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戦闘員、やられる

 あの映像は何なのか最初は分からなかったが、砦の上で戦う村人の姿を見て、今起こっている事なのだと分かる。


 そして、その映像を見せているのは戦闘員である事も。


 何故、この映像を見せるのか分からない。

 戦闘員の意志で見せているのだろうが、その目的が分からなかった。


 多くのモンスターに襲われる戦場で、ジント一人が行った所で何も変わる事はない。寧ろ足手まといとして、誰かに迷惑をかけるかもしれない。


 ただ、この映像を見せたいのか?

 いや、この映像と一緒に戦闘員の意志も伝わって来る。


 来いと言っている。

 早く来いと、手遅れになる前に早くと伝わるのだ。



 映像を見せ続けられる中で、どうするか迷っていると、レッドオーガが姿を現して壁を破壊する。

 その破壊された隙間から、多くのモンスターが村の中に入って来ていた。


 トシゾウが半数の戦士と戦闘員を連れて、砦から降りて村に侵入したモンスターの討伐に当たるが、数が多くて苦戦する。

 そんな中で、後方で負傷した戦士を治療していたはずの母の姿があった。


 リリアナは鉄棍を持っているが、戦いには極力参加せずに、負傷した者を治療している。だが、ここは多くのモンスターが暴れる危険地帯となり、安全に治療出来る場所ではなくなっていた。



 一体の一角大猪が突撃する。

 その向かう先には、リリアナや治療に携わる者達がいた。




 ジントの見る映像はそこで途切れた。





「早く移動しましょう。皆んな他の村に避難するみたいよ」


 避難所に避難していた村人は、他の村や領主の住む町を目指して移動を開始していた。

 シトウから村から出るように言われた時は、反発する者も少なからずいたが、砦の方から聞こえた轟音で大人しくなった。


 我先にと逃げ出す者はおらず、足腰の弱い者は台車に乗せられ、幼い子は年長者が手を引いて連れて行っている。


「アンリはリーナ達を連れて先に行っててくれ。僕も忘れ物取ったら行くから」


「え? ちょっと待ちなさいよ!?」


 突然走り出したジントに驚いて声を上げるが、走るジントは速く、あっという間に避難所から出て行ってしまった。


「どうしたんだ、あいつ? あっこいつ頼むな」


 マルロウがアルロなどの年少の子の手を引いて首を傾げる。アンリエッタやジントに何人か頼もうと思って、連れて来たのだが、ジントがいないので女の子を一人だけお願いした。





