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戦闘員、泣かせる

 今いるのは、北の森に近い広場だ。

 ジントは遊びに来たアンリエッタを伴い、ここまで来ていた。

 リリアナとリーナは買い物やお茶会という名の井戸端会議で忙しいので、いつまでも付き合っていられないと出かけて行った。


 おい、明日からの家事が減ると喜んでたのは誰だ。


 面と向かって言えば、明日から仕事を増やされるので、とてもではないが口に出来なかった。


 さて、なぜアンリエッタを連れて広場に来ているのかというと、それは戦闘員がどこまで戦えるのか見るためだ。


 先程、アンリエッタの魔法を軽々と蹴り飛ばしたのを見て、どれだけ強いのか気になったのもある。


 因みにアンリエッタは、驚いていたとはいえ、家に入った途端に魔法をぶっ放したことをリリアナにこっぴどく叱られていた。

 お陰で、いつもより少しだけ元気が無い。


「さあ、早くやるわよ!ストレス解し…魔法の成果を見せてあげるわ!!」


 少しだけ元気が無い、それは最初だけである。

 いつも通りのアンリエッタは、感情と魔力を昂らせて何かに取り憑かれたようになっていた。


「アンリ待ってよ、先に僕からって言ったでしょ」


「んっ?そんなの聞いてない、私の魔法が防がれたなんて何かの間違いなの!今から証明するの!私が先にするのー!」


 余程、魔法を防がれたのが悔しかったのか、駄々をこねだした。

 最近のアンリエッタの成長は、目を見張るものがある。

 それが、スキルを授かった恩恵だとしても、その成長速度は他の同年代と比べても頭二つ三つ上だった。

 その事をアンリエッタも自覚しており、魔法が自信になり自慢になっていた。

 その魔法が全力でないとはいえ、蹴り飛ばされたのは許せなかった。


 ジントは地面に転がってバタバタしているアンリエッタに近づき、優しい声で語りかける。


「よく聞いてアンリ。もしアンリの魔法が戦闘員を倒してしまったら、もしアンリの凄い魔法で粉砕してしまったら、僕のやることが無くなっちゃうよ。 アンリの魔法はチョー凄いって、皆んな言ってるくらい凄いんだよ。そんな超超凄い魔法はメインイベントにした方が良くない?」


