。 少なくとも、ジント君の召喚獣は魔法が得意なようね」


「……」


 ジントはシトウの意見に答えれなかった。

 戦闘員が魔法を使っているのを見たことはあるが、それは生活する中で使用する一般的なものに限られており、戦いに使う魔法を見たことがなかったからだ。

 それに、戦闘員は剣が得意だと思っていたのも大きい。


「お前ら、アンリエッタを見つけたんだ。早く戻るぞ、モンスターが集まって来ている」


 黒髪短髪の男、狩人のクーイが周囲を警戒しながら忠告する。

 背中に矢筒と弓矢を背負っているが、手には短刀を持っており、いつでも敵襲に対応できるようにしている。


「ゴブリンでしょ、問題ないわよ」


「戦わないに越したことはない、リスクは最低限にするべきだ」


「オーガの処理もあるし、直ぐは無理よ。それとも置いて行くの?」


「ここは戻るべきだ。目的はアンリエッタの救助であって、モンスターを倒すことではない」


「むー。トシゾウさんはどう思う? あなたの判断に従うわ」


 合わない二人の意見を聞いていたトシゾウは、考えるように腕を組む。

 このメンバーのリーダーは、自警団副団長であるトシゾウだと自然となっていた。

 頼れる存在でもあるが、何よりもトシゾウの持つスキル〝直感″は魔の森での危機を何度も回避して来た実績を持っている。


「……戻ろう。嫌な予感がする」


 二人はその判断に頷いて了承する。

 ジントも何も言わない、ここで意見を言ったとしても足を引っ張るだけだと分かっているからだ。


「…ロイドさんもそれでいいか?」


「大丈夫ですよ。今終わりましたから」


 手を拭きながら事も無げに言うロイドは、尻から湯気を出してくたばっているアンリエッタと相まって、どこかサイコパス的な要素を含んでいるのではないかと警戒させる。


「そ、そうか、じゃあアンリエッタをロイドさん頼めるか?」


「あっ!戦闘員1号が背負うって言ってます」


「ああ、じゃあ頼んだぞジント」


「あっ!? 待って、優しくして、もう限界なの」


 触られると激痛が走るようになった尻を気遣って、戦闘員1号はそっと触れないようにしながらアンリエッタをおんぶする。


 こうして、レッドオーガを置いてこの場を去ろうとする面々であるが、最後にジントが氷像を見ると、動かないはずのレッドオーガの手に赤黒い炎が灯った。





 氷に閉じ込められて、かつての出来事を夢に見る。


 レッドオーガは生まれながらにして強者だった。


 レッドオーガを産んだ母体は、出産と同時に命を落としている。

 それは、難産やウィルス感染症によるものではなく、レッドオーガが母体の腹を食い破って出てきたからだ。


 レッドオーガは産まれる前から意識があった。

 これは早熟なモンスターの中でも異常な事で、特別なモンスターである証明で、同族の中でも恐れられる存在となる。

 固有種、変異種、亜種、いろいろと呼び方はあるが、他の個体と隔絶した力を持っていた。


 レッドオーガは孤独だった。

 母の命を奪ったことで、同族から怖がられているとか、仲の良い者がいなかったからではない。持って生まれた力が強すぎ、同族が弱すぎて相手にならなかったからだ。


 身体能力では、レッドオーガは他の追随を許さないほど差があり、特殊な技を使ってくる個体も、持ち前の身体能力で圧倒していた。


 群れの中に相手のいないレッドオーガは、外に敵を求める。


 レッドオーガがいるのは、人が言うところの魔の森の中層。

 この中層に住まう他のモンスター。一角大猪やトレント、リザードマンや泥沼大蛇などのモンスターと戦ったが、どれも同族のオーガにも劣る力しか持っていなかった。


 これでは足りないと、強者を求めて下層に足を踏み入れる。

 同族が危険だと止めてくるが、煩わしさから一体のオーガを血祭りにして黙らせ、その後は文句を言わせないようにした。


 こうして、たどり着いた下層は、レッドオーガの期待する以上の世界だった。


 敗北を味わった。

 完敗だった。

 次元が違った。

 同じ舞台に立てなかった。


 そして、命からがら中層に逃げ帰ったレッドオーガに待っていたのは、思わぬ出来事だった。


 瀕死の重傷を負い、下層に入って数日で戻ったレッドオーガを群れは迎え入れなかった。

 それどころか、命を狙って来た。


 逃げた。逃げた。屈辱を味わいながらも、必死に逃げ出した。


 上層まで逃げ切り、手頃なモンスターを食して傷を癒す。

 生命力の強いオーガならば、骨が砕けようが内臓が破壊されようが3日もあれば回復出来る。

 

