戦闘員というスキル
ここはハシノ村。
ヒノワノ王国の端にある村。
特産物は近くにある森から採れる木材だが、それ以外に何もない何の変哲もない村だ。
そんなハシノ村で3年から5年に一度行われる〝祝福の儀式”が本日開催される。
祝福の儀式は村にいる10歳〜15歳を対象に行われており、周辺の村にいる対象者もハシノ村に集まって来ている。
この儀式に何があるのかというと、祝福を受けると神様がスキルと呼ばれる特殊な能力を与えてくれるのだ。
このスキルというのは、人生を左右するほど重要なものである。というのが都会に住む人達の意見だが、田舎も田舎、端っこにある村では人の手があるだけで重要な戦力だったりする。
だからハシノ村では、祝福の儀式は数年に一度のお祭りのようなモノで、皆んなどんちゃん騒ぎしながら子供達の儀式を見守っていた。
「お前ら気合い入れて行けよ!」
「変なスキルもらったら発表しろよ!」
「皆んなで笑ってやるからな!」
なんちゅう大人達だ。
そう思いながら今年13歳になる少年ジントは、祝福の儀式に並んでいた。
「ねえねえ、ジントはどんなスキルが良いと思う?」
幼馴染のアンリエッタが尋ねる。
アンリエッタはジントのひとつ下の12歳で、ハシノ村の同年代で一番の美少女だ。
「うーん、キコリか畑仕事に使えるやつがいいな。それ以外だったら何でもいいよ」
「えー、もっと夢見なよー」
「じゃあアンリは何なのさ?」
「私? 私はねえ、お姫様がいいな〜、聖女様でもいいな〜、どっちが良いかな?」
「どっちも称号でスキルじゃないね。それにアンリはお姫様や聖女様ってより村娘じゃない」
「何よ!私をあんな芋娘達と一緒にする気!?」
「ちょっとやめなよ」
アンリエッタは、周囲の娘さん達を指して大声で怒鳴る。
小声で止めるように言うが、気を悪くしたアンリエッタはジントの背中をバシバシ叩いている。
周囲の人達は何も言わないが、非難した目を向けて来る。
ジントは面倒な幼馴染の相手をしながらため息を吐く。
アンリエッタは村一番の美少女だ。
だが、性格が悪すぎてモテない。
これでもう少し静かだったら、貴族の令嬢でも通じただろうが、このナチュラルに他人を見下す性格が全てを台無しにしていた。
アンリエッタの両親も頑張って矯正しようとしているが、上手くいっていない。
そうこうしている内に僕らの番となった。
儀式は村にある教会で行われており、神父が一度に5人の少年少女に祝福を与えている。
「さあ、ここに並びなさい。そこの子は一歩下がって、前に出るんじゃない、下がるんだ。横に並びなさい。聞いているのか?横並びだぞ、前に出るなと言っているんだ!」
「アンリ!ドウドウ抑えて抑えて!神父様の顔見ても何も変わらないから!女神様を睨んでも良いのくれないから落ち着いて!」
鼻息荒く教会に入ったアンリエッタは、勢いそのままに神父に迫り、神父と女神像を交互に見ていた。
このままでは不味いとジントが必死に止めるが、アンリエッタの小さい体のどこにそんな力があるのか、進むアンリエッタを止められず、逆に引き摺られてしまう。
暫しの時間、神父と睨み合ったアンリエッタは、どこか満足げな顔を浮かべると、踵を返して列に並んだ。
何なんだよと愚痴りたくなるジントだったが、神父の額に血管が浮いてるのを見て、自分も急いで並んだ。
「あの神父、鼻毛が三本も出ていたわ」
得意げに言うアンリエッタは、なぜか勝ち誇っていた。
そして、その言葉はしっかりと神父の耳にも届いており、口元をひくつかせていた。
「うおっほん! えーでは祝福の儀式を行います。あなた達はリラックスして神に身を任せなさい、いいですね。 ほらそこ!走り出しても何も手に入りませんよ!!」
アンリエッタは力強い足踏みをして、今にも走り出そうとしている。ジントはそんなアンリエッタを、もうやめてと涙ながらに大人しくするよう懇願した。
今度こそ神父は集中して呪文を唱える。
