戦闘員の能力
「すまない、大変なことになった」
申し訳なさそうに家族に謝るのは、ジントの父であるジークだ。
ジークは説明する。
今回の護衛任務はいつも通り領主の住む町までの予定だったが、領主であるエッジ男爵の頼みで、王都まで護衛をしてほしいと依頼があったそうだ。
男爵は自領を守るための軍を保有している。
本来ならそこから人員を出すはずなのに、なぜハシノ村に依頼をするのか分からなかった。
理由を尋ねても頼むとしか言われず、必要な経費は全て男爵持ちという条件で、何も言わず受けてくれないかと迫られたそうだ。
余りにもきな臭い。
間違いなく何かが起こる。
そんな護衛を自軍ではなく、村人から出そうとする所を見ると、護衛に着く者は高確率で死ぬということだ。
村長も当初は断っていたが、受けなければ来期からの税率を倍にすると脅迫され、受ける選択肢しかなかった。
育成に時間の掛かる軍の人材より、金が掛からず多く存在する村民を切り捨てるというのは、為政者からすれば当然の選択なのかもしれない。
その中でも、経費の全額負担と護衛任務を受けた者への報奨金前払いというのは、男爵なりの贖罪なのだろう。
ジークが金貨の入った布袋をテーブルの上に置く。
村人の一家族が三年は暮らせる額が入っている。
これは、今回の護衛任務に着く者に渡された報奨金だ。
「どうしてあなたが行かないといけないの!?」
「ごめんリリアナ。俺が行けば、皆んなが生きて帰れる可能性が上がるんだ。少しでも、仲間を助けたいんだ!」
「バカよ!あなたの命はどうなるの!?残された私達はどうなるのよ!?」
「…すまない」
「…バカ」
リリアナはジークの胸元に飛び込み抱き付いた。
せめて少しでも愛する旦那の温もりを感じていたかったのだ。ジークもその思いは同じで、そっとリリアナを抱き返した。
「…で、本当はどうして選ばれたの?」
「賭博で負けた。ーギブギブギブッ!?」
ポロッと出た本音にリリアナの鯖折りが実行された。
バキボキと骨が折れていく音が家中に響き、ジントとリーナは部屋の隅で震えていた。
次の日の早朝、ジントはジークと模擬戦を行なっている。
昨日リリアナにやられた傷は、今朝方リリアナの治癒魔法によって治療済みだ。治療が施されるまで、痛みに耐えて一晩過ごしたので一睡もしていない。
そんな絶不調のジークでも、ジントを軽くあしらえるくらいに実力差は開いていた。
「どうした!もっと踏み込みを鋭くしろ! 違う深過ぎる! 余裕を持たせろ! 次の動きに繋げる意識を常に持て! 最高の一撃は狙わなくて良い、最善の動きを続けろ!」
ジークはジントの速度に合わせて攻撃を繰り返す。
お手本となるような動きを見せて、それを受けさせる。
攻守交代となり、攻めるジントの動きを見て、修正を入れていく。
鋭い剣戟はそのまま受け、甘い剣にはカウンターを合わせて打ち付ける。
動き続けている間は好きに振らせるが、動きが止まると剣戟が襲う。
こうして続けられた模擬戦は、30分程度で終了した。
「うん、まだまだだが、良く頑張ったな」
息を切らして座り込んだジントの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
ジントは父の顔を見上げようとするが、撫でる力が強く頭を上げることが出来ない。
笑っているのか、残念そうにしているのか、それとも困った顔でもしているのか少しだけ気になってしまった。
「ジントのスキルは、きっと皆んなを守るためにあるものだ。俺が村にいない間は、皆んなの事を頼んだぞ」
「うん。 あっ!そうだった。僕のスキルが何なのか昨日分かったんだ。 父さんも見てよ!」
「おっそうなのか? うーん、ちょい待ち、それは護衛任務から帰って来た時の楽しみにするよ。 だからさ、その時に改めて見せてくれないか」
そう言ってジークは離れて行く、集合時間が近づいていたのだ。
ジークは妻のリリアナと熱い抱擁を交わし、娘のリーナの頬に口づけをして別れを惜しんだ。
今回の護衛任務は半年以上の期間が掛かる。
王都まで行き帰って来るなら三ヶ月程度で終了するが、これから行われる護衛任務は冬を越さなければならない。
冬の間は、雪が降り積もり移動が困難になる。
そのため、冬の期間は王都にある男爵の邸宅で過ごすことになっていた。
だから、ジーク達護衛隊が帰って来るのは、来年の春になる。
いってらっしゃいとジークの背中を送り出し、離れて行くジークの背中を見送った。
○
「ジント!ゆっくりでいいからこっち来なさい、そんな危ない人とは離れた方が良いわ。リーナも近づいちゃダメよ、ダメ行かないで!」
父を見送り、畑仕事を終えて家に帰ると母のリリアナが警戒心MAXで出迎えてくれた。
「母さん大丈夫だよ。この黒い人は僕のスキルなんだ」
「なに訳の分からないこと言ってるの、いいからこっち来なさい!」
ジントの背後に立つのは、昨日の一件で現れた黒ずくめの人だ。本当は父のジークに相談して、家族に紹介するつもりだったが、昨日からのドタバタで、すっかり忘れてしまっていたのだ。
だから、取り敢えず母にだけは知らせておこうと、黒ずくめの人、戦闘員を呼び出して連れて来たのだ。
しかし、こうも警戒されては話が出来ないと戦闘員を戻すことにした。
「ごめん、一旦帰ってくれる」
「キィー」
リリアナから拒絶された戦闘員の返事は、やや元気がなかった。