 …はずだった。


 何日経っても、傷が癒えることはなかった。


 何十日経っても、癒えることはなく、痛みを耐えて生きていた。


 何ヶ月経っても変化がないのを見て、傷はもう癒えないのだと思うようになった。


 レッドオーガは知らないが、傷が治らないのは、下層で戦ったモンスターから受けた呪いが原因だ。治癒能力を阻害する呪い、徐々に体力を奪い死に至る呪いを受けていた。

 その呪いを受けてもなお生きているのは、単純にレッドオーガの生命力の強さが凄まじかったからに他ならない。



 上層で暮らすようになって随分経った。


 上層にいるモンスター程度ならば、負傷したレッドオーガでも簡単に倒すことが出来る。だが、日に日に弱って行くレッドオーガの存在を、他のモンスター達も気付いており、群れを成して襲ってくることが増えていく。


 負けることはない。それでも、無傷で勝てるほど甘くもなく、少しづつだが死に一歩一歩近付いていた。



 傷は治らず、血は流れ、内臓は傷付き、何箇所も骨折した状態でもレッドオーガは諦めず戦い続けた。

 己が死ぬのは分かっていた。

 いずれ限界が来るだろうと察していた。


 だが、転機は訪れる。





 魔の森の深層で、モンスター同士の争いが起こった。


 天狼。巨大な体に鋭い爪と牙、その毛皮は物理攻撃、魔法攻撃に強い耐性を持ち、その目は黄金に輝き他者の行動を予知する魔眼を持っていた。

 空を駆け、闇を操り、万物を喰らい尽くす。

 そう称される天狼が相手にしたのは、一体の猿型のモンスターだった。


 幻王大猿。三つの頭を持ち、四本の手と四本の足、二本の尻尾を持つ。幻で惑わし、風と毒を自在に操り、姿を変化させて影に潜み、空を飛ぶことも出来る。

 見る者を惑わし、多様な攻撃手段で、無双する。

 人では抗えない圧倒的な力を持った二体のモンスターが争い始める。


 この二体の激突は三日三晩に及んで繰り広げられた。


 戦い結果は、天狼に軍配が上がったが、片目と片足を失ってしまった。


 では幻王大猿はというと、顔を二つ失い、手足を半分にされ、風を操る能力を失いながらも、何とか生き延びていた。

 生き延びた幻王大猿は下層に逃げ込み、身を潜め傷を癒す。


 ここで、下層に逃げたのが幻王大猿だけならば問題無かった。

 だが、幻王大猿は王だ。

 変幻猿と呼ばれるモンスターの群れの王だ。


 幻王大猿が移動すれば、その配下の変幻猿も着いてくる。

 千を超える群れが、深層で戦ってきたモンスターの群れが下層に移動して来たのだ。


 モンスターは圧倒的な強者と戦ったりしない。

 縄張りが荒らされて戦うのは、勝てる見込みがあるか、相手の力が分からないかのどちらかだ。


 では、深層のモンスターが群れを成して襲って来たらどうするか。


 本能に従って逃げる。

 ひたすらに、新たに住める場所を探して、浅い層へと逃げて行く。


 こうして起こったのが、12年前のスタンピードだった。




 レッドオーガは、その日も体の痛みで目を覚ました。


 変わらずに傷を負った状態で、回復する兆しは無かった。


 遠くから多くの足音が聞こえて来る。

 また他のモンスターが襲って来たのかと思い、ふらつく体を支えて寝ぐらから外に出ると、いつもとは違うピリついた空気を感じ取った。


 何が起こっている?


