第6章 恋の始まり
この章は久世優斗の目線でお楽しみ下さい。
ーーこの人が父親?嘘だろ?
全然似てないどころか、親子の血筋すら感じられない…。
「…何なんだ、君は?桜の彼氏か?」
「えっ?いや…」
「…彼氏じゃないわ。ただの知り合いよ。それより話は済んでないわ!」
「…あぁ、さっきのお金を返せとかいうくだらない話か?あれは俺への慰謝料だろ?それに返そうにも何も残ってない。全部使っちまった。第一、お前らが俺を追い出したんだからお金を貰って当然なんだよ。何を馬鹿げた事を言いやがって」
「…貴方みたいな人が私の父親だなんて世間の恥だわ。人間じゃないわよ、あんたは!」
その瞬間だった。
バシッ!
父親は容赦なく娘である妹尾さんの頬を思い切り叩き付けた。
自分の娘に手を上げるのか?尋常じゃないぞ、この父親。
「…これ以上俺に逆らうな。その罰として金を貸せ。10万で許しとくわ」
「あんたみたいな人間に貸す様なお金なんてないわよ!」
「こいつ、まだ懲りてないのか?何を生意気な口を聞きやがって!」
再び彼女に手を上げる父親の腕を俺は咄嗟に掴み、こう吐き捨てた。
「…これ以上するなら警察呼びますよ?」
「何をするんだ、貴様。他人の出る幕じゃない」
「…貴方みたいな人は警察でお世話になった方が良いんじゃないですか?」
「ふん、呼べるもんなら呼べよ?俺に冗談なんて通用しないが」
そこまで言うならと、俺は携帯電話を取り出した。
「…本当に押しますよ?良いんですか、人生を棒に振る事になっても?警察に捕まれば最後ですよ?」
俺は少し脅し文句で父親を挑発する。
流石の父親も冗談じゃないと悟ったのか、
「…ふん、覚えてろよ」
父親はチッと舌打ちすると俺の掴んでた腕を振り払い、この場を去って行った…。
ふー、寿命が縮まった感覚だ。
あんな父親と離婚して正解だったよな、毎日生きた心地がしなかっただろう。
「…妹尾さん、大丈夫か?」
「…あっ、はい。ありがとうございます。逆に家族の問題に捲き込んでしまってすいません。あぁ、恥ずかしいとこ見られた」
「…それは構わない。気にしてないから」
「嘘!顔が気にしてるって書いてる」
「えっ?嘘?」
俺は思わず自分の顔を触ってみると、彼女はぷっと笑い立てた。
ーー笑ってる…?
俺はそっと叩かれた彼女の頬を優しく撫でる…。
しかも、思い切り叩かれた彼女の頬は赤みが帯びていた…。
「痛そうだけど本当に大丈夫か?それに信じられないな。自分の娘を叩くなんて」
「…仕方ないです。あんな父親だから。まぁ、最初の頃は仲の良い家庭だったんですけどいつからか、ギャンブルと借金に手を出してから人が変わりました。それ以来、お金に対して怖くなりました。あっても困る物じゃないし良いんですけど、人の人格までも変えてしまう力があるんです、お金には」
「そうか、確かにそう思いたくなるな」
俺も同感だった。
それに彼女は芯の強い人だ。沢山の辛い経験をしている。それに比べ、俺なんて父親の脛を齧って生きてるただの能天気だ。
「…ごめんなさい、長く話し過ぎました。後、家政婦の仕事辞めようかと」
「えっ?」
「だって家庭の事情を知られた上にあんな父親の存在までも知られた以上、働けないです。それに優斗さんは時期社長の後継ぎ。私みたいな人間とは関わらない方が良いかと」
「あっ、でもお金がいるんじゃ!」
「それなら気にしないで下さい。何とか頑張ります」
「…だけど!」
「社長さんにはまた話しますので」
「………」
「それじゃ」
あっ、妹尾さんが行ってしまうぞ!良いのか俺!
心の中で何度も叫んでいた。
俺に止める権利なんてないのは分かってる。
だけど、このまま妹尾さんを辞めさせるのは忍びなかった。
無我夢中で彼女のか細い腕を掴み自分の方へと抱き寄せる。
何だろう。彼女のふんわりと漂う匂いに癒されていた…。
勿論、彼女は手で俺の胸元辺りを押し当てて離れようとするけど女性の力では振りほどけないよ。
「……あの、離して下さい」
「君が辞めないって言うまで離さない」
「……だって、私このまま優斗さんと一緒にいたらもっと好きになっちゃいそうで」
「えっ?」
今、何て…?俺は耳を疑った。
ただの聞き違いかぁ…。
さっき、千夏に告白されたばかりだからそう聞こえただけか。
俺は納得したかの様にうん、うんと頷く。
だけど、彼女の一言が更に空気を一変する。
「…優斗さん、私……貴方が好きです」
「ーー?!」
好きですって?
正直、千夏に告白された時は悩んだけど、彼女の場合は……単純に嬉しい。
このまま彼女にキスしたい衝動に駆られたけど、ぐっと堪えた。
余りにも軽い男に見えてしまう。
とにかくここは弾んでる心を静め、冷静な返事をした。
「…ありがとう。嬉しいです。俺も君の事をもっと知りたくなったし、友達からでも良いなら俺は大歓迎だよ」
これで好意があるのは伝わっただろう、と自分なりの返事に満足しているけど、彼女の返事はそれとは真逆で…。
「…そう、思ってくれてるだけでも嬉しいです。でも優斗さんには私以上に相応しい人がいるはず。私なんかと付き合うなんて有り得ません。だけど、気持ちだけでも伝えれて良かった。取り敢えず社長さんに挨拶も兼ねて後1回だけ最後に家政婦の仕事をさせて貰おうと思ってます。なのでまたその日に改めて挨拶しますね。……それじゃ、失礼します」
妹尾さんは軽く敬礼をし、俺の傍から去って行った。
俺の返事が仇となったか、逆効果だったのかも…。
だけど、その日俺は身を引かない決心をしたのだった…。