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戦闘員Vサインを出す。

「あー!?なにアンリ泣かしてんだ!」


 広場に現れたのはマルロウという名のふくよかな少年で、アンリエッタと同じく今年12歳になる。

 村長の孫の一人で、クロウの実の弟だ。


 そんなマルロウが、手下を連れて森近くの広場に現れた。

 手には木剣や盾を持っており、訓練目的で広場に来たのだと分かる。


「…マルちゃん」


「マルちゃんって呼ぶな!ちゃんとマルロウって呼べ!」


「ごめんマルちゃん。でも聞いて、僕はアンリを泣かしてないよ、それにもう泣き止んでるでしょ?」


「だから呼ぶなって!じゃあ何で泣いてたんだよ?」


「それは僕のスキル」

「やっぱりジントじゃないかよ!?」


「待つんだマルちゃん。木剣を握っちゃいけない、皆んなも止めてくれないかな? 誤解があるようだから話し合いたい、アンリにも事情を聞いてほしいな」


 マルロウとその手下達(10歳以下)がジリジリと武器を手に詰め寄って来る。それをジントは至って冷静に、落ち着くようにお願いする。


 こんな事で争いたくない。

 皆んな知った顔だ。

 当たり前だ。同じハシノ村の住人なのだから。

 中にはオシメを替えた子もいる。

 獣人の子、5歳のアルロがそうだ。

 きっとアルロは、何も分かってないでこんな事をしている。


「あんりねえちゃんを、いじめる、わるもの、はてきだ!」


 最近の子の教育は進んでいるらしい、善悪の判断が出来ている。

 そして、ジントを悪だと判断したらしい。


「くぅ、空が青いな」


 雲ひとつ無い青空は、どこまでも透き通っていた。


「なに訳の分からないこと言ってるんだよ。 お前ら待て。集団でいたぶるのは好きじゃねー。やるなら一対一だ!」


 ビシッと木剣を向けて来る。

 ジントはそれを見て訝しんだ。

 マルロウとは何度か剣を合わせたことがある。その全てがジントの圧勝だった。それなのに勝負を挑んで来るのか分からなかった。


 いや、一つだけ心当たりがある。


 噂でマルロウが授かったスキルは、戦技系のものらしいと聞いている。

 そのスキルが何なのか、ジントは聞いていなかった。

 ただ、そのスキルに余程の自信があるのは伝わってくる。


「ちょっと待ってよ!誤解だって言ってるじゃん!何で戦わなきゃならないの!?」


「何だ、逃げるのか?」


「…そんなこと言ってないじゃん」


「お前の父ちゃんも大したことないからな、うちの父ちゃんに勝てなかった負け犬なんだろ?」


「………」


「負けて逃げ出したんだろ、お前の父ちゃん。負け犬の子供は負け犬なんだな!」


「……おい、構えろマルロウ」


「ーっ!? 何だよ、本当のことだろ?」


「その口を閉じろ。構えないなら開始と受けとるぞ」


 ジントの有無を言わさぬ雰囲気に押されて、マルロウも慌てて木剣を構える。


 互いに構えを崩さずにゆっくりと移動する。

 手下の子供達と泣いてスンスンしているアンリエッタと距離が近く、巻き込む恐れがあるからだ。


 ある程度離れると、同時に止まり、同時に動き出した。


「はーっ!」

「エンチャント・プロテクト!」


 ジントが振り下ろした木剣は、硬い岩を叩いたような音を立て受け止められた。

 木剣で受け止めたのならまだ分かる。

 だが、マルロウが受け止めた場所は腕だった。

 別に盾を装備しているわけでもなく、籠手を着けているわけでもない。

 なのに、痛みすら感じさせれずに、防がれてしまった。


「へっ!大したことないな!」


 強がりではなく、本当に効いていない事が分かる。