 痛む体で木の上に登り、目を凝らして先を見る。

 そこには、中層に住む何万というモンスターが群れを成し、上層に向かって移動して来ていた。

 更に、中層のモンスターの奥には、下層で見たモンスターもいる。


 その中に、レッドオーガをこのようにしたモンスターを発見した。


 木に捕まり支えていた手に力が篭る。

 バキリと音が鳴り、木を握り潰したのだと理解した。

 支えを失った体は地面に落下する。

 体を反転させて着地すると、迫るモンスターの波に向かって走り出した。


 体の痛みは脳で分泌されるアドレナリンで誤魔化し、顔に笑みを浮かべて駆け抜ける。


 もう無理だと思っていた。

 殺したい敵と会えないと思っていた。

 それが向こうからやって来たのだ。

 この機会を逃す理由はない。


 前回敗れたときよりも更に絶不調な今だが、やられっぱなしは性に合わない、どうせ死ぬなら一矢報いてやろう。


 心に復讐の炎が灯る。



 スタンピードは、森の木々を押し倒しながら進んでくる。

 ここで待っていれば、数の暴力となったモンスターに木々同様、押し潰されてレッドオーガは終わるだろう。

 それでも、逃げることはなかった。


 やがて、モンスターの波と衝突する。

 先頭は一角大猪やリザードマン、グリーンエイプ、泥沼大蛇の中層に生息するモンスター。

 次がトロールやミノタウロス、グリフォン、ヒポグリフなどの下層でも中層寄りに生息するモンスター達。


 そして、その先にいるのが、レッドオーガが殺したいと願い続けたモンスターだ。


 薄汚いローブを纏い、胸には黄金のネックレスが下げられ、肉の無い白く細い足と腕、三つ目の骸骨頭を持つモンスター。


 死霊王(リッチ)