戦闘員はジントの指示に従い、影にダイブして姿を消した。
「なっ!? …本当にあなたのスキルなの? 戦闘員だっけ?」
「うん。本当は父さんに相談しようって思ってだけど、昨日、忙しいそうだったから」
申し訳なさそうにするジントに、リリアナは昨日を振り返ってなんかすまんと思った。
リーナは消えた戦闘員を見て、すごいすごいとはしゃいで飛び回り、ジントの影をバシバシと叩いている。
「分かったわ。もう一度、今の人を召喚してちょうだい」
「召喚?」
「そうよ、戦闘員って召喚系のスキルじゃないの?」
「召喚ってなに?」
「あ〜教えてなかったわね。召喚系スキルは珍しいしから省いてたわ」
祝福の儀式で授けられるスキルは、その人の成長や生活を助けるものが多い。怪力や視力向上、アンリエッタが授かった成長率UPなんかもそうだ。
次に多いのが、裁縫向上や鍛治向上、アイテム鑑定などの生産系に分類されるスキルだ。平民にとっては最も欲しいスキルの系統であり、これを持っていれば生活に困ることがないと言われている。
最後が戦技系スキルと呼ばれるものだ。
剣技や弓技、盾術もこの中に入り、魔力量増大や治癒魔法向上などの魔法関連も戦技系スキルに分類される。
貴族などの特権階級にこの系統スキルが授かることが多く、平民にこの系統スキルを持った者は1割にも満たない。
その中で召喚系スキルは、とりあえず戦技系スキルに分類されている。
何故とりあえずなのかというと、召喚される存在によるからだ。過去に召喚された存在は、犬や猫、牛に蛇などの動物からゴブリンやミノタウロスなどのモンスター。精霊やドラゴン、果ては天使などの伝説的存在が召喚されたと言われている。
前者の動物は戦いに使えず、モンスターなどは戦いに使える。つまり、召喚される種類によって系統は決まるのだ。
ただ、召喚系スキルの保持者は少なく、貴族の中でも滅多に現れないので、平民で知ってる人は稀だったりする。
「じゃあ、僕の戦闘員も召喚系スキルなんだね」
「そうね。召喚している間は、魔力を消費するみたいだから注意しなさい」
「うん分かった。じゃあ、出てきて戦闘員」
ジントが呼びかけると、どっこいしょという感じで戦闘員がジントの影から出て来た。
「…もうちょっとカッコいい登場の仕方を想像してたんだけど、何というか、ねー」
リリアナの感想を聞いた戦闘員は、立ち上がろうとして動きを止めた。そして、何故か再びジントの影の中に戻り、今度は飛び出すように登場した。
「キィー!!」
登場した際のポーズも忘れない、両足を開き腰を落として右足に体重を移動し、両腕を左にピンと伸ばす。
戦闘員の表情は分からないが、ドヤ顔を向けているのは何となく想像できた。
「わぁ〜!?すごいすごい!!」
唯一、今年9歳になる妹のリーナだけが喜んでおり、他二人はやや白けていた。
「それで、この戦闘員さんは何が出来るの?」
「…何が出来るんだろう? 戦闘?」
昨日、戦闘員のスキルが判明してから試したことは、戦闘員がジントの指示に従うか試した程度だ。歩け、走れ、ジャンプしろ、前転しろ、草を抜け、岩を持ち上げろ、最後の以外は全て指示通りに動いてくれた。
岩を持ち上げろと言った時の反応は、いやいや無理無理出来るわけないじゃんといった態度で小馬鹿にした感じだった。
「試してないのね。何か簡単で良いから命令してみたら」
「分かった。戦闘員、洗面台にある食器洗って」
「…戦いに関することじゃないのね」
ジントの指示を聞いた戦闘員は台所に行くと、スポンジを持って食器を洗い始める。その手際は良く、あっという間に四人分の食器を洗い終わってしまった。
「まぁ!すごい戦闘員さんね!他に何が出来るのかしら?」
家事が出来ると分かって態度を急変させる母を見て、ジントは明日から戦闘員の仕事になりそうだと予感した。
それから、リリアナの有無を言わさぬ命令に従い、戦闘員に指示を出していく。
食器洗いに始まり、掃除、洗濯、料理に草むしり、果ては壊れた家具の修理など全てやってのけた。
きゃーと黄色い歓声を上げる母、それを白けた目で見るジントとリーナがいた。
そしてそこに、近所のお友達が進入する。
「ジント〜遊びに来たわよー、外まで聞こえてるけど、何はしゃキャーーー!?」
玄関で戦闘員の仕事っぷりを褒めていると、アンリエッタが遊びに来た。扉をノックも無しに入って来るあたり、勝手知ったる他人の家というやつなのだろう。
だが、それが今回仇となった。
扉を開いて、正面に立った黒ずくめの人を見てビックリしたアンリエッタが、自衛のために咄嗟に魔法を使用したのだ。
使うのはファイアーボール。
ジントも使う魔法だが、アンリエッタが放つファイアーボールの威力はジントの比ではない。
この魔法に当たれば大怪我ではすまず、命の危険もある。
リリアナはリーナに覆い被さり、ジントはアンリエッタを止めるように動く。
だが、それらは全て遅く、アンリエッタの手からファイアーボールが放たれる。
間に合わない。
大惨事を予感したジントが、咄嗟に戦闘員に指示を出した。
「戦闘員!守れ!!」
その指示に戦闘員は即座に反応する。
ほぼゼロ距離で放たれた魔法を蹴り飛ばしたのだ。
蹴り飛ばされた魔法は、玄関先から上空へ上がって行き消失する。
「えっ?えっ?えっ?」
アンリエッタは何が起こったのか分かっていないようで、キョロキョロと辺りを見て混乱していた。