 今度はこちらの番と、振り下ろされる木剣を横にずれてやり過ごす。すかさず腕と胴に連撃で叩き込むが、またしても甲高い音が鳴り手応えがない。


「どうだ!俺の付与(エンチャント)は凄いだろ!もうお前なんかに負けないぞ!」


 マルロウが祝福の儀式で授かったスキルは付与師(エンチャンター)だ。

 その能力は自身や仲間、物に防御力上昇や攻撃力上昇、速度上昇などの特定の能力を付け加えることができる。

 どれほどの能力値を付与できるかは使い手次第だが、このスキルは戦技系スキルの中でも召喚系同様に珍しく、貴族階級でも滅多に現れないスキルだ。


 そんな強力なスキルだが、欠点が一つだけある。


 付与魔法以外の魔法性能が著しく下がるのだ。

 人によっては嫌がるデメリットがあるが、それでも汎用性のある付与師は、それを補って余りある能力を秘めていた。


「おらおらっ!どうしたー!?」


 ブンブンと振り回される木剣を掻い潜り、何度も何度も木剣を叩き込む。だが、どれも効いた様子はなく体力だけが奪われていく。


 だから攻め方を変えることにした。


 マルロウの大振りな攻撃を避けて、踏み出そうとした足に木剣を引っ掛けて前方に転がす。


「きゃん!?」


 受け身を取れずに転がったマルロウは、思わず可愛らしい声を上げるが、本人はその事に気づいていない。


 マルロウは急いで起き上がるが、腹部に衝撃が走り、今度は後ろに転がった。


「ゴホッゴホッ!?」


 痛みは無いが、衝撃が内臓に伝わり思わず咳を噛む。

 何をやられたのかは分かっていた。


 立ち上がった所に助走を付けた突きを腹に受けたのだ。


 ジントは再び突きの構えをとる。

 再びマルロウが起き上がった所を狙うつもりだ。


「くそっ!卑怯だぞ!」


「卑怯って、その魔法だって卑怯だろう!」


「くーっ、プロテクト!プロテクト!」


 更に防御力上昇を付与して立ち上がる。

 重ね掛けをして、更に強固になった防御力でジントの突きを迎え撃つ。


 突き進んで来るジント。

 マルロウは構えることも出来ずに、再び突きが腹に当たる。


 ことはなかった。


「ブオォォーーー!!」


 突然、広場に獣の咆哮が響き渡る。

 広場にいる全員が動きを止め、咆哮の発生源へと視線が向かう。


 一角大猪。

 体長2mを超え、頭部に鋭い角を持つ猪型のモンスター。

 獰猛な性格で、獲物を執拗に追いかける。頭部の角は伸縮が可能な上に、魔法を放つ事も出来る。


 その一角大猪が森から現れたのだ。

 皆んなの視線が釘付けになり、動けないでいる。

 そんな中で、最初に声を張り上げたのはアンリエッタだった。


「なにしてるの!早く逃げなさい!?」


 その声でようやく我に返った子供達は、叫び声を上げながら出口に向かって逃げて行く。

 モンスターとの距離はまだ離れているが、一角大猪は逃げ出す子供達に反応して向かって来ている。

 このままでは、直ぐに追いつかれ襲われる。


「アンリも早く!?」


 座った状態で、動こうとしないアンリエッタに向かって手を伸ばす。


「…おんぶして」


「なに言ってんの!遊んでる場合じゃないよ!」


「動けないのから、おんぶしてって言ってるの!」


「はい!」


 シュバッとおんぶの体勢をとると、アンリエッタが背中にしがみ付く。おんぶが出来たらシュバッと立ち上がり、出口に向かって走り出す。


「そっちじゃない、こっち!」


 首を無理やり曲げられて、方向転換させられる。


「どうしたのいったい?」


 ゴキッとされた首を摩りながら背中の少女に尋ねた。


「まだ子供達が逃げ切れてないの!私達で食い止めるのよ!」


 言われてはっと気付く。

 子供達に目を向けると、足の速い子は出口に到着しているが、幼い子はまだ道半ばだ。