「んっ、んっんん〜。仕方ないわね。ジント、先にやっていいわよ。凄い私は後でいいわ。なんたってチョー凄い魔法の使い手ですからね!」


 高笑いしそうなほどに機嫌を取り戻したアンリエッタは、上機嫌に広場の片隅にあるベンチに移動する。


 ちょろいな。

 最近のジントは、アンリエッタの扱いを学んでいた。


 アンリエッタが移動したのを確認すると、ジントは戦闘員を呼び出す。

 ジントの影からシュバッと登場した戦闘員は、何用かとジントを見下ろす。


「今から模擬戦をやってほしいんだ。相手は僕、武器は木剣でやりたい。 大丈夫?」


「キィ!」


 説明を聞いた戦闘員は、それくらい任せろと自分の胸を叩く。

 ジントは戦闘員に木剣を渡すと、いつもジークとやっている感覚で距離を離した。


「えっ?」


 なんだか戦闘員との距離が近い気がした。

 一歩下がる。

 まだ近い。

 もう二歩下がる。

 まだ近い。

 もう三歩下がる。

 丁度良い距離になった。


 それは、ジークとの模擬戦より倍の距離が空いていた。


「じゃあ始めるよ、シッ!」


 模擬戦が始まった。

 戦闘員は片手に木剣を持ってはいるが、構えていない。ただ、脱力したように下に向けている。

 やる気が無いように見えて少しむっとするが、構わずに木剣を振り下ろす。


 吸い込まれるように頭部に向かう木剣は、何も当たることなく空を切った。

 避けられた。

 そう理解するよりも早く、返す刀で胴体に向かって薙ぐが、木剣で衝撃を殺すように優しく受け止められる。

 そして、絡め取られるように木剣はジントの手を離れ、宙を舞った。


 何が起こったのか分からず、宙をくるくると回る木剣を見ていると、頭にコツンと木剣を落とされた。


「あっ」


 頭に受けた衝撃で、戦闘員に負けたのだと理解した。


 そして、戦闘員との実力差を少しだが理解出来た。


 戦闘員は父よりも強いかもしれない。

 そんな気がした。


 恐る恐る戦闘員を見上げると、チッチッチッと指を横に振って挑発して来た。

 少しイラついた。


「な〜にジント、もう終わり?」


「まだまだ!」


 その後もジントは何度も何度も戦闘員に挑むが、最後まで木剣が戦闘員に当たることは無かった。



「やっと私の番ね、ジントも諦めればいいのに」


「ぜえぜえぜえ、嫌だ、ぜえぜえ、まだ、負けてない」


「負けん気だけは一人前ね。見てなさい、私が仇を取ってあげるわ!」


「ぜえぜえ、僕、まだ、死んでない」


 立ち上がれないでいるジントを、戦闘員がお姫様抱っこしてベンチまで運ぶ。

 ジントは嫌がったが、抵抗する体力も残っていないので、されるがままだった。


 ジントを運び終えると、戦闘員は目の前に立ち塞がるアンリエッタを警戒する。

 本日のメインイベントの始まりである。


「ジントを倒したくらいで、調子に乗ってるんじゃないでしょうね? さっきのはマグレだって教えて上げるわ!!」


 言い終わると同時に放たれたファイアーボールは、家でぶっ放した物と比べても一回り大きく速度も上だ。

 アンリエッタの本気具合が伺える。


 ジントがアンリエッタの魔法を最後に見たのは、スキルを授かる前だった。

 その時と比べると、遥かに強力な魔法となっていた。

 幼馴染の確かな成長に喜びと称賛を送るが、反面、焦りと嫉妬に似た感情が湧いて来る。


「頑張らないと…」


 すぐに追いつくと心に誓って、自分に言い聞かせた。



 ファイアーボールは戦闘員に向かって真っ直ぐに飛ぶ。

 このままでは、戦闘員の上半身は炎に包まれ、内包した魔力が尽きるまで燃え続けるだろう。

 だというのに、戦闘員はジントの時と同様に、その場から動こうとしなかった。

 ただその代わりに、戦闘員は木剣を構えた。


 左足を前に右足を後ろに肩幅より広めに開いて腰を落とす。剣を右耳の後ろまで持ち上げて、しっかりと握りしめる。

 まるで野球をするバッターのような構えだ。


 ファイアーボールが戦闘員を襲う。

 だが、着弾する直前に木剣をフルスイングして、ファイアーボールを打ち上げた。

 打ち上げられたファイアーボールは上空で勢いを無くし、やがて消失した。


 家での出来事と同じ展開になった。

 アンリエッタは目を見開いて驚く。

 違っている所といえば、戦闘員が悔しがっているくらいだ。

 何故、悔しがっているのか分からないが、きっと打ち上げたフライをキャチされて、アウトになった光景でも思い浮かべているのかもしれない。


「ふ、ふ、ふざけるなーッ!?」


 突然、叫んだのはアンリエッタだ。

 自慢の魔法を防がれたことに怒っているのか、或いはふざけている戦闘員に怒っているのかは分からないが、キレたアンリエッタは次々と魔法を放ち始める。


 炎球(ファイアーボール)風の刃(ウィンドカッター)石矢(ストーンアロー)などのアンリエッタの使える魔法が次々と戦闘員を襲う。


 立て続けに放たれるそれらは、最初の炎球(ファイアーボール)よりも威力が落ちており、速度も遅い。

 それはジントでも簡単に避けられるレベルのものであり、冷静さを欠いたアンリエッタは気づかないでいた。


 ジントにも避けられる魔法が戦闘員に通じるはずもなく、全ての魔法が、片手に持った木剣に斬られて霧散する。


 その光景を見たアンリエッタは、焦るのではなく、逆に冷静さを取り戻した。


 このままではダメだ。

 当てる手段を考えないと。

 一発でもいい、当ててやる!


「あーーーっ!?」


 戦闘員の周囲を土の壁が覆う。

 互いの姿が見えなくなると、アンリエッタは今使える最高の魔法を使用する。


 雷撃(サンダーボルト)


 閉じ込められた戦闘員は、何をするでもなく待っていた。

 まだかな、まだかなと心待ちにしていると、突然ピカッと光、木剣を力任せに振り抜いた。

 その力任せの一振りは、土の壁ごと上空の魔法を斬り裂き霧散させた。


「…そんな」


 必殺の魔法だった。

 何度も練習して、やっと使えるようになった魔法だった。

 その魔法を容易く打ち払われた。


 ショックだった。

 とてつもなくショックだった。

 12歳の少女の心を酷く傷付ける行為だった。


「…うっ、うえ〜ん」


 だから泣いても仕方ない。


「えっええ!?アンリッ!」


 ジントは焦った。

 盛大に敗れて悔しがって、癇癪を起こすんだろうなと思っていた。それが、まさか泣き出すとは思わなかった。


 慌てて近寄り頭を撫でるが、泣き止む気配はない。


 アンリエッタを泣かした戦闘員に謝らせようと探してみると、ジントの影に帰ろうとしていた。


「あっ!ズルいぞ!?」


 じゃっと片手を上げて別れを告げる戦闘員は、面倒臭い事はごめんだと早々に撤退してしまった。


「ひっく、ひっく、え〜ん!」


 残されたジントは、どうやってアンリエッタを慰めようかと考える。アンリエッタは滅多に泣かない。以前、見たことがあるのは、祝福の儀式前日に弟のアルスロット君に大好物のケーキを食べられたときだ。

 案外最近だった。


「落ち着いて、アンリ。 アンリの魔法は凄かったよ。前に見た時よりも格段に強くなってた。この短期間にこれだけ成長できるなんて、アンリじゃなきゃ出来ないよ。だからさ、元気出して」


「ひっくひっく、…かった。…ぜんぜん、ひっく、敵わなかったよ〜え〜ん!」


「…そうだね。僕も敵わなかったよ。ははっ、自分のスキルに負けてるんだから、どうしようもないよね。 …だからさ、次は一緒に挑もう。一人じゃ敵わなかったけど、二人なら勝てるかもしれない。アンリはどう思う?」


「ひっく、無理だよ〜、ひっく、何もできなかったもん、ひっく」


「じゃあさ、もっと訓練してから挑もう! 大丈夫だよアンリ、たった一週間でここまで成長したんだ。一ヶ月くらい鍛えれば直ぐに勝てるようになるさ!」


「ひっく……本当?」

 

「うん! なんたってアンリは凄い魔法使いだからね!」


「……うん…私、頑張る」


 何とか泣き止みそうで、ほっとする。

 別に慰めるために口から出まかせを言ったのではない、アンリエッタなら本当に強くなるのではないかと思ったのだ。


 僕も頑張らなきゃ。


 そう強く決意する。


 アンリエッタが落ち着くまで背中を撫でていると、広場の入り口から声が聞こえて来る。


「あー!?なにアンリ泣かしてんだ!!」


 あー面倒なのが来たな。

 ジントは小さく息を吐いた。

 

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