 避難所を出たジントは、砦に向かって走っていた。


 丁度、避難所の柵を抜けた所でシトウに止められるが、それも振り切って走って行く。


 焦る気持ちが、冷静な判断を失わせているのは分かっている。だがそれでも、あの映像を見ては動かないという選択肢は無かった。


 願う、無事で居てくれと。

 父に頼まれたのだ。

 母と妹を守れと。


 約束を守るために、ジントはひたすらに走った。



 景色が変わったのは橋を目の前にしたときだ。


 橋は落とされ、その先に見える家は破壊されていた。

 中には火が着いた家屋もあり、そう時間が経たないうちに燃え広がるだろう。


 ジントは川に入り泳いで渡る。

 川の流れる勢いは穏やかで、秋の川は冷たく、走って熱くなっていた体を冷まし、気持ちを少しだけ落ち着けることが出来た。


 たどり着いた先では、焼けた臭いと血の臭いが入り混じった臭いが漂い、何処からか獣の唸り声と人の雄叫びが聞こえてくる。


 あの映像通りのモンスターが村の中に入っているのならば、もし目の前に出て来たら、ジントは剣を手に戦うだろうが、その勝ち目は薄かった。


 ジントは物陰に隠れながら進む。


 本心は走って砦まで行きたいのだが、途中でモンスターに殺されては意味がない。そう判断出来るくらいには、川で頭を冷やせていた。


 目的地に進むにつれ、血の臭いは更に濃くなってくる。


 慎重に周囲を警戒しながら進んで行くと、曲がった先で誰かが戦っているのか、剣戟が聞こえる。


「っあああぁぁーーっ!!」


 力の限り振り下ろされた(まさかり)はリザードマンの腕を切り落とし、返す刀で首を切り裂いた。


 リザードマンを倒した中年の男。

 カブキリは全身に傷を負い、片目が切られたのか開いていない。


 はぁはぁと肩で大きく息をするカブキリの前に、新たなモンスターが現れる。


 ブラックマンティス

 魔の森中層に生息する蟷螂のモンスターで、人よりも大きな黒い体躯を持ち、四つの鎌を武器に獲物を狩る。


 中層の中では、オーガの次に危険とされるモンスターだ。


「どちくしょうが! 負けるかよ!こいやおんどりゃー!!」


 気合いを入れて待ち受けるが、既に満身創痍で立っているのもやっとの状態だった。

 仲間もいたがここに来るまでに全員やられた。

 リザードマン相手に勝てたのも奇跡のようなもので、同じことは二度と起きないだろう。


 ブラックマンティスが翅を広げると、一気に加速してカブキリを両断せんと鎌を振り下ろす。

 目の前に迫る鎌を鉞で受け止めるが、勢いを止めることが出来ずに家屋に突っ込んだ。


「ぐっ、あああーーー!!」


 地面に倒されて、かかる圧力に必死に抵抗するが、少しづつ鎌が近づき体を斬り裂かんと迫って来る。


 圧力がさらに増し、鎌が腕に到達して血が滲む。


 ここまでか、そう諦めかけたとき唐突に圧力が消え、ブラックマンティスの体が横に移動した。


「大丈夫ですか!?」


 声の主、ジントは剣を振り抜いた体勢で止まり、ハラハラと切った翅が舞い落ちる。


 助かった。そう思うよりも早く、なぜジントがここにいるのか、なぜ避難していないのかが気になった。


「……ジン坊、オメーどうしてここにいるだか!?早よ逃げないかんて!」


「ごめんなさい。でも、今は目の前のモンスターに集中して下さい。僕だけじゃ絶対に勝てない」


「ーくっ。終わったら避難せえよ!」


 ブラックマンティスは乱入者に怒り、切られた翅を震わせ威嚇する。

 ジントの奇襲により、翅の半分と一本の鎌を失い戦力は低下したが、それでも2人を相手に勝利するだけの力は残っていた。


 仕掛けたのはジントからだった。

 牽制のファイアボールを放ち、それに続いてカブキリが鉞を横薙ぎに振るう。それらはブラックマンティスにとって容易く避けられるものだったが、翅を切られてバランスを失っている状態で避け切るのは不可能だった。