そんなに長い時間ではない。だが、これから何かが変わると思うと気持ちが昂ってしまう。
それは他の面々も同じようで、期待を胸に待ち構えていた。
やがて、何もない空間から光の粒子が降り注ぎ、1人に一つの光球が頭に吸い込まれていく。
そして頭の中で、自分が与えられたスキルの名前が思い浮かぶ。
「では、これより一人づつ何のスキルを授かったのか聞いて行く。先ずはゴロク村のゴンゾウから」
神父から尋ねられた順番に、自らが授かったスキルを告げていく。
怪力、裁縫向上、視力上昇と続いていき、アンリエッタの番となった。
「何?私のスキルが知りたいの?」
「いいから、早く答えなさい」
「アンリっ!」
「仕方ないわね〜。私が得たスキルは成長率UPよ、どう?すごいでしょ?」
「次、ハシノ村のジント」
神父はアンリエッタを無視する方向に決めたようだ。
ジントは、それが正しい判断だと神父を称賛した。
アンリエッタは無視されたことに気付いておらず、鼻高々と椅子に腰掛けると、隣の女の子に自慢していた。
「僕のスキルは〝戦闘員”です」
「…ふむ、君はまともな子だと思っていたがな。もう一度聞こう、君の成りたい職業ではなく、スキルを答えなさい」
「…あの、本当に戦闘員なんです。頭に浮かんだのが戦闘員だったんです」
「……ふむ…嘘は言ってないようだな。 どうやら君はユニークスキルを授かったようだ。その能力について、何か分かるかい?」
「戦い向きのスキルみたいですけど、どういったスキルかは分からないです」
「まあ戦闘員だからな。 ふむ、まあ問題無いだろう。モンスター退治に役立つようなら、それは多くの命を救う有益なスキルになる。 頑張りなさい」
「はい!」
神父の激励に元気よく返事をするジント。
よく分からないスキルに不安を抱いていたが、応援してくれる人が一人でもいると思うと、不思議と元気が出てくる。
「お腹すいた〜、早く戻ろ〜」
神父の心遣いに感謝するジントだったが、アンリエッタが手を引っ張って帰ろうとする。
女の子に自慢話をしていたようだが、それも飽きたようだ。自慢話から解放された女の子が走って教会から出て行くのを見ると、大変だったんだろうなと同情する。
ジントは神父に会釈をして教会を後にした。
○
「ジントのスキルって何だったの?」
「聞いてなかったんかい」
アンリエッタが女の子に絡んでいるのは分かっていたが、こちらの会話を無視しているとは思わなかった。
仕方なく、もう一度スキル名を口にしようとした時、横から声をかけられる。
「ようジント、何のスキルを貰ったのか教えろよ」
「教会の前でイチャつきやがって調子に……てアンリエッタか」
「おい、アンリエッタがいるよ、やめとこうぜ」
そう言って近付いて来るのは、村長の孫であるクロウとその仲間たちだ。
クロウとその仲間はジントの2つ歳上の15歳だ。
三人は二年前に隣の村で祝福の儀式を受けており、既にスキルを獲得している。
二年前、ジントやアンリエッタのような10歳から15歳を対象に、隣の村で受けさせようとしたが、隣の村の規模が小さい事もあり、人数制限を設けられた。
その時に受けたのが、当時年長者の二人とクロウと愉快な仲間達の五人だ。
クロウの得たスキルは剣技らしく、いつも腰に木剣を下げて暇があれば振っている。
他の二人も弓技と盾術を得ており、村の中でも将来を期待されている若者達だ。
「げっ、アンリエッタもいるのかよ」
「なに?三馬鹿は私がいたら悪いの?」
「誰が三馬鹿だ。 お前がいたら面倒くさいんだよ、話が進まなくなるしな」
ゲンナリした顔でクロウはしっしっと手を振る。
アンリエッタはクロウに接近すると、振っている指の一本を掴み、関節の逆方向に曲げようと力を加える。
「イギギギッおい止めろ!痛いって!」
「誰が面倒なの?もう一度言ってみなさいよ」
「そういう所だよ! わかった謝るから離してくれ!」
クロウの謝罪にアンリエッタは、仕方ないわねと指を解放する。