 このままでは、間に合わない。


「まずいな」


「そうよ!だから早く行きなさい!」


「まだ魔力残ってる?」


「半分の半分くらいよ。出来るだけモンスターに近付いて」


「分かった。マルちゃんも早く逃げなよ」


 最後に右往左往しているマルロウに声を掛けて動き出す。


「おい、待ってくれ」


 後ろでマルロウが何か言っているが、構っている暇はない。

 向かうのは、子供とモンスターの中間地点。


 背中でアンリエッタが魔法の準備に取り掛かる。

 逃げる子供達の最後尾にいるアルロが、石に躓いて転んでしまう。


 ジントはそれを見て、走る方向を変えた。

 モンスターに向かって走り出したのだ。


 アンリエッタも分かっていたかのように何も言わない。


 一角大猪は転んで動けないアルロを標的に定めたようで、唸り声を上げて突っ込んで来る。


 ジントはひたすらに走る。

 モンスターの注意を逸らすため、距離を詰める必要があるからだ。

 そして距離が近づき、一角大猪がこちらの存在を認識したと同時に、アンリエッタの魔法が発動する。


「ジント目を閉じて。 フラッシュ!!」


 閃光が目を眩ませる。


「ブオッ!」


 閃光に目がやられた一角大猪は、頭を振り目の回復を待っている。


「今のうちに逃げるわよ!」

「分かってるよ!」


 目が治るまでは動けないだろう。

 そう思っていた。


「なんで!?」


 一角大猪は目を閉じた状態で走り出した。

 その方向は、先程までと変わらずに一直線にアルロに向かっている。

 モンスターの優れた器官は、何も視力だけではない。

 嗅覚に聴覚、ましてや魔力を操るモンスターからしてみれば、視力を奪った程度では動きを止められない。


 ジントも必死に追いかけるが、離されていくばかりで届かない。

 アンリエッタも最後の魔力を振り絞ってファイアーボールを放つが、着弾すると同時に霧散した。


「やああーー!?」


 アルロが恐怖の余り悲鳴を上げる。

 このままでは、幼いアルロの命はない。

 アルロだけではない、その先にいる子供達の命も狙われるだろう。

 村の大人が、この事態に気付いて助けに来てくれない限り救いはない。


 だが、それでも、幼い命を守る為に立ち上がる少年がいた。


「やらせねー!?」


 子供達のボス、マルロウだ。


 マルロウはアルロに覆い被さると、アルロを強く抱きしめた。

 そして、一角大猪はその角で獲物を串刺しにせんと突進する。


 何かが破れる音が鳴り響き、マルロウとアルロは空に投げ出される。

 なんと、一角大猪の突進をマルロウの付与が上回り、串刺しを回避した。だが、その衝撃で付与された防御力上昇は砕けてしまい、生身の状態で地面に叩き付けられる。


 そんな中でも、マルロウは決してアルロを離そうとしなかった。


 マルロウは傷を負いながらも立ち上がる。

 そのマルロウの腕の中から出て来たのは、無傷のアルロ。

 頭から血を流しているマルロウは、ジントを指差して吠える。


「俺のスキル最強!」


 そう言い残すと、後ろに倒れてしまった。


「マルちゃん!?」


 突進で仕留めきれなかった一角大猪が、Uターンして再びマルロウ達に襲い掛かろうとしていた。

 マルロウは先の突進を耐えたが、今は気を失って立てず、次の突進に備える事は出来ない。

 小さいアルロは、必死に倒れた大きいマルロウを引っ張っているが、如何せん体重差があり過ぎて動かすことが出来ないでいた。


「くそー!」


 ジントは必死に走る。

 間に合えと死に物狂いで走る。

 アンリエッタは魔力が尽きて、もう魔法が使えない。

 何か出来ないかと考えていると、マルロウの言葉を聞いてハッと思い出した。