 リッチは空中を移動しながら、周囲のモンスターを捕食している。

 捕食と言っても、本当に食べているのではなく、エナジードレインにより致死レベルまで体力を奪っているのだ。


 レッドオーガはリッチ目掛けて、モンスターの波を逆走する。


 一角大猪を一撃で屠り、リザードマンを蹴り飛ばし、泥沼大蛇を足場にして空中を舞う、ヒポグリフに襲われて地面に逆戻りするが、運良くトロールの上に着地した。

 レッドオーガが落下した衝撃で倒れたトロールは、そのままモンスター達に踏み潰されて絶命する。

 深い傷を負わないですんだレッドオーガは、次のモンスターを足場にリッチに向かって跳躍する。


 横切るグリフォンに隠されて、リッチはレッドオーガに気付いていない。


 この奇襲に失敗すれば死ぬ。

 成功しても、続くモンスターの波に飲まれて死ぬ。

 どちらにしろ死ぬ。


 ならばと全身全霊を拳に賭ける。


 無心に力を込める。

 全てを出し切ろうと、己の全てをぶつけようと、全ての意識を拳に集中させた。


 レッドオーガは魔法が使えない。

 膨大な魔力を保有しているが、その優れた身体能力故に魔法を必要としていなかった。


 だがここで、死を覚悟したレッドオーガは魔力に目覚める。

 意識した訳ではない。

 結果としてそうなっただけだ。



 拳に赤黒い炎が宿る。

 何千度という温度が、目の前にいるグリフォンを焼き殺す。


 突然の魔力の発生にリッチは上空を見上げると、そこで、両者の目が合った。


 リッチはアレは危険だと判断し、即座に魔法を展開する。

 無数に浮かぶ魔法陣からは、多様な魔法が次々と放たれる。通常のオーガであれば、一撃で絶命するほどの威力が込められており、これで十分だろうとリッチは判断した。


 これで、最大級の魔法を放っていれば結果も違っていただろう。


 空中で身動きの取れないレッドオーガは、幾つもの魔法が突き刺さりながらもリッチに向かって下降する。

 片腕を切り飛ばされ、片足を蒸発させられた。

 片目を潰され、腹を抉られた。


 間違いなく致命傷の攻撃を受けながらも、リッチを倒すという意志が揺らぐことはなかった。



 止まることなく、軌道を変えることなく降下したレッドオーガは、炎を纏った拳を振り下ろした。


「ガアァァーーー!!」


 閃光と共に爆発。

 辺り一体が吹き飛び、大きなクレーターを作り、リッチ他、下層に生息していたモンスターの大半が蒸発した。


 この一撃に全ての魔力と殆どの生命力を注ぎ込んだレッドオーガは、クレーターの中心地で倒れ、気を失っていた。





 氷に閉じ込められて、昔の出来事を思い出す。

 力の使い方はどうだったか。

 あの時の感情はどうだったか。


 ああ、そうだ。

 あの感情は怒りだ。






 ジントはレッドオーガと目が合った。

 氷に閉じ込められて動けないはずなのに、確かにジントを見ていた。


 戦闘員1号が危機を察してジントの前に立つ。

 背負っていたアンリエッタは落とされて、尻に留めのダメージを受けていた。


 アンリエッタの「キュオー」の泣き声と共に、レッドオーガを閉じ込めていた氷が砕け散った。


 この場にいた者は、直ぐに状況を飲み込めないでいる。

 いや、戦闘員1号だけは状況を理解して、即座に行動に移していた。


 レッドオーガが自由を取り戻した。

 アレは危険だ。排除する。


 戦闘員1号はレッドオーガにチョップをかます。

 ただのチョップではない、一角大猪程度ならば真っ二つに出来る威力を込めたものだ。


 だが、それではレッドオーガの頑丈な肉体にダメージは通っておらず、逆にその手を掴まれると、まるで人形のように振り回されて地面に叩き付けられた。


 そこで、ようやく状況を理解した者達が動き出す。


「構えろー!!」


 トシゾウの声に反応して、武器を手に取り構えると即座に行動する。


 狩人のクーイが弓を射ると、トシゾウがジントの襟首を掴み後ろに放り投げる。

 シトウが双剣を抜き、猫族のしなやかな体を活かして連続でレッドオーガを斬りつける。

 それに続くように、トシゾウが全力で大剣を振り下ろすが、それらは全て片手で塞がれてしまい、大剣に至ってはレッドオーガに掴まれてしまう。


「なっ!?」


 力比べを試みるが、びくともしない。

 レッドオーガがトシゾウに意識が行っているのを隙と見て、頭部に向けて矢を射るが、首を傾げるだけで避けられてしまう。


 トシゾウは危険を感じて大剣から手を離し、バックステップでレッドオーガから素早く離れると、そこを凶悪な蹴りが通過する。


「皆さん離れて!」

 

 声を上げたのは白銀の男性、ロイドだ。

 練り上げた魔力を魔法に変換して、力を行使する。


 大量の土が竜の顎を形作り、周囲の土砂を巻き込みながらレッドオーガに襲い掛かる。


 だが、レッドオーガも待っているだけではない。


 かつて、リッチを倒した時の感覚を思い起こす。

 全身全霊をかけた一撃だった。

 初めて魔力という物を使用した一撃だった。

 怒りに満ちた一撃だった。


 体内に巡る力を右腕に集中させる。

 すると、腕に赤黒い憤怒の炎が宿り、どんな物でも破壊する暴力が完成した。


「シィ!!」


 竜の顎と炎の拳が衝突し、辺りに衝撃が走り、大量の砂埃が辺りに充満する。

 互いの姿が見えなくなっているが、ロイドは更に次の魔法を発動する。


 見えなくても感じてしまう。

 圧倒的なまでの魔力を、全てを破壊する炎を感じていた。


 空から竜巻が降りてくると、砂埃を含めた土砂を巻き込んでいく。中にはトシゾウの大剣も含まれているが、それも仕方ないだろう。


 これで、レッドオーガを遥か上空まで吹き飛ばす。


 そう、意気込んで発動した魔法だが、レッドオーガは微動だにせず竜巻の中心で腰を落とし、どっしりと構えていた。


 レッドオーガの右腕に宿った炎が、火力を増して激しく燃え上がる。そして、アッパー気味に右腕を突き上げると、炎が巻き上がり竜巻を構成する魔力を内側から破壊して、竜巻をそよ風へと変えてしまった。


