戦闘員登場
「せりゃ!」
地を這うような低い姿勢から剣を斬り上げ相手の喉元を狙う。だが、その狙いは見抜かれており顔を傾けるだけであっさりと避けられる。
斬り上げた体勢から半回転して相手の胴体を薙ぐが、木剣で簡単に受け止められてしまう。
「おっ、今のはなかなか鋭かったぞ」
ジークは息子の一撃をそう評価して、剣を支えていた力を流し、体勢の崩れたジントの足を掬い転倒させる。
「くそっ!?」
ジントも慌てる事なく受け身を取り、体勢を整える。
起き上がると同時にジークと距離を取るよう後方へ飛び、火属性の魔法を放つ。
ファイアーボール
魔法が苦手なジントが、必死に訓練して使えるようになった魔法の一つだ。
赤く燃える火の玉は真っ直ぐジークに向かう。
ジークは楽しそうにして、避ける素振りもなく目の前に来るまで動かない。
そして着弾する直前で、煌めくように木剣が動きファイアーボールをかき消した。
「まだ魔力の込め方が雑だなっと、目眩しか」
ファイアーボールの影に隠れて近付いたジントは、横から奇襲をかけるが簡単に受け止められてしまう。
ジントは悔しそうにジークを見るが、ジークは変わらず楽しそうにしている。
それから1時間ほどジントはジークに打ち込みを続けて、体力の限界を迎えて終わりとなった。
「動きは良くなっているが、まだ荒いな。集中するのはいいが、最後の方は視界も狭まっている。 ジント、まだ課題は多いぞ」
「はあ、はあ、はあ、はい、無理」
「こら、無理とか言うな。やらない内に諦めるんじゃない。ジントのスキルが戦い向きなら、きっと成長出来るはずだ!」
力説する父を横目に必死に息を整えていく。
一週間前にスキルを授かってから、必死に剣の訓練を行っているが、未だにその恩恵を感じたことは無い。
「お父さん明日から護衛任務だけど、剣の訓練はちゃんとするように! 畑の管理も頼むぞ。 それと、お父さんがいない間、お母さんとリーナを守ってくれ。頼んだぞ」
「はあはあ、うん、約束する」
ジントは寝転んで拳を突き出すと、ジークも拳を作って打ち合った。
剣の訓練を終えると、魔法で水を生み出して汗を流していく。
ジントが現在使える魔法は二つ、火属性魔法のファイアーボールと水属性魔法の水生成だ。
一番最初に覚えた魔法が水生成であり、この魔法は村人のほとんどの人が使える魔法だ。人にとって水はなくてはならない物であるが故に、親から子に最初に教える魔法である。
だが、中には適正がなくて使えない人や魔力保有量が少ない人もいるので、そんな人用に井戸が各所に掘られて準備されている。
汗を流してスッキリすると、畑の様子を確認して雑草が生えてたりしたら引っこ抜いていく。
ひと通り終えた頃には昼どきになっており、家に帰ると昼食の用意がされていた。
ハシノ村では朝昼晩と三食食べる事ができる。
他の村、町では食料の問題で二食のところが多いが、肥沃な大地と川、多くのモンスターが生息している森が近くにあるハシノ村では、食料に関しては余裕があった。
だから毎日、しっかりと満足な食事をする事が出来ている。
食料面だけ見れば、裕福な村なのだ。
まあ、モンスターが多く生息している森〝魔の森”が近くにあるので、いつ滅びてもおかしくない村という理由で、あまり人は住みたがらないが。
「あらジント帰ったの、お父さんは一緒じゃないの?」
帰宅したジントを母のリリアナが出迎えてくれる。
「明日からの打ち合わせに行って来るんだって、ご飯はそっちで食べるって言ってたよ」
「もうっ!いらないなら先に言ってほしいわ! ねー」
「ねー!」
リリアナは娘のリーナに同意を求めると、元気な声で返してくれた。
テーブルの上にある食器の一つを片付けると、昼食の準備を始める。
今日の昼食はパンとサラダ、ボア肉のスープだ。
スープの匂いが空腹なお腹を刺激して、お腹が鳴る。
お腹の音が聞こえたのか、リリアナとリーナは笑って食事にしましょうと言ってくれた。
「最近のアンリちゃん凄いみたいね」
「…うん」
「魔法がピカッて光ってドンッてなってドカンってして凄かったよ!」
「ジントも負けてられないね」
「…うん」
祝福の儀式でスキルを授かってからのアンリエッタの成長は、凄まじいものであった。
スキルを授かる前までは、ジントより少し上手い程度の魔法だったが、たった一週間で大人顔負けの腕前まで成長していた。
アンリエッタが真面目に練習している証明であり、ジントも純粋に凄いなと尊敬している。
ただ、それに比べて自分はと思うと気分が沈んでしまう。
これが生産系や戦いに関係ないスキルなら仕方ないと諦められたが、戦闘員という明らかに戦い向きのスキルを得てしまい、戦闘に関する成長を期待してしまうのだ。
そんな悩むジントを見て、リリアナがジントの頭をポンポンと叩く。
「焦っちゃだめよ、あなたなりに成長しなさい」
「うん」
少しだけ元気が出た。
○
午後になると、ジントは岩に腰掛けて考えていた。
もしかしたら、自分はスキルを使えていないんじゃないかと思ったのだ。
頭を捻る。剣を取る。剣を振る。魔力を高める。魔法を放つ。拳を握る。岩を殴る。手を痛める。
「痛い」
ジンジンと痛む手をさすってまた考える。
今の行動の中で、スキルを得る前と比べて変わったと思えるものは無い。
何か違う気がする。
何とは言えないが、何かを勘違いしている気がするのだ。
また剣を振る。魔法を放つ。岩を殴る。
「痛い」
やはり違う。
そこで、父が言っていた話を思い出した。
剣の達人は全ての急所となる点を見抜き、岩さえも一突で砕くのだと。
岩をじっと見る。
見る。
見る。
見えた!!