「ジント! スキルッ! 戦闘員出して!」


「あっ、 戦闘員!モンスターを倒して!」


 ジントの声に反応して影から飛び出した戦闘員は、ジントを追い越して、モンスターに飛び蹴りをお見舞いする。


 巨体を誇る一角大猪は、成人男性ほどの体格しかない戦闘員に蹴られて頭の向きが変わり、盛大に転がった。


 空中で一回転してシュタッと着地した戦闘員は、気に入ったのか午前中にやった登場ポーズを決めている。


「やった! マルちゃん無事か!?」


 急いでマルロウの元に駆けつけると、額を擦りむいて血を流して気を失っているが、しっかりと呼吸しており、目立った怪我も無いので一安心だ。


「あっあっ、まるちゃんボス、をたすけて!」


 ほっと安心していると、アルロが必死に助けてくれと訴えて来る。


「大丈夫だよ。マルちゃんは寝てるだけだから、少ししたら目を覚ますよ。安心して、アルロのボスはね不死身なんだよ」


「ふじみ?」


 優しく頭を撫でてアルロに教えてあげる。


「そうさ、僕の剣なんてまったく効いてなかっただろ? そんなの不死身じゃないと無理だよ」


「ふじみってなに?」


「…スゴイ奴ってことだよ」


「おぉ、スゴイスゴイ!」


 小さい子供を安心するために吐いた嘘だった。

 ただ、この嘘が後々誰かを苦しめる事になるとは、想像もしていなかった。


「適当なこと言ってんじゃないわよ」


 ただ、後頭部をペシッと叩いた少女は、少しだけそんな予感はしていたのかもしれない。



「ブオォォーーー!!」


 先程、戦闘員に蹴り飛ばされた一角大猪が吠える。

 盛大に蹴り飛ばされたのを見て、もう終わりだと思っていたが、まだまだ元気そうだ。


「戦闘員!?」


 この場に一角大猪を相手に出来るのは、戦闘員しかいない。

 だからこそ願うように戦闘員に呼びかけ、視線を向ける。

 そしてそこには、異様な雰囲気を纏い構える戦闘員がいた。


 腰を深く落とし、脇腹の位置で右の拳を左手で覆い力を溜める。強く強く握り締め、さらに膨大な魔力がその拳に宿る。


 ジントやアンリエッタ、他の子供達が見守る中で、何かが起ころうとしていた。


 一角大猪が戦闘員に向かって走り出す。

 戦闘員から攻撃された事が分かっているのか、標的はアルロから戦闘員に移行していた。


 怒りで頭に血が昇っているのか、目が血走っており、先程よりも力強く地を蹴る。

 速度は先程よりも圧倒的に速く、魔力を操っているのか、全身が淡い赤色に包まれる。


 ジント達は知らないが、猪系モンスター特有のスキルである突進力強化を使用していた。


 そんな一角大猪を目の前にしても、戦闘員は動じない。


 ただ静かに、その時を待つだけだ。


 戦闘員の力が右の拳に集約される。


 そして両雄は激突する。


 勢いを落とさずに衝突する一角大猪に戦闘員の右の拳……ではなく、右の蹴りが一角大猪の顎を蹴り上げ、その巨体を一回転させて仰向けに転倒させる。


 そして、ガラ空きとなった腹部に今度こそ右の拳……を使う事はなく、踵落としを決めて一角大猪の内臓を完全に破壊してその命を奪った。


 そこですかさず右手をの魔力を解放して、空に勝利を表す文字を描いた。


「何あれ!何あれ!? かっこいいわ!?」


 空に描かれた「V」の文字を見て、少女ははしゃいでいた。



 遠くから異変に気付いたのか、村の大人達が向かって来るのが見える。


 これ何て説明しよう。

 Vの下でポーズを決めている戦闘員を見て、そう頭を悩ませるジントだった。






 次の日の朝、戦闘員が二人に増えていた。

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