 だから、ファイアボールを鎌で切り払い、鉞を鎌で受け止め、残った一本でカブキリの腹を切り裂いた。


「ぐっ」


「カブキリさん!?」


 焦ったジントは、カブキリを助けようと無謀にも斬りかかるが、ブラックマンティスの一振りで壁際まで吹き飛ばされる。


 ブラックマンティスはカブキリに留めを刺すため、一本の鎌が頭上から、もう一本の鎌が横からその命を刈り取ろうと襲い掛かる。


 だが、次の瞬間に地に落ちたのはブラックマンティスの頭部だった。


「やっと追いついた」


 トンと双剣を手にしたシトウが地面に着地する。

 シトウはジントを追いかけていたが、途中で見失ってしまい、村に入り込んだモンスターを倒しながらジントを探していた。

 近くで声が聞こえて来てみれば、モンスターに襲われているカブキリとジントが見え、即座にブラックマンティスの頭を斬り落したのだ。


「無事……ではなさそうね」


「へへ、へまっちまった」


 救助した2人に目を向けると、ジントには目立った怪我はないようだが、カブキリはかなり危険な状態だった。


「回復薬は持ってる?」


「でーじょうぶだ。オリャのこっちゃいいから、ジン坊を頼んまぁ」


「……分かった。ほら、ジント君立って。早く逃げるよ」


「えっ?カブキリさんはどうするんですか?」


「安心しー。直ぐー追いつくけん先行っちょって」


「そう言うことよ。さあ行きましょう」


 そうして、ジントの手を引いて無理矢理連れ出す。

 カブキリは助からない。

 回復薬もこれまでの戦いで使い果たしており、仮に持っていても、内臓に達していた傷を治せるほど万能な薬ではない。

 それに気付いたシトウはジントを遠ざけたかった。それはカブキリも一緒で、自分の死を子供に見せたくはなかった。


「シトウさん…カブキリさんは…」


 それでも気付く。

 あの傷を見て、目の前で命が消えるような感覚がした。力が急速に失われ、生気が抜けていき、もうだめなのだと心が理解する。

 カブキリの言葉は最後の優しさなのだと分かり、涙が溢れそうになった。


「泣くな。モンスターがまだ沢山いるのよ、生き残ってから泣きなさい」


 ジントの頭を乱暴に撫でる。

 こくりと頷いたジントを見て移動する。


 ここから避難するのは難しいかもしれない。

 じゃあ、砦に連れて行った方がいいのか。

 いや、モンスターが村の中に入って来ているのなら……。


 どうするか悩んでいると、背後を赤黒い光の線が通過する。


 その光の線は砦の方から放たれ、ジント達が先程までいた家屋を通過し、村の家や避難所を貫通して、村から避難する列を横断する。その赤黒い線は遥か先まで伸びて、消滅しそうなほど細くなる。