クロウの仲間とジントは巻き込まれるのが嫌で、一歩下がってその様子を眺めていた。
「で、お前達は何のスキルを授かったんだよ?」
「なに?教えてほしいの?」
「アンリ、それ、さっきやったからもういいでしょ」
「それもそうね。私は成長率UPよ、ジントのは知らないわ」
「知らないって、お前ら一緒に受けたんだろう?」
「興味なかったから」
「…そうか、それでジントは?」
幼馴染なのに興味ないんかいと内心ツッコむが、それでは話が進まないと思い、アンリエッタの発言を聞き流すことにした。
「僕は戦闘員」
「? お前は村人だろ?」
「僕のスキルが戦闘員なんだ」
「戦闘員?聞いたことないな。お前達は知ってるか?」
クロウの問いかけに、仲間が知らないと首を振って答える。
「僕のスキルはユニークスキルだって神父様が。だから知らないと思う」
「ユニークスキル!? ちょっと何よそれ!ずるいじゃない!?」
ジントのスキルに噛みたいのは、クロウやその仲間ではなく隣にいたアンリエッタだった。
何でお前が反応してんだとクロウ達は戸惑うが、アンリエッタに首を絞められて、顔を青くしているジントを見て慌てて止める。
「ジントのくせに〜!!」
「やめろ!ジントが死んじまう!」
「なんて力だ!びくともしないぞ!」
「助けて下さい!俺たちだけじゃ止められない!」
周囲の大人たちの手を借りて、ようやく助け出された。
ジントは、もしアンリエッタと二人でスキル名を言っていたらと思うとゾッとした。きっと助けも呼べずに、アンリエッタに殺されただろうから。
「じゃあ、俺たち行くから。何か、すまなかったな」
そう言って去って行く三人は、クロウの弟の所に行くそうだ。クロウの弟も今回の祝福の儀式を受けており、ジント達よりも後に受けることになっている。
今回の祝福の儀式にはメイン的な存在がおり、その存在と一緒に受けることになっていた。
ジントは気を取り直して、今も隣でぶつぶつ言っている幼馴染を連れて、家族の待つ場所に戻ることにした。
○
家族が集まっている所に戻ると、当たり前のように授かったスキルを尋ねられた。
ジントはユニークスキルを授かったと答えると、親たちは祝福してくれた。
次に、アンリエッタがぶっきらぼうに成長率UPのスキルを得たことを告げると、親たちは驚き、盛大に喜んだ。
喜びのあまりアンリエッタは胴上げされる。
アンリエッタは何が喜ばれているのか分かっていなかったが、私はやったわ〜と歓喜の声を上げて、まるで何かに優勝したかのように喜んでいた。
どうして皆んな喜ぶのか分からなかったジントは、理由を父に尋ねた。
「ねえ父さん、どうしてアンリのスキルを聞いて喜んでいるの?」
「ん?ああ、それはな、お父さんとロイドの親友が、アンリエッタと同じスキルを持っていたからだよ」
ロイドとはアンリエッタの父親で、村の子供達の魔法の先生でもある。
ジントも教えてもらっているが、適性が無いのか余り成果が出ていない。
「それって僕の知ってる人?」
「…いや、もう、かなり昔にいなくなった親友なんだ」
どこか遠い目をして呟く父に、これ以上、聞いちゃいけないんだろうなと思い口をつぐんだ。
「それで、ジントのスキルは戦い向きのスキルみたいだな」
「うん、本当はキコリか畑仕事に使えるのが良かったんだけどね」
「はははっ、喜べ、明日から剣でみっちりしごいてやるからな」
「うえ〜、だから戦い向きのスキルは嫌だったんだよ」
明日からの事を思うと、ジントは気が滅入りそうになった。
ジントの父、ジークは村一番の剣の使い手と呼ばれている。
その腕を買われて、村長に村の子供達に剣術を教えてほしいと頼まれた事があるが、ジークの剣術は癖が強く、とても子供達が扱えるようなものではなかった。
そんな事情もありジークは剣の指導役を降ろされ、ジークの剣術はジント一人に受け継がれようとしていた。
「ふう、私ゆうしょう〜」
胴上げされて満足したアンリエッタが、額の汗を拭っていた。