「馬鹿な!? ロイドの魔法が敗れたのか!」


 トシゾウはロイドの魔法が、どれだけ強力なのか知っている。

 ハシノ村の中で最も優れた使い手で、国内でも上位に入る魔法使いだと、ジグロに聞いたことがあるのだ。

 それが敗れた。

 それは、ここにいる自警団や狩人の者達では、手に負えない事を意味していた。


 ロイドの力がどれ程のものか知らない者達でも、今の光景を見て驚き、絶望が手招きしているのを幻視する。


「まだです!」


 まだ二度魔法を使っただけだ。

 諦めるには早いと、更に魔力を練り上げる。


 しかし、それを許すほどレッドオーガは甘くはない。

 次の魔法が放たれる前に、一番厄介なロイドを始末しようと動き出す。


「ロイドを守れ!」


 トシゾウは予備の短刀を取り出すと、レッドオーガに斬りかかる。攻撃を仕掛けたトシゾウだが、直感が働き頭ひとつ分体勢を低くした。

 すると、その位置をレッドオーガの拳が通過する。


 伸び切った腕を掻い潜り、更に踏み込もうとするが、頭が爆ける死のイメージが鮮明に浮かび、思わず距離を取ってしまう。

 そのイメージは正しく、腕から噴き出た憤怒の炎が辺りを焦がす。


 引いたトシゾウに代わり、シトウが双剣を巧みに扱い、持ち前の身体能力を活かしてレッドオーガに斬り結んでいく。

 斬り。

 薙ぎ。

 突き。

 避けると、突き出された腕に双剣を合わせて傷を入れる。

 だが、その傷は浅く、オーガの治癒能力により即座に癒えてしまう。


「無理でしょこれ!?」


 恐ろしいほどの頑丈さと回復力を前に、ぼやきが口から出て来る。


 レッドオーガはというと、まるで羽虫を払うように手を振ると、それはシトウの腹部に直撃しシトウを木に叩きつける。

 内臓にダメージを受けたシトウは、吐血して動きを止める。


「ぐっ!?」


「シトウッ!?」


 口から吐血するシトウの元に行きたいところだが、状況がそれを許さない。

 覚悟を決めたトシゾウが、レッドオーガに向かって行く。

 クーイが矢を射て、援護射撃をしてくれるが、そのどれもがレッドオーガの体表にかすり傷を付けるだけで地面に落ちてしまう。


「くそっ!」


 目眩しにもならない攻撃に悪態を吐く。

 それでも、僅かだが、レッドオーガの気がトシゾウから逸らすことに成功していた。


「うおぉー!!」


 トシゾウが全力で魔力を込めた一撃は、レッドオーガの腹に突き刺さる。そのまま短刀を捻り、上半身を掻っ捌いてやろうと力を込めるが、突き刺さったまま動くことはなく、いくら力を込めても微動だにしない。


 直感が早く逃げろと訴えかけて来るが、それを無視して必死で力を振り絞る。

 そんな中で、無視できない視線を感じて顔を上げた。


 そこには、怒りに満ちた鬼の顔があり、左の拳がトシゾウを襲おうとしていた。


 鈍い音が辺りに響く。

 トシゾウは最後まで生き延びようと、後ろに飛び衝撃を逃がそうとしていた。


 最後まで足掻いた。

 それは間違いないが、それでは足りなかった。


 レッドオーガの拳で殴り飛ばされたトシゾウは、トラックで轢かれたように宙を舞って地面に叩き付けられた。


 一命は取り留めたが全身の骨が砕け、内臓の機能が低下し、死の一歩手前でなんとか踏み留まった状態である。


 早く治療しなければ、その命はない。


 それは、誰の目でもあきらかだった。


「くっ」


 ロイドは考える。


 今、魔法を発動しようとしているのは炎属性の魔法だった。だが、その魔法を放っても目の前にいるレッドオーガを倒せる気がしなかった。

 ならば、この魔力を使いトシゾウの治療を行うのか?

 それも出来ない。

 例えトシゾウを治しても、レッドオーガを倒さなければ全滅は必死だからだ。


 背後で固まっている子供達を見る。

 戦闘員2号に守られている娘のアンリエッタと親友の息子のジントが、レッドオーガの迫力に当てられているようで動けないでいるようだ。

 そんな中でも、戦闘員2号が上を指差しているのが見えた。


 己にとっての優先事項は決まっていた。


 ならば、取るべき行動は一つだ。


「頼んだぞ」


 ロイドの呟きは、誰に聞かれることもなく消えていく。


 魔法を発動するために、溜めた魔力を練り上げて発動する。レッドオーガも次の魔法に備えて、新たに拳に憤怒の炎を纏わせた。


 ロイドの魔法が発動する。

 白く輝く球体は、レッドオーガに向かう事はなく、負傷したトシゾウとシトウに向かって飛んで行く。

 レッドオーガはそれが何の魔法なのか分からなかったが、まるで脅威を感じなかった。


「オールヒーリング」


 ロイドが使える最高の回復魔法。

 本職ではないため、魔力によるゴリ押しの回復魔法だが、トシゾウは一命を取り留め、シトウも動けるレベルまでは回復することが出来る治癒効果を持っていた。


 その魔法を見て拍子抜けしたレッドオーガは、もういいとロイドを殺すために、前進する。

 痛ぶって殺そうか、生きたまま食らおうか逡巡する。

 だが、己の右腕を見てそれを諦めた。

 この一撃は、目の前の男を跡形もなく消し去ると理解したからだ。


 それに、獲物の先には、己を氷漬けにした黒い奴が残っている。黒い奴に力が残っていないのは一目で分かった。

 簡単に殺せる存在に成り下がった者への興味は失せているが、やられっぱなしは性に合わない。


 右腕の炎が火力を増して燃え上がる。


 まとめて消し飛ばそう。


 そう決めた。


 人には抗えない暴力となったレッドオーガは、全てを亡き者にしようとして、後ろに飛んだ。


 何故そうしたのか分からなかった。


 敢えて言うのなら、野生の勘だろう。


 そして、その勘はレッドオーガの命を救う。



 目の前に黒い影が飛び込み、何かが胴体を掠めた。

 そして体に熱が走り、血が流れる。


「ガッ!?」


 ドンッとした衝撃が地面を揺らし、その正体が姿を現す。


 レッドオーガを傷つけた者。

 それは最初に人形のように投げ飛ばされた戦闘員1号だった。

 

 


 

 

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