 そして、爆発と共に轟音が鳴り響いた。


 爆風が辺りを破壊し、人を吹き飛ばす。

 その威力は壁が破壊された時よりも更に激しく、赤黒い炎が周囲に広がり焼いていく。


 赤黒い光の線は数キロに渡り伸びており、爆発による破壊が行われていた。







 村長のモロクは魔法を使い川を飛び越えると、脚力を強化して走り抜ける。

 途中でモンスターと戦う村人とすれ違うが、それを無視して砦まで急いだ。


 もしもシトウが言うように、モンスターが統率されているのであれば、それは最悪の事態を招く恐れがあった。


 知らせなくては。

 既に手遅れだとしても、彼の方の命は救わなければならない。かつて仕えていたボルドージャ様のようにはさせないと、必死の思いで駆け付けた。


「どかんかーっ!!」


 砦に群がるモンスターの群れに魔法を打ち込んで蹴散らすと、空いた空間から砦の中に飛び込んだ。

 侵入すると同時に、砦内にいるであろうモンスターに向かって魔法を使おうとするが、そこには何もおらず、警戒しながら魔法を解除する。


 何かがおかしい。

 いや、想像通りならそれもありえる。


 壁に穴が空いているにも関わらず、モンスターが侵入していない。それは、モロクが考えた最悪の事態の裏付けになっていた。


 砦の屋上まで行くと、そこには生き残っている村の住人がいた。


「どうしたのじゃ、何をやっておる?」


 村人は武器を手にしているが、下を見ているばかりで囲んでいるモンスターと戦おうとしていない。


 声を掛けられた村人は、振り返って驚いた。

 まさか、いないはずの村長が砦にいるのだから、それは驚くだろう。


「村長、どうしてここに?」


「そんなことはよい、何を見ておるのじゃ?」


 村長の登場に他の村人も気が付き驚いている。

 村人は説明するよりも見てもらった方が早いだろうと、道を開け、魔の森の方を見るように指差した。


「……なんじゃ、これは」


 そこで村長が見た物は、レッドオーガと戦う自警団と勇士達の姿。


 そして、その戦いで散っていった者達の姿だった。







 砦から伸びる壁が破壊され、そこから多くのモンスターが村に侵入している。


 前回のスタンピードでは、壁を破壊された後は、モンスターが侵入し、更にその先を目指して突き進んで行った。

 モンスターが人を襲うのは単に邪魔だからだ。それ以外の理由で襲うのであれば、それはスタンピードが落ち着き、縄張りを確保するために必要だからだ。


 だが、今回のスタンピードは違う。


 軍のように統率されており、合図に従って動いている。


 こうして砦を背に周囲をモンスターに囲われているのは、モンスターを統率している者の意志でだ。

 その統率している者は赤色の特殊なオーガで、背に炎を連想させる紋様が浮かび上がっている。知恵がよく回り、何より普通のオーガよりも何倍も強い力を持っていた。


 そのレッドオーガは配下となったモンスター達を自在に動かす事が出来、砦から人が逃げれないようにモンスターで囲んでいるのだ。


 このままでは物量によって押し潰される。


 この時点で、砦に取り残された村の戦士達の命は無かった。

 あるのは戦って死ぬか、何もしないで死ぬかの二択しかない。

 生きる為の戦いではなく、死に様を選ぶ戦いが始まろうとしていた。



 そんな絶望的な状況のはずだが、モンスター達は一向に襲って来る気配が無かった。



 何が起こっているのか分からない村人は、周囲の見渡して様子を伺っていると、魔の森側のモンスターの群れが開かれ、レッドオーガが一体歩いて来ている。


 レッドオーガが砦の前まで来ると、砦を囲っていたモンスター達は大きく後ろに下がり、一部は魔の森近くまで行ってしまった。


 事態を飲み込めない村人はレッドオーガの動向に注視する。このスタンピードを起こしたのは、このオーガだ。その異常な存在から目を離せないでいた。


 立ち止まったレッドオーガは砦にいる者に顔を向け、指で降りて来るように合図を出す。


 降りて俺と戦え。

 逃げるなら殺す。


 誰もがそう言っていると認識した。



 最初に行動を起こしたのは戦闘員の2体だった。

 合図があるのと同時に砦から飛び降りて、レッドオーガと対峙する。


「私も行こう」


 ロイドが口に出して宣言すると、その服の裾を握って止める存在がいた。ロイドの妻であるソフィアだ。

 そのソフィアの様子はどこかおかしく、目が大きく見開かれていた。


「ソフィ?」


「……行ってはいけません。あのオーガは普通じゃないです。あんなのと戦うなんて馬鹿げています」


 妻の只事ではない様子に心配になったロイドは、足を止めて話を聞く。


「ソフィはあれが何なのか知っているのかい?」


 ロイドの問いに黙って頷く。

 こんな不安定な妻をロイドは初めて見る。

 ソフィアの様子に、あのレッドオーガがそれ程までに危険なのだと察する。

 強いのは分かるが、前回の戦いでは、まだ何とかなると思っていた。だが、その認識は間違いなのかもしれない。


「アレは魔を統べる者です。まだ不完全なようですが、アレの力は普通の人でどうにかなるモノではありません」


「魔を統べる……」


 その言葉を聞いて、ロイドは昔読んだ本を思い出す。

 遥か昔に実在した勇者の物語。

 その話は魔王を倒してハッピーエンドで終わっているが、その中に魔王の様相を表した描写が出て来た。


〝人から転じた魔の王の体には、人が腐り落ちるような紋様が浮かんでいた。 人はかの王を腐食の魔王と呼んだ”


 それは、触れる物の生命を奪う恐るべき魔王を倒す話だったが、紋様と聞いて何の事か分からなかった。


 レッドオーガに目を向けると、その背には炎を連想させる紋様が浮かんでおり、物語に出て来た魔王を彷彿とさせるものだった。


 妻の肩に手をやると、微かに震えているのが分かる。

 ソフィアの思いは伝わっている。それでも、ここで引く事は出来なかった。


「ソフィ、私はそれでも戦います。ここで逃げ出したとしても、あのオーガからは逃げられないでしょう。それに……私はこの村が好きなんです」


 ソフィアはロイドの裾から手を離す。

 それを合図として、ロイドは背を向けて砦を降りて行く。

 納得した訳ではない。だが、その気持ちは良く理解出来てしまった。

 

 そして、砦を降りるのは何もロイドだけではない。


「まあ、行かんわけにはいかんわな」


「ようはあのオーガを倒せば良いんだろ?簡単な話じゃねーか」


「力に自信の無い奴は残れ! 行っても無駄死にするぞ!」


 ジグロを筆頭とした村の自警団や狩人のクーイ、他にも村の戦士達がレッドオーガに戦いを挑む為に降りて行く。

 残ったのは、オークなら何とか倒せる程度の実力を持った者達だ。彼等は決して弱くない、それでも今から起こる戦いでは足手まといだった。


「ソフィア、私も行くわね」


「リリアナ…」


「治療出来るのが一人位いた方が良いでしょ?」


 親友があっけらかんと言って階段を降りて行く。

 その手には鉄棍が握られており、いざとなったら戦うのだと容易に察する事が出来た。


 リリアナは一角大猪を倒せるほど強いが、あのレッドオーガに敵うとは思えなかった。それは全ての村人に対しても同じで、死地に赴くようにしか見えなかった。


「…もう!」


 それはソフィアも同じで、リリアナに続いて砦を後にする。







 ロイドが降りると、そこでは既に戦いが始まっていた。


 戦闘員1号が果敢に攻め、隙を突こうとしたレッドオーガを戦闘員2号が魔法で援護して止める。このやり取りが何度か繰り返され、一見互角のように見えるが、レッドオーガには明らかに余裕があった。