木剣を流れるように構え急所を突く、すると木剣は弾かれて手を痛めた。
「痛い」
どうやら違ったようだ。
うーんとまた考える。
そもそも戦闘とは何だ。
戦い、争い、闘争、戦争、いろんな戦いの表現がある。
剣を使うのか、魔法を使うのか、弓を放つのか、槍を使うのか、また他の武器を使うのか、戦う方法も様々だ。
人対人、人対モンスター、モンスター対モンスター、人対 自然、モンスター対 自然、どれを対象にするかによって対処方法も変わる。
そもそも戦闘員って何だ?
僕が成るのか?
嫌だな、キコリが良いよ。今は木を引っ張って運ぶくらいしかさせてもらえないけど、その内に木を切ってやるんだ。
「そうだ。そもそも僕は戦闘員なんかに成りたくない」
真理を得た気がした。
でも、そうじゃない。
ジントが将来成りたいものなんて今は関係ない、スキルについて考えているのだ。
思考が脱線した事に気付いて、また考える。
「戦闘員、戦闘員、戦闘員、戦闘員…」
ひたすらに戦闘員と呟いてみる。
何も起こらないことは分かっているが、口にしてしまう。
一応、周囲に人がいない事は確認している。
だから安心だ。
そこで、背後に人の気配を感じた。
いつの間にか近づかれていた。
いや待て、ここは見晴らしの良い場所だ。誰かが来るのなら流石に気付く。
恐る恐るゆっくりと振り返ると、そこには全身黒づくめの人が立っていた。
「うぉあーーーっ!?」
ジントは驚いて後ろにひっくり返った。
背後にもの凄く怪しい黒ずくめの人がいれば、それは驚くだろう。
「だ、誰ですかあなたは!?」
「………」
ジントの問いかけを無視して、黒ずくめの人はジントを見下ろしている。
黒ずくめの人は顔を除いて本当に黒ずくめで、全身を黒いタイツで覆ったような格好をしている。唯一顔に∀の文字が描かれており、その文字が笑っているようにも見えて恐さを増していた。
ジントは転んだまま後ろに下がる。
すると黒ずくめの人も一歩前に出る。
下がる。
出る。
下がる。
出る
「うあーーー!!」
ジントは堪らずに起き上がると、走って逃げ出した。
すると黒ずくめの人も走って追いかけて来る。
距離は一定に保たれたまま岩の周りをぐるぐると走り続けるが、直ぐにジントの体力が尽きて限界を迎えてしまう。
朝の剣術の訓練で酷使した分、体力は保たなかったのだ。
「はあはあ、何で僕を追いかけるんですか?」
「………」
無言の黒ずくめの人はジントと距離を詰めるでもなく、ただじっとジントを見ていた。
ここまでくれば、ジントも黒ずくめの人が襲う気が無いのだと察することが出来る。
なら何で追いかけて来るのかが分からなかった。
尋ねてみても、黙りを貫かれては理由を知ることも出来ない。
「あの、何も用が無いなら帰ってくれません」
うんざりしたようにジントは言うが、何か反応が返って来るとは期待していなかった。
「キィー!」
「っ!?」
黒ずくめの人は急に甲高い声と右手を上げて反応する。ジントは予想外の動きにビクッと体が反応してしまう。
独特な返事にびっくりしたが、これで帰ってくれるならそれでいいかと思い、ほっと胸を撫で下ろしていると、黒ずくめの人がズンズンと近付いて来る。
「えっなになに!?」
黒ずくめの人の急接近に木剣を構えるが、黒ずくめの人は気にした様子もなく距離を詰めて来る。そして、もうすぐ間合いに入ろうかとした時、変化が起こった。
黒ずくめの人がしゃがみ込むと、湯船に浸かるようにジントの影の中に入っていったのだ。
「………えっ?」
いきなりの事で思考が停止してしまう。
それでも、今の出来事で分かる事もある。
ジントは構えを解いて、どこまでも青い空を見上げて溜息を吐いた。
「ふぅ……今のが戦闘員かい!?」
予想外過ぎる自分のスキルの正体に絶叫した。