 1号が弱い訳ではない。

 剣技は冴え渡り、ロイドが見てきた中でも上位に入るほど素晴らしいものだ。2号の魔法も魔力を無駄なく運用し速度、威力共に申し分ない。

 この2体の戦闘員は、村の戦士達よりも遥かに強い。

 それでも、レッドオーガは笑って戦闘員2体の相手をしていた。


 数日前のレッドオーガならば、戦闘員の連携で十分に追い詰めていたはずだ。だが、今のレッドオーガは別人のように成長しており、この2体を持ってしても触れられてすらいない。


 それでも戦闘員の猛攻は続く、何も学習しているのはレッドオーガだけではないのだ。


「キッ!」


 鋭い連撃がレッドオーガを襲うが、その全てを見切ったように紙一重で避け、飛んで来る氷の矢を赤黒い炎で蒸発させる。完璧な防御に舌を巻くが、ほんの一瞬、炎が視界を塞ぎ1号がレッドオーガの懐に侵入した。


「ーキ!」


 瞬きするような間に、六つの線がレッドオーガの体に浮かぶ。


「ガッ!?」


 これまでになかった鋭い痛みに、初めてレッドオーガから声が漏れる。

 六つの線から血が流れ落ちるが、その傷は内臓に達するほど深くはなく、薄く肉を裂くだけに止まっていた。


 レッドオーガの動きが止まり、表情が怒りに満ちて行く。


 傷は瞬く間に塞がり、体から流れた血を拭う。

 飛んで来た矢を掴んでへし折り、戦闘員を睨んだ。


 戦闘員1号は剣を振り、付着した血を飛ばすと再び構える。


 一瞬の緊迫、そして次の瞬間には戦闘員1号はモンスターの群れまで殴り飛ばされていた。


 ドンッと大気を震わせるような衝撃音が響き、踏み込んだであろう箇所が陥没している。拳を振り抜いた状態で止まっているレッドオーガは、砦から降りて来た戦士達に顔を向けた。


「ーっ!? うおおぉぉーーー!!」


 圧倒的な暴力を目の前に恐怖に襲われるが、それを打ち払うように雄叫びを上げる。


 そして、村の戦士達はレッドオーガに突撃して行く。


 それは恐怖に駆られた結果なのかもしれないが、彼等は確かに魔王に戦いを挑んだ勇者だった。


「待て!」


 ジグロが静止するが、その声は届いていない。


 彼等が止まったのはレッドオーガと戦った後なのだから。



 最初に突撃したのは若い自警団の男だった。

 彼はトシゾウから教えを受けた一人であり、大剣の使い手だった。残念ながら戦闘向きのスキルではなかったが、大剣を使えるほどの体格にも恵まれており、その強さは誰もが認めるところで人格も申し分ない青年である。

 彼には愛すべき婚約者もおり、来年には村に新たな夫婦が誕生する予定だった。


 彼が最後に思ったのは婚約者の未来だった。


 一言、ごめんと呟いて顔面が粉砕された。




 最初に倒した男の大剣を奪うと、無造作に振り、続く戦士を2人まとめて横薙ぎにし、空いた手に憤怒の炎を灯すと飛んで来た魔法に当てて相殺させる。


 大剣を一度大きく振って迫る戦士の足を止めると、魔法を放った戦闘員2号にお返しとばかりに憤怒の炎を投げる。

 戦闘員2号は横に飛んで避けようとするが、直前で方向を変え、戦闘員2号の近くで爆発した。


 爆風で吹き飛ばされた戦闘員2号は、1号との時と同じようにモンスターの群れの中へと消えて行く。


 更にレッドオーガの猛攻は続く。


 迫る戦士達を斬り、殴り、燃やし、爆散させる。


 あっという間に10人もの戦士がやられてしまう。


 彼等が決して弱い訳ではない。

 彼等はその気になれば、魔の森中層でも生き残れる猛者達だ。ただレッドオーガが強い。それだけの話だった。


「おーっ!!」


 これ以上、被害は出させまいとジグロが襲い掛かるが、大剣を片手で扱うレッドオーガに軽々と受け止められてしまう。


「俺が相手だ!」


 ジグロの宣言の意味が分かったのか、レッドオーガはにっと笑いその剣を受けた。


 その顔はさあ来いと、遊んでやると言っているようで、ジグロは冷静ながらも苛烈に剣を突き立てる。

 その剣技は戦闘員のような特出した物ではなかったが、基本に忠実であり、一つ一つの動きの間に隙はなく、高い技術を持っているのが分かる。

 更にジグロは魔法を織り交ぜた剣術を得意としている。

 基本の剣術は王国式剣術だが、独自にアレンジし、対モンスター用に昇華していた。


 ジグロの猛攻を全て受け切ったレッドオーガは、次はこちらの番だと大剣を振ろうとしてバランスを崩した。


 ジグロが魔法で地面を操り、レッドオーガが踏み出した足場を脆くしていたのだ。



 攻撃は続く。

 ジグロは土属性の魔法を得意とし、加えて使う武器は土属性の魔法と相性の良い魔剣である。

 ジグロが魔法を行使すると、家程度なら簡単に飲み込める量の土砂が魔剣に回転しながら巻き付いた。重量は感じない。それは魔剣を軸に魔法でコントロールしているからだ。


「くたばれ!!」


 それを振り上げ、質量の暴力としてレッドオーガに叩き付けた。


 対大型モンスター用に作り出した必殺の魔法剣は、高速で渦巻く土砂がレッドオーガを巻き込み姿が見えなくなる。


 これで終わったのだと皆が期待をした。

 流石はジグロだと誰もが思った。


 土砂の山ができあがり、土煙が薄らと視界を悪くする。


「まだですっ!? まだ終わっていません!!」


 叫んだのはソフィアだった。

 アンリエッタの母でありロイドの妻であるソフィアは、村の中で最も優れた治癒師である。魔力の扱いにも長けているからこそ、土の中で蠢く脅威に気付くことが出来た。



 ソフィアの言葉に反応した皆が土砂に注目すると、突然爆発し土砂の雨が辺りに降り注ぐ。

 誰もが土砂を避けるために顔を背ける中で、爆心地を見ていたジグロとロイドは息を飲んだ。


 そこには、先程と変わらずに無傷のレッドオーガが立っていた。


 更には、大剣に憤怒の炎を宿し、ジグロの魔法剣と同様の事をやっていたのだ。



 土砂が降り注ぐ中で、レッドオーガが無造作に大剣を振ると赤黒い線が走る。


 咄嗟に一歩横に移動したジグロは流石だろう。

 何せ命を拾ったのだから。


 赤黒い線はジグロの腕を切り落とし、線上にいたモンスターを切り刻み、後方にあった壁を破壊した。


「ぐっ!?」


 剣を持った腕が地に落ち、失った腕を手で押さえる。

 早いうちに治癒師に落ちた腕を持って行けば、元通りになるだろう。だが、治療施すには目の前のレッドオーガをどうにかする必要がある。


 再び、レッドオーガは憤怒の炎を宿した大剣を構えると、ジグロの命を奪うために振り下ろす。


「うおぉーー!!」


 だが、それを許さない者達がいる。


「ジグロを守れーっ!!」


 クーイを筆頭とした村の戦士達だ。


 矢がレッドオーガの最も柔らかい眼球目掛けて走る。

 それを体を傾けて避けたところに、ロイドの土塊の竜の顎がレッドオーガを喰らわんと牙を剥く。


 しかし、この魔法は前回敗れた魔法であり、これでダメージを与えれるとは思っていない。事実、その通りに竜の顎は憤怒の炎を纏った大剣により消し去られる。


 同時に、大剣から憤怒の炎が消え去った。



 それを確認した村の戦士達が追撃をかける。


 先程の恐怖に駆られた特攻とは違い、今度は連携が取られていた。


 先頭が盾を手に正面から斬り掛かると、続く戦士が横から、更には後方から同時に攻撃を仕掛ける。


 レッドオーガは口角を上げると、力の限り大剣を振り抜く。だが、正面から攻める戦士が巧みに盾を操り、その一撃を逸らして見せた。

 代償に盾が破壊され、腕が折れて使い物にならなくなったが、確かにレッドオーガの一撃を防いだのだ。


 左右から同時に腹を突かれ、背後から首を狙った一刀が襲う。


「ーばかな!?」


 3人の戦士の渾身の一撃は、レッドオーガの体表で止まり、血の一滴も流させることが出来なかった。


 驚愕する戦士達をよそに、レッドオーガは大剣を片手に回転する。

 己を軸として振られた大剣は、戦士達に重傷を負わせ弾き飛ばす。

 

 憤怒の炎があれば、その全てを両断することは可能だっただろうが、レッドオーガの力任せの剣技ではこれがせいぜいだった。


「……グル?」


 イメージしていた結果と違うのか、大剣を見て唸る。


 何かが違う、その感触を確かめるために大剣を振るが、違和感があった。ありがたい事に、修正を行うための相手には困らない状況だ。


 村の戦士達が次々と迫って来る。

 断続的に魔法が飛んで来るが、構わずに大剣を振る。


 襲い来る戦士に合わせて大剣を振り、次々と退ける。


 大剣だけでは、一撃で戦士達を葬る事は出来ずに、治療を受けた戦士達がまた戦線に戻って来る。


 何度も何度も戦士達を退ける。


 何度か振るうちに、その動きを修正していき、数日前の戦闘員のような動きをとる。しかし何かしっくりこず、次は先程戦ったジグロの剣技を真似る。今度は型にはまったように、大剣を振ることが出来た。


 人にとっては大剣でも、3mもあるオーガからすれば片手剣と変わりなかったのだ。


「あの野郎、俺の技を…」


 戦いの中で剣技を盗まれたことに憤るジグロだが、血が流れすぎていて顔色が悪い。

 そこに、こっそりと近寄っていたリリアナがジグロの腕を拾い、その場で治療を開始する。


「…すまない」


「一時的にくっつけるだけですから、今日はもう戦えません。終わり次第、引いて下さい」


「…それはできん。仲間が戦っているんだ。ここで引けるはずがないだろうが」


 言葉を発するうちに、段々と熱くなるジグロ。


 その中には、レッドオーガに対する明確な殺意があり、眼光から放たれた殺気に反応して、治療しているジグロ達を見る。

 迫る戦士を上下に切断し、ジグロに向かって行く。


「もういい。来るぞ、離れてろ」


「駄目ですって!邪魔になりますよ!?」


「邪魔っ!?」


 意外な言葉に驚くジグロは、思わず振り返ってリリアナを見る。すると、リリアナは砦側を小さく指差していた。


 何だと指差す方向を見ると、そこには魔力を高めると5つの魔方陣を展開し、杖をレッドオーガに向けるロイドの姿があった。


 その姿に気付いたのはレッドオーガも同じで、嘗て戦ったリッチを超える脅威をロイドに感じていた。



 展開された5つの魔法陣が重なると、ロイドの必殺の魔法が放たれる。


「ーレイ」


 一言、小さく呟くと、極光が光線となり破壊力を得てレッドオーガに衝突する。

 光速で放たれた光の魔法は、レッドオーガの体表を焼き削りダメージを与えていく。


 キーンッと甲高い音が響き、レッドオーガを倒すためだけに造られたこの魔法は、その真価を発揮して確実にその命を奪いつつあった。


 だが、それでも、レッドオーガは抵抗を続ける。


 体が削られ、一部では骨が見え始めていても諦めない。

 前面に憤怒の炎が吹き出し、極光の光線に抵抗する。

 それも一瞬で貫かれるが、更に火力を増して噴出する。そしてまた貫かれた。


「グッ…グ…グガ……ッ…」


 燃え、削れていく体は痛みを忘れて、呼吸する器官すらも破壊する。


 死。


 弱肉強食の世界では当たり前にある現象であり、レッドオーガの生きる世界では常に傍にあるものだった。慣れ親しんだその事象は、今までは与える側だったが、今回は与えられる側に回っただけだ。


 それだけなのだが、レッドオーガは強くその現実を拒絶した。


 絶対絶命の中で力が覚醒する。


 大量に吹き出した憤怒の炎が点となって収束し一塊になる。意識を憎むべき対象へと向ければ、あとは赤黒い線となって走って行った。


「ーカッ!!」


 朦朧としていた意識の中で、はっきりと吠えた。

 喉が潰れ声も出ないが、残った空気を押し出すように吠えた。


 赤黒い線が極光を裂いて走る。


 糸のように細い線だが、全てを貫き進んで行く。


 人を貫き、モンスターを貫き、砦を貫いて村を通り道なき道を突き進んだ。



 そして、全てを破壊するような大爆発を起こす。

 

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[一言] かなり絶望的状況、こっからどうすんの?
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